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레몬인
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そあち♡໒꒱
88
なんたろ
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「……だァァァァァッ!! ふざけんなよ帯広市役所ァァァ!!」
北海道、帯広市。
築三十年のボロアパートの四畳半で、俺はマニュアル通りに、ストップウォッチが『配信開始から二十五分』を指した瞬間に絶叫した。
「お前ら! 会社作れば税金安くなるって言ったよな!? なのに、均等割ってシステムはなんだ!! 赤字でも毎年七万持ってかれるんだぞ!!」
俺は、株式会社インフィニティ・ワンの代表取締役として、社会保険料と税金の支払いをクリアするため、感情を捨てた【集金マシーン】と化していた。
AIのジェミニ先生と、元コールセンターの結愛(ゆあ)が弾き出した『最適化マニュアル』。
この通りに動けば、最も効率よくリスナーからスーパーチャットを引き出せる。
そう、確信していた。昨日までは。
だが。
『…………』
『……うん。知ってる』
『それ昨日も聞いた』
『なんか、言い方が台本読んでるみたいだな』
俺の計算し尽くされた(はずの)絶叫に対して、チャット欄の反応は、氷のように冷たかった。
「……えっ?」
俺は、モニターの端を流れるコメントを見て、言葉を詰まらせた。
いつもなら、ここで『和尚発狂ww』『スパチャ:10,000円(均等割の足しにして!)』という極彩色の雨が降るはずなのだ。
だが、今日は赤いエフェクトが一つも飛ばない。
『ルシフェル社長。現在、スーパーチャットの飛来率が前日比でマイナス75%まで落ち込んでいます』
裏回線で、結愛の無機質な報告が飛んでくる。
『このままでは、本日のROI(投資利益率)は赤字に転落します。ただちにフェーズ2【結愛の冷徹マシュマロ斬り】への移行を推奨いたします』
「わ、わかった! 結愛、今すぐ一番パンチの効いたマシュマロを出せ!」
俺が指示を出すと、画面に匿名質問が表示され、結愛が氷点下のトーンで読み上げ始めた。
『――大変申し訳ございませんが、お客様の仰るような「おっさんのオワコン化」につきましては、当社の業績推移の観点から……』
完璧なコールセンター話法。
これもまた、リスナーのドM心をくすぐり、エンゲージメントを跳ね上げる【魔法の切り札】のはずだった。
しかし。
『もういいよ、その事務員ロールプレイ』
『最初は面白かったけど、毎回同じパターンじゃん』
『ていうか、最近の和尚、全然ゲームやらないし、雑談も一時間でスパッと切るよな』
『効率よく金稼ぎたい感が透けて見えてて、なんか冷める』
『法人化して社長になったから、俺たち底辺の気持ちなんて忘れちまったんだろ』
チャット欄に溢れ出したのは、熱狂ではなく、明確な『失望』と『反発』だった。
「…………ッ」
俺の背筋に、嫌な汗が流れた。
三万円のゲーミングチェアの座り心地が、急に針のむしろのように感じられる。
『ルシフェル社長。コメント欄のネガティブスコアがレッドゾーンを突破しました。このまま配信を継続すると、チャンネル登録解除の連鎖(デス・スパイラル)に陥る危険性があります』
結愛のタイピング音が、かつてなく速くなる。
『緊急マニュアル規定に基づき、ただちに【配信の強制終了(エマージェンシー・カット)】を実行してください』
「ま、待て。今ここで切ったら、それこそ『都合が悪くなって逃げた』と思われるだろ!」
『ですが、現状のデータモデルにおいて、これ以上状況を好転させる打つ手が存在しません。損切りは経営者の鉄則です』
損切り。
その冷酷な言葉が、俺の胸にグサリと突き刺さった。
俺は、画面の中のイケメンアバター(ルシフェル)を見つめた。
完璧にモデリングされ、少しの破綻もない美しいガワ。
そして、その裏でストップウォッチとエクセル画面を見つめながら、一円でも多く搾り取ろうとしている四十歳のおっさん(社長)。
『和尚、もうプロレスはいいよ』
『俺たちが好きだったのは、ダラダラ三時間も雑談して、百五十円のみそラーメンすすりながら、鈴木さんに怯えてる【本物の底辺】だったんだよ』
『機械みたいに金を集めるだけの社長(ルシフェル)なんて、見たくない』
