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「……ずいぶん、顔が明るくなったね」
ウィリアムの低い呟きに、ランディリックは否定も肯定もしなかった。
「王都を離れる。それだけで、あの子には十分なんだ」
それ以上の説明は不要だった。
ウィリアムもまた、それを理解している。
やがて、駅員の声が構内に響き、まもなく乗車が始まることを告げる。
その声に気付いたのだろう。
リリアンナがこちらを見つけ、ぱっと表情を明るくして駆け寄ってきた。
「ウィリアム様。今日は見送りまで、ありがとうございます」
「こちらこそ。……約束してたのに……何かと慌ただしくて、会いに行けなくてごめんね?」
そう言って、ウィリアムが申し訳なさそうに眉根を寄せる。
その視線には、社交辞令だけではない労わりが滲んでいた。
「そこは確かに残念でしたが、お仕事でしたら仕方ありません。次にニンルシーラへいらっしゃる時にはもっとお話出来たら嬉しいです」
そう答える声は、はっきりとしている。
それを聞いて、ウィリアムは一瞬だけ目を細めた。
「……そうだね。どうか、向こうでは穏やかな日々を」
「はい。ありがとうございます」
短い別れの挨拶だったが、それで十分だった。
続いて、リリアンナはセレンの方へと向き直る。
「では、セレン様。道中、よろしくお願いします」
その言葉に、セレンは一瞬だけ戸惑ったように視線を揺らし、それから穏やかに笑った。
「こちらこそ。……また、汽車の中でカードゲームとかして遊べたら嬉しいな」
「はい。必ず誘います」
それだけのやり取り。
けれど、確かに〝一緒に帰る〟という空気が、そこにはあった。
ウィリアムはその様子を一歩引いた位置から見守り、やがてランディリックの方へ視線を戻す。
「ランディ、お前に次、会えるのはいつかな」
「そう遠くない未来だと思う」
「そっか……」
小さく呟いてから、ウィリアムはランディリックから離れると、今度は声を落とし、セレンの耳元へと身を寄せた。
「道中、お気をつけて。――エルダン駅では、迎えの馬車が来ているはずです」
「ありがとう」
短く頷くセレンの声音は、いつもと変わらず穏やかだった。
ランディリックは、その様子を一瞥しただけで、余計な言葉は挟まなかった。
ここでは、何も始まらないし、何も終わらない。
別れは、北でいい。
そう心の中で決め、彼はリリアンナたちの方へと歩み寄った。
「準備はいいか?」
「はい。もう、乗れるみたいだし行こう、ランディ」
そう答えて微笑む彼女に、ランディリックはただ頷く。
――汽車が動き出せば、王都は遠ざかる。
春のヴァン・エルダール城へ向かう旅は、ここからが本当の始まりだった。