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◆ ◆ ◆
ゼルドア要塞城・西棟・訓練兵区画
扉が開かれた直後――
重い沈黙が、廊下全体に落ちていた。
焦げ臭い空気。
焼け焦げた扉の縁から、白い煙がまだ細く立ちのぼる。
アデルがまず一歩踏み込み、短く息を呑んだ。
その後ろでリオも、拳を固く握りしめる。
ハレルも続いて部屋に入り――
視界に飛び込んできた光景に、言葉を失った。
「……っ」
石造りの床の上に、ひとりの青年がうつ伏せに倒れていた。
制服は胸元を中心に黒く焦げ、
焼け跡の中心には円形の深い刺し穴。
アデルが静かに名を確認する。
「メオ=キルガ……第二防衛隊の訓練兵だ」
部屋の壁には浅い焦げ跡が散り、
おそらく“暴発した熱刃”の余波と思われる歪みが残っていた。
リオが低い声を洩らした。
「……レオンの時と同じだ」
ハレルはしゃがみ込み、胸元の穴と黒く焼けた衣服を慎重に観察した。
(迷いがない……。即死を狙った一撃)
「これ……現実側で殺された榊さん、赤城さんと“同じ手口”です」
アデルは歯を食いしばり、拳を壁に叩きつけそうになりながら抑え込む。
「クソっ……二人目だ。
この要塞の中で殺人など……完全に“挑発”している!」
◆ ◆ ◆
現場検証
ハレルは周囲をひとつひとつ確認する。
・争った形跡はなし
・扉は内側からは施錠されていない (=今回は密室ではない)
・部屋の外に“気配を探ろうとした”痕跡
・メオの手はうつ伏せのまま軽く開いている (=驚いて倒れた可能性)
リオが口を開く。
「メオは剣技が得意だった。抵抗できないほどの速さ……」
アデルが深い息をつき、言う。
「犯人は……行動を急いでいる。
昨日のレオンより、はるかに無茶な手口だ」
リオもうなずく。
「俺たちの検査が進んでいたから、焦ったんだろ」
ハレルは静かに思考を巡らせた。
(現実でも密室で殺された人たちは“若い男性”だった。
そして名前……赤城翔、榊良太……
共通点……ある、はず……だが……)
何かがひっかかる。
しかし、まだ“形”にならない。
◆ ◆ ◆
現実側との“つながり”
ハレルはリオとアデルに向き直った。
「……そういえば、赤城翔さんが殺される前に
“葉山レオさん”という乗客がこう言っていました」
リオ「……葉山レオ? レオンと似てるな」
「『君ら? さっき僕の部屋のドアノブをガチャガチャやってたの?』と。
誰かが“部屋を探っていた”ようなんです」
アデルが眉をひそめる。
「標的を“探す”行動……こっちの犯人とも一致する。
やはり――双方は同じ“誰か”の仕業だ」
ハレルは胸に重い不安を抱えた。
(犯人は……両方の世界を行き来している。
でも、動機は……?)
◆ ◆ ◆
名前の記録
アデルは胸ポケットから黒いメモ帳を取り出した。
「ハレル、被害者全員をここへ書け。現実側も含めてだ」
「はい」
ハレルはペンを走らせる、その途中。
アデルが小声で
「……すまないが、カタカナで書いてくれるか?」
・サカキ リョウタ
・アカギ ショウ
・レオン=バークハルト
・メオ=キルガ
リオが横でぼそっと言う。
「やっぱり漢字、苦手なんだな」
「う、うるさい! 黙ってろ!」
アデルは顔を赤らめ、咳払いでごまかした。
その滑稽な瞬間でさえ、
張りつめた空気は消えなかった。
◆ ◆ ◆
急速に迫る焦燥
ハレルの胸元のネックレスが――
ピリッ……と熱を帯びた。
(まずい……何かが起きる)
「セラ……! 聞こえるか?
現実世界に戻る。急がないと――」
《……ハ……ル……境界……揺れ……転移……可能……》
リオがハレルの肩を叩く。
「気をつけろよ。こっちの状況は俺がなんとかする。
お前は“現実側”を頼む」
アデルもうなずく。
「行け、ハレル。
あっちの世界で捕まえられるのは、お前しかいない」
ハレルは息を呑み、ネックレスを握る。
「……必ず戻ってくる。二人とも気をつけて」
白い光が視界を包み込み――
ハレルの身体は、現実へと引き戻されていった。
◆ ◆ ◆
豪華客船《オルフェウス》号・ハレルの客室
ドンッ――!
ハレルは床に着地し、すぐに姿勢を整えた。
「お兄ちゃん!」
サキがベッドの端から立ち上がる。
「おぉ、戻ったか!」
木崎がコーヒーのマグを持ったまま、安堵の息を吐く。
ハレルは息を整えながら顔を上げた。
「……二人とも、大丈夫か。
こっちも――急がないと、まずい」
胸元のネックレスは、まだ赤く微かに熱を放っていた。