『俺たちの泥臭いおっさんを返してくれよ』
リスナーのコメントが、痛いほど俺の心臓を叩いた。
「…………」
俺は、マウスから手を離した。
データ至上主義。
効率化。
法人化による利益の最大化。
確かに、それらは俺をインボイスの地獄から救い出し、会社を存続させるための正しい『正解』だったのかもしれない。
ジェミニ先生の計算も、結愛の分析も、何一つ間違っていなかった。
間違っていたのは、俺だ。
俺の配信の価値は、完璧なトークスキルでも、美麗なアバターでもなかったのだ。
どうしようもなく不器用で、税金に怯え、四十肩に苦しみ、それでも帯広の四畳半から必死に這い上がろうと足掻く『生き様(リアリティ)』。
それこそが、リスナーが俺に求めていた唯一のものだったのに。
俺は、社長という肩書きと、最適化という甘い言葉に酔いしれ、一番大事な【泥臭さ】を自らの手で切り捨ててしまったのだ。
「……結愛」
俺は、深く、長いため息をつきながら、裏回線のマイクに向かって言った。
『はい、ルシフェル社長。配信停止の準備は完了しております』
「……マニュアル、全部破棄しろ」
『……はい?』
常に冷静な結愛の声が、初めてわずかに裏返った。
「タイマーも止めろ。エクセルの売上グラフも画面から消せ。……今日、俺は、一時間じゃ終わらねえ」
俺は、コルセットを巻いた腰をバキッと鳴らしながら、ゲーミングチェアから立ち上がった。
そして、顔を覆っていた『社長』という名の仮面を引き剥がすように、カメラに向かって、素の、四十歳のおっさんの声で語りかけた。
「……お前ら。悪かった」
『えっ?』
『和尚?』
「お前らの言う通りだ。俺、最近ちょっとおかしかった。法人化して、社長になって……来年の税金と社会保険料のプレッシャーにビビり散らかして、お前らをただの『財布』としてしか見れなくなってた」
俺の言葉に、チャット欄の動きがピタリと止まる。
「効率化だの、データ至上主義だの、俺みたいな底辺上がりに似合わないことやって、本当にすまなかった。……俺は、帯広のボロアパートに住む、ただの四十歳のおっさんだ。金に汚くて、腰痛持ちで、市役所の鈴木さんが世界で一番怖い、どうしようもない底辺だ」
俺は、モニターの中のリスナーたちに、深く、深く頭を下げた。
「綺麗に整えられた配信なんて、俺には無理だった。だから……今日からはまた、ダラダラと意味のないゲームして、限界みそラーメン食いながら、お前らとバカ話させてくれ」
『ルシフェル社長! その発言は企業ブランドの毀損に繋がります! 今すぐ撤回を……!』
結愛の制止の声を、俺は笑って遮った。
「いいんだよ、結愛。これが、俺の会社の『一番の営業スマイル』なんだ」
沈黙。
数秒間の、重い沈黙。
そして。
『……しゃあねえな、おっさん』
『そういう素直なところは嫌いじゃないぜ』
『おかえり、俺たちの底辺』
『限界みそラーメン食うならお湯沸かしてこいよww』
『仕方ないから、社会保険料の足しにでもしろ!!』
ドカンッ!!!
画面の右端で、鬱憤を晴らすかのような、凄まじい勢いの【極彩色のスーパーチャット】が爆発した。
それは、結愛のデータ分析が弾き出した「計算されたスパチャ」ではなく。
リスナーたちの純粋な愛と、泥臭いおっさんへの応援が詰まった、本物の熱狂だった。
「お前ら……っ! バカヤロウ! だから投げすぎたら来年の消費税が増えるって言ってんだろォォ!!」
俺は、涙目でツッコミを入れながら、心の底から笑っていた。
帯広の四畳半。
株式会社インフィニティ・ワンの社長は、データという名の鎖を引きちぎり、再び泥まみれの玉座へと舞い戻った。
感情を捨てた機械は壊れ、そこにはただの、不器用で愛すべき【おっさん】が残った。
資本主義の修羅道は終わらないが、もう、一人で孤独に走る必要はないのだ。
コメント
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あきやさん、第94話読了したわ。もうね、冒頭の絶叫から引き込まれた。データに最適化されて機械みたいになってくルシフェル社長と、それに冷めていくリスナーの温度差が生々しくて、胸がギュッてなったわ……。でも最後に「悪かった」って仮面外して、泥臭いおっさんに戻っていく流れ、めちゃくちゃ熱かった🔥「俺たちの底辺を返せ」ってコメントが刺さりまくり。あきやさんの配信者シリーズ、毎回人間くささが最高だから、続きも楽しみにしてる!