テラーノベル
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「はあ……はあ~~~~」
戻ってこない。
あれからどれだけ経っただろうか。まだ、パーティーは終わらないし、二人は戻ってこないし。相変わらず、私は空気だし。ダンスも始まって、南極終わっただろうか。会場は未だ、賑わいを見せており、私だけ世界の片隅に取り残された気分だった。
あの二人が、誰かに捕まって話をしているとは思えない。かといって、迷子になるような二人でもないことを分かっている。なら、何処に行ったのだ、と。
私から探す気にもなれず、ミイラ取りがミイラになるんじゃないかと思うと動けなくて、結局動くことが出来ずにいた。眩しいシャンデリアの光と、何処からか香る美味しそうな料理の匂い。エルがくれたジュースを飲んでから、そこまで空腹を感じることはなかったけれど、良い匂いをかぐと、自然とお腹は空いてきて、足が一歩、二歩と出そうになる。でも、私がここから動いたら、と二人のことを考えると動けない。
喋る人もいなくて、勿論、喋りかけてくれる人もいなくてポツンとぼっちになっていた。ブライトのいった魔法の研究とやらをしてみようかとも考えたが、こんな所で魔法なんて使ったら、また不審がられるだけだと、何も出来ない。
皇帝との約束、一方的な命令、結婚パーティーに出席するは、クリアできたと思うのでもう帰りたいのだが、帰って、また勝手に帰ったな、何て言われるのも嫌で帰れない。というか、帰る場所もない。
(早く戻ってきてよ……何処で脂売ってんのよ)
私のこと、忘れているんじゃないかと思って、腹が立ってきて、もうこの際、探しに行くか、とようやく覚悟が決まったとき、懐かしい香りが鼻腔をくすぐった。
「……っ」
そうして、目の前に光の花びらが舞って、その眩い黄金に目が眩む。オレンジの香り……
「…………リ……ース?」
「やっぱり、エトワールだったんだな。会えて、嬉しい」
何処かぎこちなくも、幸せそうに笑う彼は、私の知っている彼で、恋人……いや、元恋人のリース・グリューエンだった。真っ白な衣服に身を包んだ彼は、本日の主役であると、誰が見ても分かる神々しさを放っている。私も、そんな彼に目を奪われていた。昼間見たときと少し衣装が違うが、それでも、見慣れない服に私は何度瞬きしたか分からない。何を着ても似合うのは、今に始まったことじゃないけど。
でも、私は、その美しさと、何でここにいるの? 何で? と、何度も心の中で疑問と緊張と、色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざっていた。感情が一つにまとまらなくて、気持ち悪くて吐きそうだ。
会えたのは嬉しい、声をかけてくれたのも嬉しい。一目見て、おめでとうっていうつもりだった。でも、いざ目の前にしてみると、そんな言葉も、感情も何処かに行ってしまう。
「りー……何で」
「昼間に目が合っただろう?あの時から、気づいていた。三日前から、お前に会えなくて……会いに行こうとしたんだが、阻止されて。でも、どうしても会いたかった」
「……リース、そう……うん、私も、だけど」
言葉を詰まらせる。
何も食べたわけじゃないのに、胃の中から何かが込み上げてきそうだった。さすがに、吐くものも何もないけれど、それくらい気持ち悪かったのだ。どうしてだろうか。好きな人が目の前にいるっていうのに、何だか、遠い存在のように感じて、他人のように感じて。
これが、嫉妬とか、そう言う奴なのだろうか。
そんなことをぐるぐると考えながら、私は視線を下に落とした。彼は気遣って、優しい言葉をかけてくれるのだろうが、前みたいな強引さも、何もない。この場で事を荒立ててはいけないと思ったからだろう。目立ってしまったら、双方にデメリットしかないから。まあ、皇太子を悪く言えないだろうから、全部私が引き受けることになるんだろうけど。
「すまない……話し掛けるべきかどうか迷った。先ほどまで、あのメイドと一緒にいただろう?」
「ああ、エルのこと。確かにいたけど……って、見てたってこと?」
「ああ……気持ち悪かったか?」
