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意識は無いもののどうやら皆生きているらしい。
となれば、さすがのコユキでも、冷たい床の上では少々可哀想だなと思った。
コユキは取り敢えず家族の体を二間とおしの畳部屋に並べることにした。
リョウコとリエは子供達を庇うように居間に転がっていた。
コユキが引きこもっている間に、ちゃぁんと母親になっていた様だ。
妹達のおでこをツンツンと指でつついてみる。
「……ちょっと冗談でしょ? ……早く起きなよ。 デブでも、ブスでも、いつもみたく何とか言いなさいよ!」
しかし、二人は無言である。
リョウコはかわいい系、リエはきれい系だ。
コユキの自己評価ではコユキはセクシー系。
超絶ダイナマイトバディー、ボリュームマウンテンの山盛りお肉さんだ。
二人の妹は十代の頃からスタイルを気にしていたし、お洒落もしていた。
もちろん彼氏も普通にいた。
お年頃の女性なら当たり前のことである。
コユキはそんな極々一般的な、いや、頑張っている二人を見て、
「バカじゃん! 必死かよ? だっせーなぁ~、ま、アンタ達には必要な努力かもねー」
とか言い続けてきたし、ガリガリで何の魅力も無い! 可哀想! と心底思っていたが、今動かない二人を目の当たりにしたら、ボロボロ涙が出てきた。
思わず二人の痩せた体をギューっと抱き締めていた。
「なんでこんな事になっちゃったんだよ? あんなに努力してやっとこさ幸せを手に入れたっていうのに…… なんでよ? ぐすっ、可哀想じゃないのよん?」
問いかけても誰からも返事はこなかい。
まだ幼稚園前の甥と姪とスリムなリョウコ、リエだったので運ぶのは苦ではなかった。
しかし、子供二人を両脇に抱え移動する時、何か硬いモノを踏みつけてしまった。
ミシミシッッ! ……バキッッ!
完全に亀裂が走り割れた音がする、耐荷重オーヴァーと思われる。
「あちゃーやっちまったぁー、ヤッバいわコレ、どうしよう……」
父親のヒロフミはトイレの便座に座り漫画雑誌を持ったまま呆けていた。
「お父さんまたトイレで読書を…… それにしても、モー○ングとかビック○ミックじゃないんだね、はぁ……」
横に積んである月刊シ○ウスはまだしも、手に持っていたのは、よりにもよってコロコ○コミックである。
妹たちとは別の意味で、何故か凄く悲しく残念な気持ちになった。
なんとなくこのままでも良いか? そんな気持ちも脳裏をよぎったが気を取り直す事が出来たのは、コユキが生来持つ上質なガッツ(石松並み)のおかげであろう。
取り敢えずパンツを履かせて大事な物を固定させてから、ヒロフミをなんとかトイレから引きずり出すコユキ。
数年前に祖父が他界してから、父ヒロフミは農家を継いでいた、労働意欲的にはやや消極的ではあったが……
となれば力仕事をせざるを得ない訳で、いくら六十五歳を過ぎているとは言え、ガタイのいい農家のオヤジは一般職の重さと比べるべくも無いのだ。
「くっそ、重いっ! 何のこれしきぃ! フンガー! フガフガ」
鼻をズルズル啜(すす)りながら、ふぅ~ふぅ~と呼吸を荒くし、汗だくでなんとか畳部屋までズルズルと運んだ。
「もうお父さんたらーっ! トイレで漫画読まないでっていつもお母さんが言ってんじゃーん!」
試しに文句を言ってみるがやはり返事はない。
「ダメか…… うあぁ、どうしよう、どうしよう、でもきっと大丈夫、なんとかなる、なんとかなる、大丈夫、大丈夫、大丈夫……」
コユキは何度も自分に言い聞かせ、なんとか平常心を保とうと、必死にスキルを発動させようとするのだった。
ヒロフミは昔から漫画やテレビゲーム、映画が好きだった。
今でもテレビゲームは日課だが、あまり最近のハードは使わない。
古いハード『セガサタ○ン』で『ソニッ○ヘッジホッグ』だけをやっているのだ。
二十年以上の間ずっと、良く飽き無いものだとコユキは思う。
「心に闇を抱えた父のためにがんばって動いてねん」
と、そっと『セガサタ○ン』を撫でたこともあった。
しかし、そんなヒロフミの大切な『セガサタ○ン』は先程コユキによって踏みつけられ破壊されてしまった。
何か代わりに心の拠り所、魂の居場所と呼べるものを用意しなくてはなるまい、そのプレッシャーも又、今のコユキの心を圧迫していたのかも知れなかった。
居間に置かれた古めかしいブラウン管アナログテレビはゲーム専用として現在も活躍中である。
祖父も農家をバリバリやていたし、立派な高スペック婿も二人居る為、茶糖家にお金が無い訳ではなかったのに何故こんな時代錯誤な代物が有るのだろうか?
地デジチューナーすら敢えて付けず、でかいブラウン管テレビだけがある居間に好んで来る者は一人を除いて皆無であった。
居間は父ヒロフミの城になった。
誰にも邪魔されない居心地の良い籠り部屋である。
しかし、夏の訪れと同時に、父ヒロフミはブラウン管テレビから発せられる熱量によって灼熱地獄となる環境の激変に大層苦慮したのである。
結果、『省エネ』とは程遠い、どこかのゴミ置き場から拾ってきたウィンドウエアコンを自ら設置するという対処療法に踏み切ったのだ。
恐るべきことに十二℃に設定できるのだ。
うっかり付けたまま寝てしまうと、居間の扉、窓は全て結露し、鼻水は凍るのであった。
四十代後半に引きこもりになったヒロフミだった。
昼夜逆転の生活で気ままで楽しいゲーム三昧の日々を過ごしていたが、五十歳を過ぎたある日、突如、部屋を飛び出して再び猛烈に働き出したのである。
口数は少ないヒロフミだが、丁度その頃引きこもり始めたコユキに、自分の姿で何か教えようとしたのかも知れない…… 残念ながらそのメッセージはコユキに届くことは無かったが……
先ほどからコユキは必死に泣くまいとしているが、中々いつものように何でも無い事に出来ないでいた、具体的には空腹でも無いのに涙が溢れそうになっていたのである。
「どうしよう、どうしよう……」
台所に倒れているミチエとトシコ、廊下で動かなくなってしまったツミコを運びながら、つい先ほど迄交わしていた見合いに付いての会話を思い出してしまう。
一時間くらいしか経過していないというのに、もう何日も過ぎてしまったようにも感じてしまう。