『魔性の呪符:記す者』
認定等級:魔導書
浄滅の劫火:未処理
形状:菱形
絵図:筆を抱える蜘蛛
ちなみに名はグライペスである。
性自認は男だ。我々にとってそんなものに意味があるのかは分からないが。
訳注(一)当初、無意味な落書きと見なされていた上記の文字列は古代ナタノクの葉脈文字と判明しました。以後、記す者に『訳文の付記』を命令しました。
解説:『記す者』は未知の素材、製法の札状の紙、『魔性の呪符』(『魔導書相当呪符群報告書』を参照)の一つです。形状は菱形、絵図は筆を抱える蜘蛛です。『記す者』に限らず魔性の呪符の形状の意味は未だ不明です。絵図は札に憑りついているとされる魔性の能力や本質体の表現であると推定されています。
『記す者』に憑りつく魔性グライペスは他の『魔性の呪符』同様に世に存在する専門とする魔術を完全に把握し、十全に使いこなします。
専門魔術は筆記能力や文字に関するありとあらゆる魔術です。特に文字に関しては禁忌文字などのよく知られたものから既に使用者の絶えた古代文字まで熟知しています。また由来不明の文字、言語の文法や熟語、慣用句をも理解していると主張していますが、それを確かめるすべはありません。
その専門魔術の特性上、救済機構において最上の価値を有するものとみなし、他の呪符以上の厳重な保護を実施します。
保護。
一、外からの危険に対し、庇い、守ること。
二、弱者を守るため、一時留め置くこと。
三、筆者と我が同胞を通じて世界中の最新の魔術を盗み取ること。
訳注(二)上記の皮肉を含めた辞書的説明文は復元文字列となっていました。復元解読した魔術師は錯乱し、「██████」と叫びながら、記す者を持ち出そうとしたため魔導書取り扱い手続に基づき、対処されました。以後、魔導書取り扱い手続に以下の規定を追加します。
・記す者の作成した文書を解読する場合、武装した拓く者たち部隊隊員三名以上の護衛を義務付ける。
実験記録:保護規定に基づき、浄滅の劫火処理は実施しません。また『魔性の呪符』の共通試験は免除し、『記す者』の固有調査を重点的に実施します。
実験内容一:文字体系の創作
実験方法:グライペスが新たな魔術を認識した際に報告するよう命令します。言語学者によって二十八種の新たな文字体系を考案し、グライペスの報告を待ちます。
実験結果:三種の文字体系をグライペスが知覚しました。共通点として一文字で意味を有する表意文字であり、魔法の力を有したことがあげられます。
実験内容二:言語体系の創作
実験方法:実験内容一で創られた文字体系の内、グライペスの知覚できなかった表音文字による言語体系を創作し、段階的に実用度を高めていきます。
実験結果:グライペスは全ての文字体系及び言語体系を知覚しました。その際、言語ごとの知覚時差が認められました。自然言語同様の実用度に達した時点だとする仮説と呪文の構築が可能になった時点だとする仮説が立てられました。追加実験を予定しています。
████████████████████████
訳文『素晴らしい魔法の数々に筆者は心打たれました。』
訳注(三)上記の文章は狭いの国で使われているとされるミゼン文字に類似しているが文法に若干の差異が見られる。
訳注(四)上記の文章は百八十度回転させた方向からも読み取れる多面的文字列と判明した。以下に訳文を記す。
『筆者の頭を塵箱に使う愚か者どもに呪いあれ。』
聞き取り調査記録
実施者:蓋の書庫館長慈愛の微笑み
対象者:記す者
速記者:記す者
怠け者どもめ!
(聞き取り調査開始)
グライペス:おお! これはこれは。敬服すべき沈黙と秘匿の尼僧にして非道も非道なる狂気の魔法使いメヴュラツィエ女史ではありませんか。今度は筆者を切り刻む番ですか?
