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一五四三年 下総国 古河城 足利幸千代王丸
父晴氏が死んだ。殺された。父の腹心だった一色八郎に。
八郎は父に永蟄居を命じられていたはずだった。あの日、父が小山下野守と面会したその後、私は父に呼び出されてきた。だが部屋に近づくと様子がおかしい。何やら揉め事のようだが、そんなことはあり得ないはずだった。
慌てて父の返事を待たずに部屋に雪崩れ込めば、そこには父に馬乗りにしている一色八郎の姿があった。その両手は父の首を強く締めつけている。
私は大声を上げながら持っていた脇差しで八郎の背中を斬りつける。八郎は奇声を発しながら父の上から転げ落ちる。すかさず控えていた小姓らが八郎に止めを刺そうと刃を突きつける。
「よせ、殺してはならん!」
だが私の制止する声が届く前に八郎の身体に複数の刃が突き立てられる。
八郎は何か呟き、そのまま床に崩れ落ちる。私が駆け寄ったときには、すでにその瞳から光は消えていた。
その後、すぐに父のもとに向かったが、父もすでに事切れていた。
「なにが、なにがあったというのだ……」
事情を知る者がいなくなったことで事態は闇の中に葬られてしまった。何故八郎はここにいて、父を殺したのか。その理由はなんだったのか。
翌日、古河は父の、古河公方の死を公表する。暗殺というのは面目が悪いので病死という形として。
私はすぐに父を暗殺した一色一族と警備担当だった梶原一族を謀反を起こそうとした疑いという名目で切腹に処した。幕臣の中には厳しすぎると声も上がったが、公方の暗殺という事実を前にすれば当然すぎる罰に過ぎない。
父の死は坂東中に知れ渡り、岳父である山内上杉五郎殿だけでなく北条や小山といった私を快く思わないだろう者たちからも弔意を示す使者が送られてきた。私は彼らに真実を悟られないよう徹しながら岳父と葬儀について話し合う。
そしてひと月後、慣例に基づいて武蔵の甘棠院にて父の葬儀を執り行った。喪主は私。流石の北条も赤子の弟に喪主させるつもりはなかったようで、大きな問題も起こることなく葬儀は厳かに実施された。
「父が亡くなった今、坂東の盟主は空白となっている。いつまでも公方が不在ならば混乱を招くだろう」
葬儀後、集まった幕臣を見渡して、こう言い放つ。
「私、幸千代王が父の跡を継ぎ、次期公方となる」
そして葬儀の数日後、私は古河ではなく甘棠院で元服を果たす。名を烏帽子親の岳父からの偏諱で憲氏とした。
本来ならば将軍からの偏諱が通例だが、将軍が代替わりしていないことや山内上杉との結びつきを強めるために敢えてこうした。たとえ弟を支持する北条や小山が反発しようとも。
自身を公方と称して最初に行なったのは幕臣の粛清だ。まず宿老の本間一族を謀反の疑いで一色や梶原同様根絶やしにして、その後任に山内上杉から人間を呼び寄せる。
幕臣からは抗議の声も上がったが、私は黙殺する。
許せなかった。父を裏切り、見殺しにした幕臣がのうのうと生きていることが。
ただ二階堂だけは父を裏切らなかったから手を出さなかった。
私の粛清に怯えてか、次第に幕臣の反発する声は減っていき、彼らは私に従順になっていった。それでも信頼はしないが。
古河を手中に収めた私は次に千葉に手を出すことにした。千葉は父の生前から私の公方継承に疑問を呈していた。だが父が死んで適齢の後継者が自分だけとなった今、再度自身を支持するよう呼びかける。
千葉からの返事は諾だった。
これで現段階で私を支持する勢力は今川、山内上杉、扇谷上杉、千葉、真里谷となった。あとは里見や佐竹、小田、鹿島、武田あたりに協力を仰ぐつもりだ。今は使える駒がとにかく欲しい。
私を支持しないだろう北条と小山は間違いなく坂東屈指の実力者だ。北条は南関東の覇権に乗り出し、小山は古河と目と鼻の先の近さに位置する。できれば小山は味方にしたいが、こっちが山内上杉と結んでいる以上、それは難しいだろう。
「岳父殿が息を吹き返せれば話は変わってくるのだがな。ここにきて父上の苦悩を味わうことになるとは」
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