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※
「こちらの薬は、食後に召し上がってくださいね」
丁寧に包んだ薬を、客に手渡す。
常連の老人がそれを受け取ると、生薬の甘苦い香りがふわりと店内に漂った。
凪は無意識にその香りを深く吸い込み、ほっと胸を撫で下ろす。
「凪さん。前よりずっと、ええ顔になったな」
老人に言われ、凪は思わず自分の頬にそっと手を当てた。
「そ、そうですか?」
「ああ。立派な女亭主の顔だ。わしは応援してるよ」
「ふふ、ありがとうございます。とても嬉しいです」
店先に立ち、去っていく老人の背中を温かく見送る。
揺れる暖簾に視線を向けると、胸の奥が温かくなった。
(店を再開できて……お客様も少しずつ戻ってきてくださった)
「もっと忙しくなるわね」
誰に言うでもなく、凪は小さく微笑んだ。
「すいません」
低く通った男性の声。
見上げると、暖簾の向こう、逆光の中に深緑の軍服姿の男が立っていた。
(……将臣様!?)
凪の心臓が、跳ね上がった。
だが、男が店内へ一歩足を踏み入れると──それは見知らぬ若い軍人だった。
「仕事の帰りに寄らせていただきました。確か、こちらは桐谷衛生員のご生家ですよね?」
「は、はい。そうです!」
(兄様を知っている方!)
「結菓子を、一袋いただけますか」
若い軍人は少し照れたように笑った。
「結菓子を……ですか?」
「はい」
軍人は一瞬だけ寂しげに目を伏せる。
「桐谷さんの訃報は……本当に残念でした。ですが、娯楽もない過酷な戦場で、仲間と分け合って食べたあの結菓子は、今でも忘れられない思い出なんです」
「……あ」
胸の奥から熱いものが込み上げ、凪はぎゅっと唇を噛み締めた。
そして、努めて晴れやかに微笑む。
「……兄も、きっと喜んでおります。今、準備いたしますね」
すぐさま奥へ向かい、桐の箱に大切に並べられていた結菓子を袋に詰めた。
軍人は菓子を受け取ると、深く会釈をして店を後にした。
凪はその背中をいつまでも見送った。やがて姿が見えなくなると、そっと視線を落とした。
「兄様……」
すんっと鼻を啜る。
「結菓子は……本当に、人と人を結ぶお菓子になりましたよ」
最後の日に、この菓子に名前をつけてくれた兄の笑顔が脳裏に浮かび、目尻から一筋の涙が頬を伝った。
(私は……この麒麟堂薬舗を守っていく。
たとえ、大切な何かを失ったとしても──)
すっと指先で涙を拭い去る。
その横顔はどこまでも凛として、けれど切なかった。
夕暮れの橙色の陽光が、麒麟堂の入り口を優しく照らし出す。
暖簾の下に差した人影に、凪はふと顔を上げた。
そして、息を飲み、目を見開いた。
軍服ではない、見慣れた白シャツにズボン姿。
手に下げた革鞄からは、三毛猫の結丸がひょっこりと顔を覗かせている。
そこに立っていたのは──愛おしそうに、穏やかに微笑む将臣だった。
凪の時が止まる。
眩しい夕日の光が、二人の間をどこまでも温かく染め上げる。
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