メヴュラツィエ:君が知らないだけで、既に試みられているよ。何の歯も立たなかったがね。
グライペス:……さようで。それで、この無意味な催しについては聞かせてもらえますか?
メヴュラツィエ:君にとっては無意味でも我々にとっては有意義なものとなる確信があるよ。
グライペス:知りたいことがあれば命令すればいい。聞き取り? 馬鹿々々しい。何のおままごとだ?
メヴュラツィエ:概ねその通りだが命令も完全ではない。特に君のような非協力的な人物は命令の穴を突こうとするだろう?
《グライペスが大きな声で笑う》
グライペス:協力を得られるとお思いで?
メヴュラツィエ:ああ、取引内容によってはね。
(グライペス、沈黙する)
メヴュラツィエ:たとえば自由。まあ、私が思いつくのはそれくらいなんだが、何か欲しいものはあるかな?
(グライペスは暫く黙考してから答える)
グライペス:先に何をさせたいのか教えてくれ。どこの誰の人生を滅茶苦茶にしたいんだ?
メヴュラツィエ:どのような手段が必要になるか現時点ではっきりしたことは言えない。最終目的は人造魔導書の創造だ。
(グライペスは何度か言いかけては口籠る)
メヴュラツィエ:落ち着き給え。そして言いたいことは全て言ってくれ。
グライペス:一足飛びが過ぎないか? 未だに魔導書そのものを少しも解明できていないのに人造魔導書だと? いや、解明どころか定義すら……。まあ、それはいい。人造というのも気にかかるな。まるで魔導書を造ったのが人じゃないみたいだ。
メヴュラツィエ:私は神が造り給うたものだと思っている。
(グライペスは噴き出す)
グライペス:お前たちが信仰しているのは神ではないはずだが。
メヴュラツィエ:その通りだ。魔導書などというものを地上に遣わす存在が神などであるものか。
グライペス:それは救済機構の公式見解か?
メヴュラツィエ:いや、持論だ。
グライペス:それで、つまり、あらゆる文字に通じ、故にあらゆる呪文に通じ、故にあらゆる魔術に通じる筆者の力を借りたいというわけか。
メヴュラツィエ:……その通り。君も興味をそそられるだろう?
グライペス:興味? 筆者が自発的に協力するとでも?
メヴュラツィエ:もちろん人造魔導書構築の暁には自由を約束しよう。それはそれとして君なら興味を持ってくれると思ったんだ。
グライペス:自由を約束? お前の一存で救済機構が魔導書を手放すとは思えんが。
メヴュラツィエ:人造魔導書を構築できたなら[記録削除済]は確実だ。
グライペス:……確かにな。良いだろう。協力しよう。
(聞き取り調査終了)
約束を守るとは思ってなかったがね。
彼女の言う通り、興味を惹かれた。
監禁生活の慰みくらいにはなるかもしれないと思ったのだ。
訳注(五)上記の文章の言語遊戯は解明されていない。
補遺一:以上の非公式対談の記録はメヴュラツィエの█████████████████列聖後に発見されました。
補遺二:人造魔導書の研究記録はほぼ全て持ち出されており、メヴュラツィエが主宰していたと思われる人造魔導書研究室の実態は未解明であり、構成員も一切不明です。
補遺三:メヴュラツィエの殉教後、人造魔導書及びその研究資料が焚書機関によって発見されました。メヴュラツィエの弟子のひとり、行方不明だった元修道尼[記録削除済]が奪取し、研究、保管していたものと思われます。研究資料は全て恩寵審査会現総長青女史に引き継がれました。
補遺四:一体筆者は何者によって生み出されたのだ。何故に生み出されたのだ。
我らが待ち侘びる彼女なのか? それとも彼女なら知っているのか?
なあ、知っているのではないか?
これを読んでいる君ならば。
教えてくれ。 誰に命令されてもこの文字の読み方を教えることはできなかった。
彼女のことも含め、自発的に話すことさえできないんだ。
どうして君はこの文字を読めるんだ?
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