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「あああああああああっ!」
抑えきれなかった。抑えていれば。
内側からあふれ出した魔力は、耐えられなくなった風船みたいにパンとはじけ飛んだ。聖女の魔力だ。それが、爆発したとなれば、この会場を包み込み、干上がらせることも、消滅させることも出来るだろう。そんな魔力。それが、爆発したのだ。経った今。
瞳孔がカッと開いて、内側からあふれ出す、魔力は留まることを知らなかった。まだ、かすかに漏れ出て、中心に集まってきている気がしたのだ。このままでは、また爆発してしまうかも知れないと。
(どう……して?)
あの時のようだった。リュシオルが殺されそうになった時と同じ感覚。それと全く同じだ。いや、それ以上かも知れない。私は、自分の魔力をどうにか抑えようとしたが、私の身体は全く言うことを聞いてくれなかった。魔力が意思を持ったように、私自身を押さえつけているみたいな、そんな変な感覚がした。
「い……違う、いや、違う」
私は、かろうじて開いた口でどうにか今起きたことを否定したかった。けれど、目を開けば、そこには、酷い光景が広がっており、私は、また後ずさりをする。
(なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんでなんでなんでなんで!?)
口から出ない言葉は、全て内側に漏れて、私は、自分のせいで、気を失ってしまったか、死んでしまったか分からない人達を見て唖然とした。
先ほどの爆発で、大勢の貴族がとばされ、置いてあった飲み物も食べ物も、机さえも引っ繰り返ってしまった。シャンデリアも落ちてきていて、会場の中心には穴が開いている。人は倒れ、血を流すものもいた。私がやったんだという自覚が後から襲ってきて、心がとても痛かった。
「あ、あ、ああああああっ」
私は、その場で発狂する。その声を聞いて、意識のあったもの、かろうじて、先ほどの攻撃を防げたもの、会場はパニックに陥った。私がまた暴走して、殺されると思ったのだろう。逃げ惑う人々。私の方ではなくて、会場の反対側へと走っていく。窓から飛び降りるものもいれば、その場にかたまって動けなくなるものもいた。ただただ、恐怖が伝染していき、会場に冷静なものはいなかった。
皆私を見て、化け物だと恐怖を浮べる。
「ちがう、ちがう、これは、こんなのって……」
何でこうなったの?
自分でも状況が理解できなかった。身体は熱くて、でも、自分じゃどうにも出来なくて、悲鳴と逃げ惑う人々の足音息づかいが聞えるばかりで、誰も私のことを気にかけてくれない。そんな気にかける余裕もなかったのだ。
「ば、化け物……偽物聖女、やっぱり、この日を狙っていたんだ」
「偽物聖女、こんな日に……」
そう、誰かがいった。私に視線が集まって、この爆発の原因が私であると、皆が視線を指してくる。私は、その視線を受けて、酷くいたたまれない気持ちになった。血を流して倒れている貴族の肩をそっと誰かが抱いて、会場の外へと出ていく。もしかしたら、死んでいるのかも知れない。ぼそりと、「嘘、そんな……」なんて声が聞えたから、もしかして、というのも考えられる。自分がやったなんて信じられなかった。
アルベドの善意ある殺しと違って、ラヴァインの殺しともまた違って、肉塊を殺したときとはまた違って、無差別殺人。テロと何も変わらないと。
「違うの……」
「死ね、お前のせいだ。偽物聖女」
「今すぐ、彼奴を捕らえろ。また、魔力を爆発させたら、危険だ。皇宮が崩壊する」
かかれ、と会場内にいた騎士達は私に向かって走ってきた。私はその場に縫い付けられたように動けず、向かってくる剣、槍を見つめることしか出来なかった。あんなのに、貫かれたら一瞬で死んでしまうだろう。痛いに決まっている。でも、逃げることが出来なかったのだ。
(どうして?)
会場の中から、リースや、ブライト、アルベドを探そうと思ったけれど、それも出来なかった。それに、あの爆発によって吹き飛ばしてしまっていたのなら……なんて考えたら、みることもできなかった。見たくない。
それに、今の私を見られたくないと思った。こんな、いきなり人がいるところで魔力を爆発させて。きっと、人を殺してしまったんだろうと、そんな気もして。
「嫌だ、違うの。話を聞いて」
「聞くわけないだろう。お前がやったんだ。この会場を見て何も思わないのか」
「……っ」
騎士の一人に言われ、改めて惨劇の起った会場を見る。見れば見るほど点々と血が付着しているような気もして、クレーターやら、へこみやらが出来ている。一体どれほどの魔力をぶつければこうなるのか。本当に会場は、廃墟のように生気を失っていた。光さえない。
私がこれをやったなんて未だに信じられなかった。騎士達は、私を捕らえようとその足を止めなかった。
もしあの槍に貫かれたら、件で皮膚を引き裂かれたら。それこそ、血が飛び散ってしまうだろう。けれど、それが問題ではなかった。
(やめて!)
