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羊と亀のお遊戯会
23
奏音•*¨*•.¸¸♬︎💙
10
映え無し
1
【短歌】
君の手を 握る理由を 探してる 秋の冷たい 風が吹くたび
【短歌をテーマにした物語】
秋の風が吹くたび、私は君の手を見てしまう。
夕方の帰り道。駅へ向かう並木道には、赤や黄色の落ち葉が散らばっていた。
隣を歩くのは、同じクラスの悠真。
付き合い始めて、今日で三週間になる。
……三週間も経つのに、私はまだ、彼の手を握ったことがない。
「今日、寒いね」
悠真が空を見上げながら言った。
「うん。朝より寒いかも」
「だよな。もうマフラーがいるかな」
彼は自分の手に息を吹きかけた。
その仕草を見て、私は思った。
今なら、手を握れるかもしれない。
寒いから、手が冷たいねって。
そう言って、そっと触れればいい。
恋人なんだから、それくらい自然なことのはずだ。
けれど。
「……あのさ」
「ん?」
「えっと……」
悠真がこちらを見る。
私は慌てて首を振った。
「なんでもない!」
「なんだよ、それ」
悠真は笑った。
その笑顔を見たら、ますます言えなくなった。
だって、もし手を握ろうとして、変な空気になったらどうしよう。
驚かれたら?
嫌がられたら?
そんなことを考えているうちに、歩道の信号が青に変わった。
「行こう」
「うん……」
結局、今日も言えなかった。
私の手は、制服のポケットの中でぎゅっと握られていた。
*
そもそも、どうしてこんなに手を握りたいのだろう。
家に帰ってからも、私はそのことばかり考えていた。
悠真とは、同じクラスになった春から仲がよかった。
授業中に目が合えば笑い合うし、休み時間にはくだらない話で盛り上がる。テスト前には一緒に勉強することもあった。
彼から告白されたのは、文化祭が終わった日のことだった。
帰り道、駅前の公園で、悠真は少し緊張した顔をして言った。
『俺、ずっと美緒のことが好きだった』
うれしかった。
信じられないくらい、うれしかった。
私も好きだと伝えたとき、彼は安心したように笑った。
それから私たちは恋人になった。
でも、恋人になったからといって、急に何かが変わるわけではなかった。
毎日話すし、一緒に帰る。
ただ、別れるときに「また明日」と言うだけで、胸がいっぱいになるようになった。
もっと近づきたい。
でも、どうやって?
私はスマートフォンを手に取り、悠真とのメッセージ画面を開いた。
『今日も一緒に帰れてうれしかった』
そう打って、消す。
『寒かったね』
これも、なんだか違う。
結局、送ったのはいつもどおりの短いメッセージだった。
『また明日ね!』
すぐに返事が届いた。
『うん。また明日!』
たったそれだけなのに、頬が緩んでしまう。
明日こそ。
明日こそ、手を握れたらいいな。
私はスマートフォンを胸に抱き、布団に顔をうずめた。
*
翌日の放課後。
私たちは、いつもの並木道を歩いていた。
風が吹くたび、落ち葉が足元をくるくると舞う。
「美緒、手、冷たくない?」
突然、悠真が尋ねた。
「えっ?」
「さっきから、ずっとポケットに手を入れてるから」
「あ、うん。ちょっと寒いかも」
「そっか」
悠真は少し考えるように黙った。
もしかして。
もしかして、今なら。
私はポケットから手を出した。
けれど、悠真の手に触れる直前で、また引っ込めてしまった。
何をやっているんだろう、私。
自分でも情けなくなって、うつむいた。
すると、隣から声がした。
「……美緒」
「な、なに?」
「手、つないでもいい?」
私は顔を上げた。
悠真は、いつもの笑顔とは少し違う、照れくさそうな顔をしていた。
