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みどりいろwith友!!
きっかけは、本当に些細な判断の違いだった。任務の途中で標的の気配を掴み、今のうちに踏み込むか、それとも一度引いて情報を集め直すか――ただそれだけの話だったはずなのに、気づけば会話は妙に噛み合わなくなっていた。ゴンは迷いなく「オレは行く」と言った。その声音はいつもと同じで、強引でも乱暴でもない。ただ真っ直ぐで、だからこそ一度決めたら曲がらないものだと分かってしまう響きだった。オレは一瞬だけ言葉を選ぼうとしたが、その一瞬が逆に苛立ちを生み、気づけば反射的に「無理だろ」と言い返していた。
相手の能力はまだ不明瞭で、地形も有利とは言えない。理屈はいくらでも並べられるはずなのに、口から出てくる言葉はどれも少し強く、少しだけ棘を帯びていた。ゴンはそれを受けても声を荒げることはなかったが、「でも待ってたら逃げられる」という一言で、結局自分の意思を曲げるつもりがないことを示した。
その瞬間、オレの中で何かが引っかかった。相談ではなく、決定として告げられたことに対するわずかな違和感と、置いていかれるような感覚。それがうまく言葉にならないまま、形だけが苛立ちになって表に出る。
「……好きにしろよ」
言った瞬間、自分でもそれが引き止める言葉ではなく、突き放すものだと分かっていた。それでも訂正できなかったのは、今さら引くには意地のようなものが絡んでしまったからだ。 ゴンは一度だけ「キルア」とオレの名前を呼んだ。その声は強くも弱くもなく、ただ確認するような響きで、それが逆に胸に引っかかる。だけど視線を逸らし、「別に」とだけ返した。心配していると言えばいいのに、していないと否定してしまう。その小さな嘘が、決定的な一歩を遠ざけた。
短い沈黙のあと、ゴンは静かに息を吐いて「分かった」と言い、そして「じゃあ一人で行く」と続けた。その言葉を聞いた瞬間、胸が一瞬だけ強く締めつけられたが、引き止める言葉は喉の奥で絡まり、結局声にはならなかった。
ゴンは振り返らずに歩き出し、その足音はすぐに遠ざかっていった。残された静けさの中で、オレはしばらくその場から動けなかった。追いかけるべきだという考えは浮かんでいるのに、さっきの自分の言葉が足を縛る。好きにしろと言った手前、今さら呼び止めることができない。そんなくだらない意地に、自分でも気づいているのに逆らえなかった。
結局、そのまま日が落ちた。
夜、宿に戻ってもゴンの姿はなかった。部屋の扉を開けたとき、いつもなら先に入ってくるはずの気配がないことに、妙に強い違和感を覚える。たった一人分の空白なのに、部屋全体が広くなったように感じられた。
オレはベッドに腰を下ろし、無意識にもう一つのベッドへ視線を向ける。シーツは整ったままで、使われた形跡はない。机の上には夕方に買ったままのパンが置かれていたが、食べる気にはなれなかった。腹は減っているはずなのに、喉を通る気がしない。
時間だけがやけにゆっくり進む。窓の外からは遠くの話し声や足音が聞こえるが、この部屋の中だけ切り離されたように静かだった。オレは何度も扉の方を見た。もちろん誰も来ない。それでも視線は勝手に向いてしまう。
自分でも分かっている。待っているんだと。
――別に、待ってるわけじゃない。
そう思ってみても、すぐに意味のない言い訳だと分かる。もし本当にどうでもいいなら、こんなふうに落ち着かないはずがない。
ベッドに倒れ込み、腕で目を覆った。視界が暗くなると、余計に考えが浮かんでくる。さっきの会話が何度も繰り返される度に、自分の言い方のまずさだけがはっきりしていく。もっと別の言い方があったはずだし、止める方法だってあった。それなのに、選んだのは突き放す言葉だった。
「一人で行く」
その一言が、頭の中でやけに残る。
ゴンはそういうやつだ。決めたら行くし、戻ってくるとも限らない。それを分かっていながら、オレは止めなかった。それどころか、自分から背中を押したようなものだ。
胸の奥がじわりと痛む。それが後悔だと分かるまでに、そう時間はかからなかった。
オレはゆっくりと目を閉じた。眠れる気はしない。それでも、何も考えない時間が欲しかった。しかし意識を手放しかけたところで、ふと最悪の想像が頭をよぎる。
――もし、このまま戻ってこなかったら。
思った瞬間、心臓が強く跳ねた。そんなはずはない、とすぐに打ち消す。ゴンが簡単にやられるはずがない。それでも、一度浮かんだ考えは簡単には消えなかった。
静かな部屋の中で、無意識に手を横へ伸ばした。そこにあるはずの気配を探すように。しかし触れたのは冷たいシーツだけで、すぐに現実に引き戻される。
手を引っ込めて、小さく息を吐いた。
「……帰ってこいよ」
誰に聞かせるでもない声が、静かな部屋に落ちる。返事はない。それでも、言葉にしたことでほんの少しだけ胸の重さが軽くなった気がした。 そのまま目を閉じて、眠れない夜の中でただ時間が過ぎるのを待った。いつも隣にあるはずの気配がないだけで、こんなにも落ち着かないのかと、初めてはっきり自覚しながら。