Relu side -
一星れる。大学2年生。
俺は先日、初めてバーに行った。
溜まった疲れを、すべて吐き出したかったのだ。
店の名前は、『Bunny Boy』だっただろうか。
そこでは、ひとりの青少年が、
親身に話を聞いてくれた。
その彼は、頭に黒い兎耳の
可愛いカチューシャを付けていた。
顔も整っていて、声も可愛くて。
バーをひとりで経営するぐらいには、
とても聞き上手な人だった。
また明日もいるだろうか。
いなくとも、またいつかは会えるだろうか。
そんな浮かれた気持ちで、
大学へと登校した今日の朝。
「…あっ」
「えっ?」
その大学に、彼はいた。
Kisaragi You side -
「だから、ゆうさんは何も知らないってば」
「えぇ〜、絶対嘘やぁ」
…まずい。
そう感じざるを得なかった。
僕は1週間前から、とある人に
しばらくの間、バーの経営を任された。
何度か断ったが、押し通され、
なんだかんだ引き受けてしまった。
『留守にするのも少しだし、
どうせ客もそんなに来ないから。』
と言われて。
それで始めたバーだったが、
やはりバレてしまった。
正直、この男、一星れるがバーへ
来た時点でまずいと思ってはいたが、
どのみち接客はしなければならないし、
酒も回ってるのでまぁ忘れるだろうと思った。
しかしその考えも浅はかだったようだ。
「ゆうさんはそんなバー、
知らないし、行ってもいないです!」
こんだけ振り切っても、
彼はしつこく問いただしてくる。
「いや、絶対キミやったって!
だってれる、声も顔も全部覚えてんねんで?」
「はぁ、だから…っ」
いい加減、走って逃げてしまおうか。
そう考えたその時、
彼はいきなり、僕の腕をガッと掴むと、
自分のほうへと強く引き寄せたのだ。
さすがにそこまでは予想しておらず、
素直にバランスを崩してしまう。
それに、と彼は言葉を続けた。
「キミ、自分のこと“ゆうさん”って言うの、
癖やろ?昨日もおんなじ呼び方しとったで♡」
「っ〜〜〜!」
耳元でそう囁かれては、もうダメだった。
バランスを崩したまま、
ぽすりと彼の腕の中に収まる。
僕は急いで、彼からバッと離れると、
「っ、…わかりました。話します。
なので、ちょっとついてきてもらえますか」
睨みつけながらにそう言った。
そんな態度に、彼は気にした
様子もなく笑顔で大きく頷く。
「………」
先程から人目を確認しているのは、 おそらく
僕の私事情のことを気遣ってくれているのと、
自分の厄介なファン達から、
いつでも逃げれるようにするためだろう。
なんと言ったって彼は
大学内で1位2位を争う、
超有名人気歌手なのだから。
◇
「まさかトイレに連れて来られる
とは思わんかったわ。…もしかして、誘ってる?」
「そんなわけないでしょ。
誰かにこの話聞かれたら困るの」
ふざけたことを言ってのける彼を、
半目開きで見つめ返しながら、
個室にふたりで入り、ドアを閉める。
彼はふぅ〜ん、と口を尖らせると、
「なんかバーのときとは全然印象ちゃうねんな 」
なんて、当たり前なことを聞いてきた。
「営業ですからね」
「まぁな〜」
現実を突きつけてあげるも、
彼は微妙な相槌を返してくる。
「ていうかさぁ…」
そう彼が声を掛けてきたので、
個室の鍵をかけ、後ろを振り返った。
「っ……!?」
途端、
彼がいきなり、僕の横の壁に
手をついて、ぐっと顔を近づけてきた。
俗に言う壁ドンだ。
綺麗な顔が目の前にあるのと、
急すぎたこともあって、顔がぶわっと赤く染まる。
「こんな状況で危機感とか持たへんの?もし、
俺がゆうくんのこと、好きやったらどうするん?」
「なっ…!」
顔を見られたくなくて、彼から顔を逸らし、
なるべく力を込めて、彼を退かそうとする。
しかし彼はまったくもって動かない。
「だ、って、ゆうさん、おとこのこ…」
そう言っても、彼はこくりと頷くだけで、
その場から動こうとはしなかった。
それから彼は、でも、と言葉を続ける。
「でもれるは、あのときあのバーで、
確かにゆうくんに惚れたで?」
「は…っ?」
段々と顔が熱くなっていくのがわかる。
その様子を見た彼は、
悪戯げに口角を上げた。
それに腹が立った僕は、手を自分の
背中に回し、個室の鍵をそっと外す。
そして、思い切りドアを開けると、
急いで彼のそばから離れた。
そのまま立ち去ろうとして、
一度彼のほうを振り向く。
「…言っとくけど、あのバーはしばらく旅行に行く
知人に任せられただけで、ゆうさんの店じゃないから」
それと、もうひとつ。
「あと、好きとかそういうの、有名人の癖に
あんまり軽率に言わないほうがいいと思うよ」
僕は彼を睨みつけながらにそう告げると、
逃げるように教室へと走って帰った。
負け惜しみのようになってしまったことが、
少し悔しかった。
Relu side -
「好きなんて軽率に言うな、か…」
個室に残された俺は、
ひとり、ぽつりとそう呟いた。
別に自分的には軽率に言ったつもりはなく、
決してからかったわけでもふざけたわけでもない。
確かに俺は、あのときあのバーで
優しい彼に惚れたのだ。
それでも、誤解されてしまったらしく、
思わず大きな溜息を零した。
俺もトイレを出て、
早足で教室へと向かう。
まぁ何はともあれ、印象は大分違っていても、
あの青少年は彼で間違いないようだ。
だが今のところ、
俺は彼に着実に嫌われているらしい。
堕とそうにも、まだまだ道のりは険しそうだった。
そこで、
俺はポケットから
とある物を取り出した。
それは、彼が落とした彼の学生証だ。
名前の欄には、『如月ゆう』と書いてある。
「如月ゆうくん…。
へへ、覚えちゃったぞ♪」
俺はそう呟いて、 我ながらに不気味な、
いや、悪そうな笑みを浮かべた。
すると、それを今度はポケットにしまう。
「おっはよー!」
そして、いつもの明るい笑顔を作ると、俺はまた
自分の教室の中へ、ズカズカと入っていくのだった。
コメント
5件
めちゃくちゃ尊い(◜¬◝ )