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「ああ、本当にごめんなさい!あ、もう、リースにきつく言っておくのでえ」
「お気になさらず、殿下はああいう人なので」
ポチャン、ポチャンとどこからか水が漏れる音がする。
一人で来なくてよかったあ、と思えるほど地下道は暗く湿っていて、臭かった。本当に下水なんじゃないかと思うくらい酷い。道幅も狭く、とてもじゃないが、何処に向かっているか分からないし、人が通るような所ではないと思う。
そんな地下道を、私とルーメンさんは、会話らしい会話をせずに歩いて行く。彼は、ランタンを持って、私の前を歩き、振向こうともしない。もしかしたら、ルーメンさんは私のことが嫌いなのかも知れない、なんて思えてきてしまって気まずいそれもあって、ルーメンさんは嫌がっていたのかも知れないと。そんなことないって思いたいけれど、このしーんとした感じ、もしかしたら、本当にいやなのかもと。
それが、口に出ていたらしく、ルーメンさんはピタリと足を止めた。
「わ、私のこと嫌いなのかな……」
「嫌いじゃないです」
「ひぃい、声に出てましたか!?って、る、ルーメンさんの事じゃなくて」
「はあ、大体分かります。そんな態度とられたら」
「お、怒ってますか」
「敬語、やめてください。あまり言い気がしません。それは、そう……うん」
と、ルーメンさんは、何か考え込むように黙ってしまった。
敬語をやめろ、といわれても、ルーメンさんは初対面の時から結構敬語を使っていた相手だし、灯華さんだって思って接してもきっとこの敬語は抜けないと思う。何ていうかその、やっぱり距離がある。灯華さんのこともよく知らなかったし。遥輝の親友としか。
(でも、何か噂はあったのよねえ……)
何の噂だったかは覚えていないけれど、灯華さんも何気に目立つ人だった気がする。高校時代のことはよく覚えていないけれど、でも遥輝の近くにいるだけでかなり目立つんじゃないかと。
「あ、あの」
「何でしょうか」
「ルーメンさんも敬語、やめて欲しいなって……」
「何故。殿下に怒られてしまいます」
「うう、私がいいっていってたって言えば良いから。それに、その……ルーメンさんって、灯華、さん、だよね。日比谷灯華」
「……」
もう正体はばれているし、そっちの方が気兼ねなく喋れるのなら、と私は言ってみたが、ルーメンさんはやはり振向こうとしなかった。前世の自分の話は聞きたくないのかも知れない。そう思って、私が謝ろうとすれば、謝らないでください、と言われてしまう。そうして、言い直すように、「やめろ、ください」なんてよく分からないことを言い出す。
「私も……俺も、距離感が分からないから」
「灯華、さん」
「さん、もいらない。てか、ほんと、それ遥輝に怒られるから、普通でいいよ。ええっと、天馬さん」
「巡で大丈夫です」
「い、いいや、天馬さんでいく。俺は、これがいい」
と、ルーメンさんではなく、灯華さんはいうと、ランタンを持っていない方の手で頭をかいた。久しぶりにそうやって喋るのか、少し困ったように顔をしかめていた。
あれ? もしかして、私、『灯華』さんと話すのは初めて?
