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「――ということだ。本当に信じられない話だがな」
「ということなんです。ルーメンさん」
「分かりました。途中で、惚気が入ったのだけが、気になりましたが……そう、だったんですね」
ルーメンさんは、私達の話を聞き終えると、深刻そうに俯いた。
彼は、もう私に転生者とバレているが、あくまでルーメンさんとして接してくれているようで敬語が外れていない。まあ、そんなこといちいち気にする必要もないかも知れないが、そこに距離というか、私へのリスペクトなのか分からないけれど、感じる。
言えることとしたら、ルーメンさんは味方だということ……かな。
ルーメンさんは、リースの補佐官であるとはいえ、もっと上の、皇帝の命令には背けないだろう。それに、リースとて、ルーメンさんが酷い目に遭うのも嫌だと思っているはずなのだ。ということは、やはり、上からの圧力があったとき、ルーメンさんの事を諦める……しか、出来なくなるのでは無いかと。味方であるとは言え、味方に死なれても困るというか、そういう。
リースは、話し終えるとドッと疲れたと言わんばかりに大きなため息を漏らしていた。彼も、今回の場合、被害者で。騙されていた一人なのだ。自暴自棄になるのも、自分ばかり責めるのもまた何か言われそうだから言わないけれど、また巻き込んでしまったことには変わりない。
それでも、彼が目覚める前にここを出ていってしまったから、また会えて嬉しいって気持ちは少なからずあるわけで。
(でも、喜んでいる場合じゃないのよね……)
エトワール・ヴィアラッテアからしたら、そこは誤算というか、最後の猶予的な部分もあるのかも知れない。最後に顔を見せてあげよう見たいな、上から言われるような。
(考えすぎもよくないもんね)
全部悪いように考えてしまったら、それまでだ。だから、これ以上深読みはしない。
「それでだな、ルーメン。一つ頼みたいことがある」
「い、嫌な予感しかしませんが」
「そう身構えるな、お前なら出来る」
と、ポンと彼の肩を叩くリース。私も嫌な予感というか、相変わらずルーメンさんの扱いが酷いなあ、なんて思いながら見守ることしか出来ない。彼の顔は青く、頬は引きつっている。灰色の髪が白髪に見えるほどに、まだ何もしていないのに、疲れ切った顔をしているのだ。
リースは、ルーメンさんだから頼もうとしているのだろう。彼なら信頼できると。私も同感だ。
聖女殿に身を隠そうにもまた彼女たちに迷惑をかけてしまいそうだし、だからこそ、今頼れるのはルーメンさんなのかなあ、とも思ったりして。
「無茶ですよ、殿下。まず魔法石で……」
「だから、これが使えないんだ。これを使えるようにしてくれてもいいが。ルーメン、お前に其れができるのか?」
「うっ……お前に出来ないことを俺が出来るとでも」
ルーメンさんは素でそう言うと、キッとリースを睨んだ。リースはそれを見て、何故か嬉しそうに鼻を鳴らす。まあ、結論から言えば、リースもどうしようもないのだ。この反応しない魔法石を私がどうにか出来ることも無くて。なら、やはりバレないように皇宮を出るのが良いだろう。
だが問題なのはどうやってここを抜けるかなのだ。
「殿下、まさか地下道を通れって言わないですよね」
「そこ以外何処を通るというのだ」
「いやですよ。嫌だ、俺は暗いところが苦手なんだ!」
「駄々をこねるな。喜んでいるようにしか見えないぞ」
「それは、駄々をこねてるって言うんだ、喜んでいるなんて見えないだろう。お前には目がついていないのか!」
何やらもめているリースとルーメンさん。もめているのだが、そんな二人が微笑ましくって、私はつい笑ってしまった。すると、二人はこちらを見て、仕方ないなあ、みたいな感じで笑うけれど、依然として、ルーメンさんいきたくないというような素振りを見せる。
(というか、皇宮の地下道って何?リースはその存在を知っているってこと?)
