テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

ゆうれい都とナギ

一覧ページ

「ゆうれい都とナギ」のメインビジュアル

ゆうれい都とナギ

33 - 第30話「さよならのスタンプ、最後のイベント」

♥

42

2025年07月29日

シェアするシェアする
報告する

第30話「さよならのスタンプ、最後のイベント」

朝のようで夜のような空の下。

ナギは、神社の前に立っていた。


手には、30個のスタンプが埋まった帳。

最後のページだけが、やけに印象的で、まだ何も押されていなかった。


ユキコがその横に立っていた。

今日のユキコは、最初に出会ったときと同じ服装をしていた。

ベージュのワンピース。足首まで届く長さで、風がふくたびに裾が舞う。

肩は小さく落ちていて、襟の縁がほどけかけていた。

けれどその姿は、もう“人”というより、“残り香”に近かった。


「最後のイベント、わかってる?」

ユキコが言った。


ナギはうなずいた。


「わたしが……この道をひとりで出ていくこと」


「うん。でも、ひとりじゃないんだよ」


ユキコはそう言って、そっと自分の胸元から小さな紙を取り出した。


それは、小さなお守り袋。

中には折りたたまれた1枚のスタンプ用紙。


ナギのとはちがう、べつの帳。

そして、そこにも“29”までスタンプが押されていた。


「これ、わたしのだったんだ。ずっとまえの夏にね」

ユキコの声が少しかすれた。


「最後のスタンプが押せなかったの。だから──残った」





鳥居の先には道が続いていた。

その先にあるのは“ふつうの世界”。

ナギの部屋や、駅や、アイスクリーム屋のある、ちゃんとした日々。


けれど、いまのナギにはそれが夢のように遠かった。


ユキコはふわりと笑った。

「でもね、ナギちゃんが歩いてくれたから、わたしの帳にも最後のスタンプが押せるんだって」


ナギは目を伏せた。

「……わたしは、もう戻れない気がしてた」


「それでも、毎日ちゃんと選んでくれた」


ナギの着ているシャツは、雨の日に借りたあのコートの下に、

ユキコのおばあちゃんちの洗いたてのシャツがあった。

袖は少し長くて、手の甲にかかっていた。

ズボンは草のにおいが染みついた短パン。

この30日の、どこかで着たすべてが、少しずつ混ざっていた。





「最後のスタンプ、押して」


ユキコが言った。


ナギは静かに、帳を開いた。


スタンプは──ユキコの手のひらだった。


彼女がそっと帳にふれたとき、

にじむように、まるく、手のかたちが残った。


「これで、おわり?」


「ううん。これで“つづき”が始まる」





ナギが鳥居をくぐった瞬間、ふいに風が吹いた。

ふり返った先には、もうユキコの姿はなかった。

けれど、胸のなかにあった言葉は、ちゃんと最後まで聞こえていた。


「ありがとう。ナギちゃん。わたし、ちゃんと行けるよ」





その日、ナギはあの鳥居の前にいたが根元から折れていた。

スマホをみると8月30日、2ヶ月経っていた。

たがすこしだけ髪が伸びていた。

足も少し、焼けていた。

そして、かばんのなかには──


ぼんやりとにじんだ30個のスタンプ帳が、一冊。





『ゆうれい都とナギ』──完。





この作品はいかがでしたか?

42

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