テラーノベル
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「俺に話って、何ですか?」
拓郎ははっきり言って、緊張していた。どうしても、柏木に聞きたい事があった。
「君だけに、話がある」と柏木に呼ばれてきた別室である。柏木個人の部屋だと言う。
「簡素な――」と言っていい程、何もない部屋だった。
あるのは、机と本棚と応接セットだけである。そしてその大部分を占めるのは、本だった。
「まあ、取りあえず座りなさい」
促されるまま拓郎は、ソファーに座る。
思い詰めたような顔をしていたのだろうか。インスタントのコーヒーを入れながら、柏木が苦笑した。
「言い訳をするようだが、藍の臓器移植プロジェクトを計画したのは、私ではないよ」
聞こうと思っていた事をさらりと言われてしまい、拓郎は言葉に詰まってしまう。
もし、藍を臓器移植用のクローンとして生み出したのが柏木だとしたら、拓郎は絶対許せないと思ったのだ。
クローン実験がなければ、藍は生まれていないのだろう。
そうだったっら、拓郎は藍とは巡り会えてはいない……。
だが、藍を実験動物として扱った奴らに感謝する気持ちには到底、なれなかった。
まして、「臓器移植用のクローン」だ。臓器移植がなされれば、クローンは死ぬのだ。
許せる筈がない――。
「クローン実験をしたのは、私がここに来る前の所長なんだが……すでに亡くなっている」
そう言うと、柏木は、テーブルに入れたコーヒーを置く。
「……そうですか」
拓郎は内心ほっとしていた。
仕事柄色々な人間に会うのだが、柏木は決して嫌いな部類の人間ではなかったのだ。
「君は、クローンについて、どの程度知っている?」
応接セットのソファーに向かい合って座ると、柏木は拓郎の目を見据え、真剣な表情で切り出した。
「……ニュースで報道されていた、羊の事くらいです」
正直言って拓郎には、藍がクローン体だと言う事が、未だに信じられない。
”クローン”なんて言うのは、SF映画か何かの中だけの話だと思っていたのだ。
「……そのクローン羊がどうなったか、知っているかい?」
柏木の言葉に、はっとする。
羊……?
羊は確か……。
あ――。
羊は確か、死んだのだ。
併発した病気が治療不可能な為、確か「安楽死」させられた筈だ。
そしてその羊は……。
「そう、クローン羊は、通常の寿命の半分で、死んだ……。
厳密に言えば、藍達の場合とは異なるのだが、クローン体という意味では同じだ。
通常十二年程の寿命を持つ羊。クローン体はその六歳のオリジナル体の細胞から作られた。
そのクローン体は、生まれながら六歳だったのだ。だから、本来の寿命の半分で老病で死んだ――」
拓郎は、ただその言葉に耳を傾けていた。
「大沼 藍は五ヶ月の胎児だった日掛 藍から作られた。その寿命の差は、理論上五ヶ月しかないはずだが……、それもあくまで推測の域を出ない――」
柏木は一つ深く息を吐くと、やはり淡々と話しを続ける。
ただ、その目はそれまでとは確実に違い、厳しい光をはらんでいた。
「クローン体とは、非常に不完全な個体なのだ。
動物実験では100%の確率で、短命に終わる。
生殖機能も極端に劣る。
よしんば、子供が生まれても、育った例はない。
それでも君は、彼女と生きる道を選ぶのか?」
それは、妥協を一切許さない、厳しい問いだった。
藍に明るい未来はない。 それでも愛せるのか?
でなければ、関わるな。
そう言っているのだ。
だが、拓郎には、何も迷うことなどなかった。
――大事なのは、まだ見ぬ未来の事じゃない。
今を、藍と一緒に生きることなんだ。
拓郎は、その問いにきっぱりと答えた。
「はい」と。
「俺は、藍が”何者だから”とかで好きになった訳じゃありません。彼女だから好きになったし、愛しいと思うんです。
今更、その気持ちをなかった事に出来る程、俺は器用な人間じゃありませんよ。柏木さん、あなたは、違うんですか?」
拓郎の切り返しが、よほど思いがけなかったのだろう。柏木が面を食らったような顔をした。
拓郎は、昔から「人の好悪の感情」が良く分かった。
それは、両親を亡くしてからの生活で培われたのだが、表面上でどんなに取り繕っていても、その人間が自分をどう思っているのか、良く分かるのだ。
だから、誰が誰を好きか、嫌いかと言うのがすぐ分かってしまう。
柏木の日掛藍を見る眼差しは、紛れもなく「愛する人」を見るものだった。そしてまた、彼女のそれも、同じだった。
つまり、柏木と日掛藍は、「相思相愛の恋人同士」だと、最初に会ったとき拓郎は確信したのだ。
「……君は、見掛けによらず、鋭いことを言うね」
柏木が、そう言って苦笑する。
「そうだな……。私とて、藍が日掛グループの令嬢だから惹かれた訳ではないし、オリジナル体だから愛した訳でもないな……」
――例え、彼女がクローン体だったとしても、やはり同じように愛しただろう……。
「申し訳ない。余計なことを言ったよ。しかし……」
柏木の目が笑う。
「はい?」
「いやね、つくづく君と恋敵にならずに済んで、良かったと思ってね」
「本当に……」
答える拓郎の顔にも、笑みが浮かんでいた。
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