「俺、ずっとつなぎたいと思ってたんだけど」
頭の中が真っ白になった。
「でも、急にしたら驚くかなって」
彼は頬をかきながら続けた。
「だから、寒いし……っていうのは、ちょっと言い訳だけど」
その言葉に、胸がきゅっとなった。
悠真も、同じだったんだ。
私と同じように、きっかけを探していたんだ。
「……私も」
やっと声が出た。
「私も、ずっと手をつなぎたかった」
言ってしまった。
恥ずかしくて、顔を上げられない。
けれど、悠真はうれしそうに笑った。
「じゃあ、つなごう」
彼が、そっと手を差し出した。
私は少しだけ迷ってから、その手に自分の手を重ねた。
指先が触れる。
それから、彼の手が私の手を優しく包み込んだ。
温かかった。
ポケットの中でいくら握りしめても、こんなふうには温かくならなかった。
「……あったかいね」
私が言うと、悠真は笑った。
「美緒の手、思ったより冷たい」
「だって、寒いんだもん」
「じゃあ、もっと温めないとな」
何でもない言葉なのに、涙が出そうなくらいうれしかった。
私は彼の手を、ほんの少しだけ強く握った。
悠真も、握り返してくれた。
*
駅までの道は、いつもと同じだった。
並木道も、落ち葉も、夕焼けに染まった空も。
何ひとつ変わっていない。
それなのに、世界が少し違って見えた。
隣にいる彼の手が、私の手とつながっている。
ただそれだけのことが、こんなにも幸せだった。
「ねえ、悠真」
「ん?」
「もっと早く、手をつなげばよかったね」
そう言うと、彼は少し驚いたあと、笑った。
「ほんとだな。俺も、ずっとタイミング探してた」
「悠真も?」
「うん。断られたらどうしようって、ちょっと怖かったし」
「……私も同じこと考えてた」
二人で顔を見合わせて、笑ってしまった。
こんなに近くにいるのに、こんなに同じことを考えていたのに。
お互いに気づかなかったなんて、不思議だ。
けれど、きっと恋って、そういうものなのかもしれない。
相手の気持ちが知りたくて。
でも、知るのが怖くて。
ほんの少しの勇気を出すまでに、ずいぶん時間がかかる。
それでも、その一歩を踏み出した先には、思いがけない幸せが待っていることもあるのだ。
駅に着いても、私たちはしばらく手を離さなかった。
「……また明日も、つないでいい?」
私が尋ねると、悠真は笑った。
「もちろん」
その返事を聞いて、私はうれしくなった。
明日も、その次の日も。
寒い朝も、風の強い帰り道も。
こうして手をつないで歩けたらいい。
やがて秋が終わり、冬が来ても。
君の手の温かさを、何度でも確かめられたらいい。
帰りの電車がホームに入ってくる。
私は最後にもう一度、悠真の手をぎゅっと握った。
秋の冷たい風が吹くたび、君の手を握る理由を探していた。
でも、本当は理由なんていらなかったのかもしれない。
ただ、君の隣にいたかった。
ただ、君に触れたかった。
そして今、私は君の手を握っている。
その温かさを、もう少しだけ離したくないと思いながら。
コメント
1件
うわ、もうこの「手を握る理由を探してる」っていうタイトルからして胸に来るものが…! 第77話でこの純度の高さ、すごくないですか? 秋の冷たさと手の温もりの対比が本当に綺麗で。お互いに「手を握りたいけど怖い」って同じ気持ちを抱えてたのに、すれ違ってたもどかしさ。で、悠真の方から「つないでもいい?」って聞いてくれた瞬間の空気感、もうドキドキしました。理由なんていらなかったんだって気づく終盤の流れも、短歌のリフレインと合わさって沁みますね…。 水曜さんの作品、心理描写がいつも繊細で、今回も「ポケットの中で握りしめる手」と「実際に握った温かさ」の差がすごくリアルでした。素敵なエピソードをありがとうございます!