しゅんと眉を下げていうので、私は、首を横に振った。まあ、ストーカーっぽいといえば、そうなのだけど、リースだから許せる。慣れてしまった。
「ううん、大丈夫……だけど。あんな大勢の中から私を見つけられるなんて、凄いな……とか。いや、リースだから、全然驚きはしないんだけど」
「お前なら何処にいても見つけられる」
「あ、あっそう……」
愛が重い! 久しぶりに、リースの愛を感じた気がして、嬉しくなると同時に、その愛はもう二度と、私が貰っちゃいけないんじゃないかと思って、私は、グッと拳を握った。彼に、そんなに握ると、爪が食い込む、とか言われそうだったから、手はサッと後ろに隠した。
リースは、落ち着かない様子で、私をおどおどと見ていた。彼も、気まずいのかも知れない。なら、私の元から離れてもいいのに、と私はリースを見て思う。一緒にいたいっていう思いはあるけれど、それは、互いのためにならない。
(ねえ、リースはもう、私のものじゃないんだよ?恋人でも、婚約者でもないの)
自分でもそんな言葉は言いたくなかった。だからいわない。でも分かって欲しいし、そう何度も心の中で思わないようにしたい。そのために、視界から彼を消すしかなかった。
好きが溢れるもん。だから、私の前に現われないで欲しい。見たくない。
好きだから。
「やっぱり、お前はそういう反応をするんだな」
「えっ?」
しゅんと、リースが眉を下げる。その反応、こっちこそ、何でそんな反応するの? 何でそんな風に悲しそうな顔するの? って聞きたかった。
「あ、あの、あのね、リース、私は」
「無理しなくていい。元はといえば、俺から声をかけたんだからな。お前の気持ちをもっと考えてから行動すれば良かった。すまない」
「……」
こういう時なんていえば良いんだろうか、本当に言葉も何も出てこなかった。互いに話したい気持ちは一杯あって、でも、関わったらいけないって分かっているから関われなくて。そんなもどかしい関係になってしまった。どちらかがさっぱり割り切ることが出来ていれば、もっと違うのだろうけど。長年の恋を拗らせてきた、この関係から簡単には逃れられない。
(リースを困らせちゃいけないのに……)
彼は彼の道を歩もうとしている。彼が皇帝になってこの帝国が変わっていくなら。
(そうだよ。もう、私のリースじゃないんだから)
もの、として考えているわけじゃないし、リースが私のもの、という表現はあまり好きじゃないんだけど、でも、いってしまえばそういうことで、私は、グッと涙を堪えた。私も、ちゃんと彼の事好きだったんだ、と自覚できて、それは良かったのかも知れない。そもそも、好きじゃないと好きじゃないのに付合っているっておかしいことなんだけど。沢山の人の思いを聞いて、それを断って、私は――とたった一人を選んだのに。可笑しいじゃないかと。
(前に進んで、私)
自己暗示、自分の中に言い聞かせて、前を向く。それでも、顔を合わせると泣きそうで、でも、こんな日に泣いちゃダメだってまた堪える。いける、大丈夫、言える、ともう一度頭の中で繰り返す。
「ううん、こっちこそ。大丈夫だから。リース、その、ね……えっと……っ」
どうにか、おめでとう、これからも頑張ってね、と言葉にしようとしたとき、内側からぶわりと何かが込み上げてきた。一度感じたことがあるこのなんとも言えない、爆発的な何かに、私は思わず後ずさる。これはまずいと、一刻も早くここをはなれないといけないと思った。だが、足がそれを拒絶しているように、私はその場に縫い止められる。
私の変化に気づいたのか、リースが一歩前に出た。
「エトワール、どうした!?」
「こ、ないで……ダメ、リース……っ」
ダメだ、これは……
何で? と、頭をよぎり、止めるなんていう選択肢も端っからなくて、私は、彼に来ないでと叫んだつもりだった。それでも、苦しむ私に手を伸ばした彼を見て、彼だけは、傷付けたくないと、頭の中で叫ぶ。叫び声が全てうちに引っ込んで、内側と外側に壁を作られたような感じになって私の中の魔力が爆発する。
しろくからだが発光したかと思えば、次の瞬間途轍もない光と風が会場を包み、全てを消し飛ばした。
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