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ケインが街を出てから半年が経ったある日
ジョアはJDと一緒にパレトに向けて準備をしていた。
 「そういえばケインさん、帰ってくるの後半年ですね」
 JDが何気なく口にした。
 ジョアの手が止まる。半年。もう半年で、あの日約束した「一年」が終わる。
自然と口元が緩んだ。
 (あと半年……やっと会えるんだ。そしたら、先輩は俺に――)
 胸がふわふわして、つい浮かれた気持ちになる。
 そんなジョアの心を知ってか知らずか、JDは続ける。
 「なんかケインさんがいる街から来た人に聞いたんすけど、ケインさんその街でも有名になってるらしいですよ」
 『えっ……そうなんすか、すごい……』
 誇らしくて、嬉しくて。ジョアの胸が高鳴る。
 ( やっぱり先輩はすごい人だ……。俺なんかが好きになったの、場違いかもしれないけど……でも、でも……)
 だが。
 「あと……彼女?出来たらしいっす」
 JDの口から、さらりと爆弾が落ちた。
 『……え?』
 ジョアは間抜けな声を出してしまった。
 『か、彼女……?』
 「はい。ホントかどうか分からないらしいんすけど。なんか女性と一緒に歩いてるとこ、何回も見られたとか」
 JDは軽く笑いながら言うが、ジョアの心には重く突き刺さった。
 頭が真っ白になって、言葉が出ない。
考えるのをやめて、ただ黙々と準備に集中するしかなかった。
 ――パレトは大成功。
だが達成感に浮かれる仲間たちの横で、ジョアは無理に笑みを作っていた。
 夜、自分の部屋に戻り、ドアを閉める。
ベッドに仰向けで寝転がり、天井を見つめる。
 (……やっぱり俺のこと好きなんて、勘違いだったのかな)
(あのとき「1年後まで待っててください」って言ったのは、ただその場を終わらせるための言葉だったんじゃ……)
 胸が締め付けられる。
涙がにじみ、頬を伝い、枕を濡らした。
 『……ケイン先輩……』
 名前を呼ぶ声は、震えていた。
 ある日の、大型犯罪からの帰り、車の中はいつも通り笑いに包まれていた。
レダーが大声で冗談を飛ばせば、音鳴が乗っかって笑いを誘う。JDもはしゃぎながら、「今日もバッチリ成功っすね!」と拳を突き上げていた。
 ――俺も、一緒に笑っていたはずだった。
 「そういやさぁ」ハンドルを握るレダーがふと思い出したように言う。
 「ケインさ、そっちの街でも相当モテてるらしいぞ?なんか女の人と歩いてるの、何回も見られてるって聞いたわ」
 「え、マジっすか?」音鳴が笑いながら反応する。
 「ケインさんってああ見えてけっこうスマートだし、そりゃ女の人も放っとかないすよね」
 と、JDが笑いながら言う。
 みんなの笑い声は遠く感じた。
耳に入ってくるのは、さっきの言葉だけ。
――ケイン先輩に、彼女。
 誤解だと思いたい。
でも「何度も見たらしい」という一言が、胸の奥でずっと重く響いていた。
 その夜。
ベッドに転がって天井を見つめていると、スマホが震えた。
 画面に浮かぶ名前。
――ケイン先輩。
 鼓動が一気に速くなる。
慌てて受けると、あの優しい声が耳に届いた。
 「ジョアさん。今日もお疲れさまです」
 『っ……せ、先輩。こんばんは』
 声が少し震えた。隠せない。
 「どうですか?みんな元気にしてますか?」
 『……はい。相変わらずです』
 先輩の声は温かくて、包み込むようで。
それなのに俺の胸には、チクリとした痛みが広がっていく。
 ――この優しさは、俺だけに向けられたものじゃない。
――きっと、彼女にも同じように優しいんだ。
 「……ジョアさん?」
 『っ、あ、すいません。ちょっと考えごとを』
 「大丈夫ですか?無理してないですか?」
 『大丈夫っすよ!俺は全然』
 元気に返したつもりだった。けど、声は裏返っていた。
 電話を切ったあと、スマホを胸に押し当てて目を閉じる。
熱い涙が頬を伝った。
 先輩がいない1年を、俺は「待つ」って決めた。
でも本当に待っていいのか、分からなくなっていく。
心の中で揺れる。
 ――信じたい。けど、怖い。
――俺は、本当に先輩にとって特別なのか?
 嗚咽が漏れそうになり、枕に顔を押しつけた。
部屋の中は静かで、俺の泣き声だけが小さく響いていた。