そんなものがあるなんて聞いたことなかった。知っているのは、地下牢だが、そのもっと下にあると言うことなのだろうか。となると、それは地下道と言うより、下水道……的な。
そこまで考えて、いくらリースが私を逃がしてくれるためとはいえ、見つからないためとはいえ、そんなところは通りたくないと思ってしまう。私も実際、誰かが一緒にいないと暗いところとか怖いし、いや、ルーメンさんが一緒についてきてくれるわけだけど。
「エトワール?」
「り、リース。その地下道って言うのは、どういう所なの?」
私が聞くと、リースは、ハッとして、でもすぐに取り繕って「道だ」なんて、しょうもない回答をしてきた。
「分かるわよ、それくらい。でも、人が通る道なのかっていうはなし……ああ、いや、通るんだろうけど、ルーメンさんがいやだって言うくらいにはヤバい場所なんでしょ?」
「まあ、ルーメンがいれば大丈夫だろう。お前の護衛ほどではないが、剣の腕も立つ、魔法も使えないわけではない。だから、安心して任せられる。まあ、皇宮の地下道だ。さすがに、魔物はいないだろう」
「その、不確定要素を今すぐに取り払って欲しいんだけど」
いないだろう、ということはいるかも知れないと言うこと。そんなところを通らせるなんて勝機かと思ったが、地上を歩いて脱出するという方が難しいことは私にでも分かる。だって、変装魔法を使ったとして、果たしてバレずに脱出することは出来るのかと言われたら、きっと無理だろう。だって、バレる人にはバレる魔法らしいし。
考えてみて欲しいが、皇宮。皇太子や、皇帝、皇族がすむ場所の警備がおろそかになるはずもなく、危険視されている魔法(危険視というよりかは、使い勝手の良さ過ぎるもの)、それらを使える魔道士にし対しての警戒はもの凄いはずだ。それに、皇宮に簡単に侵入できてしまったらそれはそれで大問題だと思う。
「安心しろ。エトワール。何かあったら、ルーメンを囮に逃げればいい」
「ちょ、それを、親友の前で言うってアンタ……」
「そうですよ、殿下。俺を囮にって、さすがに酷すぎやしませんか?」
「お前の強さを信じているから言っているんだ。そんな、雑魚にエトワールの護衛など俺がさせないだろう。勿論、お前のみを案じていないわけではない。心配はしている。まず、皇宮の地下に、魔物がいたら……何て考える方が恐ろしいだろう」
「ま、まあ、そうですけど」
と、あまり納得していない様子のルーメンさん。私も納得しかねる。
だが、リースは信頼しているからこそ、ルーメンさんに任せるといっているのは理解できた。発言があれだったかも知れないけれど、リースからしたら、これはジョークなのだろう。まあ、リースがジョークなんて言えるような人間かは置いておいて。
ちらりと、ルーメンさんを見て、まだ不安が拭いきれていない顔を覗き込み、そんなに嫌なら……と私は彼に言った。
「ルーメンさん、私一人でも大丈夫ですよ」
「え、いや、でも、エトワール様一人で、なんて」
やべ、とルーメンさんがリースの方を見る。リースも、なんで断るんだ、見たいな顔で私を見ていた。でも、すぐにルーメンさんの方を見て、彼をもの凄い凝相で睨み付ける。
(いや、アンタがそうやってプレッシャーかけるからよ)
一人より二人の方が安全かも知れない。でも、魔物くらいなら一人で倒せるだろうし、もし、私を匿っているとルーメンさんが知られたらどうなるか分からない。そういう心配もあって、私は一人でも大丈夫だといったのだ。そりゃ、不安もあるけれど、巻き込みたくないって思いを優先するなら、それもありかなって。
私はその思いを、リースに伝えようとしたが、彼は下唇を思いっきり噛んでいた。彼だって葛藤しているんだろう。リースにとってルーメンさんは前世からの付き合いで、何度も彼に助けられてきたと、聞いたことがある。それは逆も言えて、ルーメンさんもリースに助けられたことがあると。だから、互いに危険な事に巻き込みたくないし、互いに互いの思いを叶えてあげたいとも思っている。だから、どうすべきか分からないんだろう。
最善なんて、人それぞれだ。
「リース」
「エトワール、一人で大丈夫なのか。光魔法は、そもそも暗闇では、効果が出ないというのに」
「うぅ……分かってるけど、迷惑はかけられないし」
リースの言うとおりではある。だから、一人より二人、といいたいのだろうが、それでも、じゃあ、リースは誰が守るんだという話しになったとき、ルーメンさんしかいないんじゃ無いか、と思うんだけど。
私達が、そんな会話をしていると、ルーメンさんは、ぷるぷると子鹿のように震えていた。もしかして、今の会話が彼を追い詰めてしまったのかも知れない。やれやれのふり……みたいな。あの何か。
「あ、あああの、ルーメンさん違うからね。全然私は一人でも大丈夫だから」
「そうだなあ、エトワールを一人でいかせるのは心苦しいが、エトワールが一人でいくというのなら、俺はそれを尊重するしかない……」
「ちょっと、リース!だからそう言うの言わないで!」
リースは一人乗り気のようで、そんなことを口にする。ここまで来ると、ルーメンさんが折れないわけにもいかず、彼は、すくりと手をあげた。もう、リースの勝ちだこれは。
「わ、分かりました。俺が案内します」
「ありがとう、ルーメン。やはり、お前はいい男だ」
「帰ったら覚えておけよ、遥輝」
ルーメンさんは忌々しそうに、リースを見て、ちえっと舌打ちを鳴らした。