私の手は、魔力を集め始め、四方八方から向かってきた騎士達に向かって円状にその魔力を放出する。綺麗に弧を描き、集まった光の魔力は、魔法となって、騎士達の腹や首を切り裂いていく。風魔法のようなスピードで、騎士達の四肢がもげた。
「ぐああああっ」
「この、偽物が……」
「本性を現したか……クソ」
そんな捨て台詞を吐いて、二十人ほどいた騎士はその場に倒れて閉まった。いや、ことぎれた。血を噴き出して、その場に倒れた。もう、助かりそうもなかったのだ。
「なん、違う、私は……!」
「エトワール!」
「……っ」
こちらに向かってくる足音。そのこえに、私は反射的に身体を向けてしまった。顔を見たくない。いや、この姿を見られたくなかった。真っ白なドレスは、血色に染まって、魔力によって咲かれてしまったドレスは、ゾンビのようだった。誰がやったか一目で分かる、私は張本人、この惨劇の犯人だと。そう主張するようなこの姿を、彼に見せたくはなかった。
私の前にやってきた黄金は、やはり所々紅く染まっており、美しいその髪も、くすんで見えた。頬も切り裂かれているのか、何かにぶつかってあおじんでいるのか、酷く怪我をしてることが分かってしまった。それも、私がやってしまったのだと。
どうして? と何度も自分の中に問いかけたが、その問いに誰も答えてはくれなかった。
それどころか、リースに向かってただならぬ殺意が、魔力が向けられる。私はそんなことしたくないのに、魔力は意思を持ってリースを殺そうとしていた。
「リース、来ちゃダメ」
「エトワール……これは……」
「お願い来ないで!」
私の意に反して、魔力は剣の形をとった。禍々しい黒色の光を放った剣。その矛先がリースに向けられる。彼も、驚いたように目を丸くさせ、深刻そうに私を見た。まるで、私が化け物みたいに。
嫌われてしまったかも知れない。そりゃ、これだけ殺したんだ。大量殺人者を好きだと言い続けられるわけがなかった。
ここに来て、ようやくスッとクリアになった頭がいう。これは、やっぱり罠だったんだと。
どうしてこうなったのか、未だ理解できない。でも、これは絶対に彼女の仕業に違いない。じゃなきゃ、私が好きな人に剣を向けるわけがないから。何処で間違ったのか。全部仕組まれていたことなのか。
この剣が、リースの心臓を貫くようなことがあれば、私は死ぬ。いや、その前に死んでやる。自害だってする。その意思だけはある。
「エトワール……俺を殺すのか?」
リースがそう、不安そうに問いかけた。
ああ、もうダメかも知れないってそう思ってしまった。拒絶されたかも知れないって。彼の目を真っ直ぐみることはできなかった。ただ彼に向けられているのは、私が握っている剣だけ。
口もろくに動かなくて吃驚した。一歩、また一歩と、鋭い剣を突きつけてリースの元に向かっていく。リースは、腰に下げていた剣を引き抜いた。彼は、今私のことをどう思っているのだろうか。
「エトワール、すまない」
そう、リースは申し訳なさそうに言う。ギュッと噛み締めた唇から血が流れていた。
そんなこと彼にさせたくなかった。私は床を蹴ってその剣をリースに振りかざす。リースは、それを払いのけようと体勢をとった。彼の手は患わせたくない。
「……っ」
ポタリポタリと、床を真紅に染める。
突き刺さった剣は生々しくて、痛々しい。
ルビーの瞳が大きく見開かれたのを、私はしっかりとこの目で見ていた。ようやくその瞳をしっかり見ることが出来た。ちゃんと、私がうつってる。嫌ってなんて、いないよね。
「えと、ワール……?」
「アンタの好きにはさせない。リースを殺すぐらいなら、自分で死んでやる、から」
まけない。殺させない。大切な人だから。
闇色の剣は鈍く私の心臓近くを貫いた。