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コユキは母親のミチエに怒られた記憶が無い。
コユキが仮病を使おうが、肥え太ろうが、彼氏が出来なかろうが、暴飲暴食しようが、臭かろうが、他の家族より多大なスペースを占有していようが、
「あんたはそれで良いんだよ」
と言われ続けてきた。
諦めなのか優しさなのか、コユキには分からなかったが、自分がやりたいように出来さえすれば、そんなことはどちらでも良いと思っていた。
しかし、今となっては優しさも諦めも両方だったと分かる、ミチエは常に悩んでいたのだ、自分が悩ませていたのだ、とはっきり理解出来る。
というか、母を悩ませている事にはとうの昔に気が付いていたのだが、気が付かない振りをしていただけなのだ。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい、今さら、こんな事が起こってからじゃ謝っても仕方が無いけど…… ごめんね、お母さん……」
耐え切れずに涙がボロボロと溢れ、巨大な頬肉の上を流れ落ちた。
泣いてもどうしようもないのに、一旦決壊した涙腺を止める事は出来なかった。
祖母のトシコはコユキが二十代中頃から完全に諦めモードだった。
最近では彼氏のこともお見合いの事も余り口にしなくなってきていたが、以前は、
「曾孫の面倒はあたしが見るよ、さあ結婚しな!」
だの、
「あんたが家を継がなきゃだれが継ぐだね? そう言う訳だから結婚しな!」
だの顔を合わせるたびに言っていた。
コユキは一切意に介さなかった。
『婆ちゃんってそういう事言うもんなんだよね、テレビの影響かな?』
くらいにしか思っていなかった。
「お婆ちゃん、ごめんね、心配ばかりさせちゃって…… アタシさえその気になれば結婚相手なんて選び放題で簡単だったのに…… 我儘ばっかり言っちゃって……」
………………へぇ
叔母のツミコはコユキが生まれた時から家にいた。
コユキが幼少の頃は自分のことを、
「お姉ちゃん」
と呼ばせていたが、コユキは心の中ではしっかりオバサンと呼び続けていた。
ぶっきら棒な感じだが何やらコユキのことを気にかけてくれている事は分かっていた。
が、最近のコユキにとってはたまに煩く文句を言ってくる面倒くさい人、いや嫁かず後家でしかなくなっていたのだが……
「オバサン…… 独身女居候に対する精神攻撃ばっかりじゃなくて、もっとちゃんと話すればよかったな……」
ツミコの背中側の服が破れその中に赤黒い打撲跡を発見した時、トシコの顔ミチエの体のあちこちにできた青タンを見た時、改めて、
「あのヤロ~! もっとボッコボコにしてやれば良かったわ! よくもアタシの大切な家族達にぃ!」
と、ヤギ頭への怒りが再び沸いてきた。
と同時に、なんでもっと早く駆けつけなかったのか。
なんで今まで家族をないがしろにして自分の欲ばかり最優先にしてきたのか。
お見合いするよって言えば良かった…… と、後悔と自分への怒りが次々沸いてきた。
「こんな自分を家族の一員と見做してくれて、なんとか導こうとしてくれたのに、アタシは自分の美しさにばかりかまけて、本当に、何て……」
今回はどうしようもなかった。
この先どうすればいいかも分からなかった。
家族の頭、体を摩りながら、手を握りながら、いい年して情けない! と思いながらもコユキは子供みたいにわんわん泣いた。
スキルは発動しない。
何でもない事にできなかったのである。
もう泣きつかれて、頭も朦朧(もうろう)とする。
いつもの現実逃避もできない。
でも……
「今動けるのはあたしだけなんだ、なんとかしなきゃ!」
警察? 救急車?
「よし、警察に電話だ! 日本のお巡りさんは優秀なんだからねっ」
常識人っぽいところが少しだけ、かろうじて残っているコユキであった。
「……もしもし? えっと、島田町二丁目のー、茶糖(さとう)ですが、ちょっと家族が大変なことになって……」
『……え~っと、茶糖さん、茶糖さんのどちらの方?』
「長女です」
『ああ、コユキさん?』
「はい、そうです! 先程ですね、ヤギの頭にムキムキの体の鎌を持った悪魔みたいな奴が……」
『…………あのねぇ、前にも言ったけど、そういう妄想で110番しちゃダメですからね』
「なっ?」
『世の中に悪魔とかいないですし! 前回ね、ハーフっぽいイケメンにストーカーされてるって言って来たでしょ?』
「そ、それは」
『いなかったですよね? ストーカー! ねっ? ね?』
「……」
『他にも下着盗まれたんでしたっけ? だけど、下着無くなってなかったでしょ? あなたのだけ、 ね、ね?』
「グスッ……」
『今日暑いですから、涼しいところで休んで下さい! ね? 熱中症に気をつけて下さいね? ね?』
プッッ ツ―― ツ―― ツ―― …… キラレタ……
昔から夏場など薄着の時期に表に出かけると、周りの、特に男性陣が、ギョッ! とした目でコユキを見つめるのであった。
――――皆あたしのことを見てる…… まるで犯すような目つきで…… イヤラシイ!
毎年毎年、夏になればそんな調子で、『この世の男達はあたしを欲しくてしょうがないのね』そんな風に、コユキが多少ナーバスになっていたのは仕方ない。
「……本当のことしか言ってないのに一方的に切られた! なぜ? キレる前にキラれるなんて……」
国民を危険な犯罪や頭のおかしい奴から守るのが警察の仕事ではないのか?
コユキは憤慨していたが、そもそもコユキが日本国民と言えるかどうか疑わしい。
何故ならばコユキは国民の義務を果たしていない。
勤勉でもなければ、労働もしていない、納税もしていないのだ。
「……仕方がない、気は進まないけどあいつに相談しよう! うん、アタシが何とかしなきゃならないんだから!」