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「待って……!」
無意識にだった。
優奈は叫んでいた。
振り返り、こちらを見上げる雅人が一瞬驚いたように固まっていたのだが。
すぐに歩き出しアパートの入り口へ、そしてコツ、コツと静かな空気の中足音が響き近づいてくる。
「優奈、どうしたんだ? 何かあったか?」
たった一言、自分でも訳がわからないまま縋るように放った叫び。
当たり前のように応える優しい微笑み。
そんな彼を眺めていたら目の奥が熱く痺れ、視界が滲み始める。
ギョッと目を見開いた雅人は、階段を上りきった廊下の端から優奈の目の前まで駆け寄って、顎に手を添え強引に目を合わせるきた。
見逃さないと言わんばかりに。
「泣いてるのか!?」
「……私、嫌な態度ばっかりとって、ごめんなさい」
謝罪の言葉が届いたのだろう。安堵したように眉を下げた雅人。
「なんだ……、そんなこと。俺が無理矢理お前の日常を動かしたんだ、戸惑って当たり前なんだよ。優奈、謝ることない」
「……会いたく、なかったか、なんて……そんなの」
泣きじゃくりながら突然語り始めた”妹”を雅人は、優しい眼差しで、そして心配そうに見つめる。
彼の手によって固定された優奈の顔は、雅人の視線から逃れることができず、彼の瞳のど真ん中に泣き顔が映り込んでしまって。
“深入りしないように”など、もう今更。溢れ出した本音が確実に今、声となり形になっていく。
「ほんとはずっと会いたかった、私……まーくんに会いたかった」
「ありがとう、俺も会いたかったよ」
会いたい。の、その強さの違いを、また受け止め続けなければいけない。
「私、まだ、まーくんのこと……」
雅人の声を遮って、口にしようとしている”それ”は、途切れない愛しさ、果てのない苦しさを、また連れてくるというのに。
恐ろしくて、逃げ出したくて。口元を押さえたまま、大粒の涙があふれて、あふれ続けて止まらない。それでも。
――大好き。
弾けるように頭の中で声がした。
何故こんなにも自分が嫌いだった?
どんな自分ならば好きだった?
優奈は心の中に問いかける。
答えなど、本当はずっと変わらないのに。
“退屈な大人”に成り下がった自分を隠したかった。隠して、逃げて、追いつけない距離から目を逸らせばそれはそれは楽だった。
(ああ、そっか……それこそ、退屈でつまらない大人じゃんか)
「……追いかけてた私が好き」
「優奈?」
「まーくんのこと好きじゃないフリする私なんて私じゃないよ」
優奈の言葉をハッキリと聞き取ってしまったのだろう、雅人がピクリと伸ばしていた手を震わせる。