なんて、改めて、彼との思い出を思い返してみたが、灯華さんとは喋った記憶が無かった。実際にはあるのかも知れないが、私は覚えてない。でも、灯華さんは私のことを結構知っているような話し方で、私が勝手に記憶から削除してしまったのではないかと、疑わしくなってしまう。そうだったら申し訳ない。
「あ、ええっと、灯華さん」
「天馬さんも、大変だったんだよな。俺も、あんな風な態度とって悪かったと思ってる。マジで、わけわかんなくて……」
「ああ、あの、聖女殿から出て行けっていう命令のこと……気にしてないので」
「……」
「ほんとだって。まあ、色々あったけど、こうして生き延びているわけだし、私って悪運強い方だと思っているので!」
私がそうニコッと笑うと、灯華さんは、そうじゃないんだよ……と小さく漏らした。
「あの後、遥輝が暴れたのは、多分、何となく予想ついていると思うけど……本当に大変で」
「そ、それは、まあ……何となく」
リースのことだし、暴れたんだろうなっていうのは容易に想像がつく。でも、私に会ったとき、そこまで取り乱さなかったのは、それなりに、彼の中で私のことを整理した、ということなのだろう。彼だって、前までの彼じゃなくて、しっかり自分で理性も衝動も抑えられる人になった。どれだけ感情が高ぶっても、誰かにぶつけないようにって必死に抑えて、自分の中で押し殺して。
私はどちらかと言えば、そっちのタイプだったから、感情を押し殺すことにはなれていた。自分の中で整理して、でも、発散しようがないから、自分のせいだって自分を苦しめて、首を絞めて。リースはどちらかというとそっちのタイプじゃなかったから、きっと相当無理して飲み込んだんだろうな、なんて思った。
彼の成長を見て、嬉しくなると同時に、そんなところで、喜んでもリースが嬉しいかどうか。
「それでも、抑えた方だと思う。遥輝は、基本的に感情を表に出さないからさ……多分、天馬さんなら知ってると思うけど、天馬さんの事になると、兎に角暴走するじゃん、遥輝は」
「は、はい……まあ、そう」
「まあ、それで色々あったけど、それでも彼奴なりに飲み込んで理解して。そりゃ、理解できない部分はあったと思うし、俺だって、理解したくないし、飲み込みたくないことだってあった。やっとさ、天馬さんと結ばれたのに、こんなことないって」
と、灯華さんは自分事のように、胸を痛めた。
灯華さんでもそう思うんだ、と失礼なことを思いつつ、私は、ギュッと胸の前で手を握った。でも、どうしようもないから。
そう言いかけて、なら、話題を変えようと、私は灯華さんにリース……遥輝とのことを聞かせて欲しいと、お願いすることにした。灯華さんのことを知らないから、彼を知る、というのもかねて。
「灯華さんと、遥輝のこと色々教えてくれない?」
「俺と、遥輝の?え、なんで」
「何でって、知りたいから。遥輝の親友ってのは知っていたんだけど、灯華さんのことあんまり知らなくて。ルーメンさんが、転生者だって気づかなかったのもそのせいって言うか……ああ、えっと、兎に角知りたいと思ったの。アンタのこと」
「遥輝に殺されかねない……」
灯華さんは、顔を少し青くしていた。別に、親友に興味を持ったくらいで、リースは殺さないと思うのだけど、と私は首を傾げる。灯華さんは、少し考えた後、分かった、とだけいって前を見据えた。ランタンの灯が揺れる。
「その代り、天馬さんも教えてくださいね」
「何を、ですか……もしかして、リュシオル、蛍のことですか!?」
「なっ、いや、そんなこといってな……って、え、知ってるのかよ、俺と、万場さ……」
「え」
「ん?」
灯華さんがいきなり慌てだしたので、何のことだろうかと私達は、顔を見合わせてかたまってしまった。灯華さんはやらかしたと言わんばかりに顔を赤らめていて、結局何がしたいのか分からなかった。
私はてっきり、自分たちの親友の馴れそめとか過去とかを話すから、私とリュシオル……蛍の親友関係について教えて欲しいということなのだろうと、思った。でも、どうやら違うようで、灯華さんはしくじったと、目を押さえている。
「今のはなしで」
「だ、だから何を!?」
「ああ、もう、知らないならいいって。そんな、聞いても面白くないから、天馬さんマジで、って、近い!」
「気になるじゃん。だって私の親友のことなんだよ。え、え、何、灯華さんもしかして、リュシオルのことが好きで……」
「ああ!違う、違う、違う。いやす、好きだけど、付合ってるけどっ!」
と、灯華さんは盛大に暴露し、その場で一人爆発していた。
私は何も悪くない。一人で自滅しただけだと、穴があったらはいりたい状態の灯華さんを見下ろしていた。