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「この兄妹、ぶっ飛んでからキャラ変わりすぎだろ。闇深すぎ……」
あんぐり口を開けモニターを覗いていたイチルは、画面の中で暴れたい放題暴れる優男の様子にドン引きしていた。
誰しも暗い過去の一つや二つ抱えているものだが、この兄妹の闇はそれなりに巨大なうえ不気味で、何よりも気持ちが悪かった。
「犬男、そろそろ出発すると言ったろ、いつまでそうしているつもりなんだ。貴様が他人の心配などしている場合かと言ったんだぞ」
「うっせぇなぁ、今いいとこなんだよ」
「あれからかなり時間が過ぎた。私に残された時間はあと僅かなんだ、いい加減にしろ」
渋々モニターをしまったイチルは、準備万端整えているのにどこか慌てているムザイをまじまじと眺めながら装備を整えた。
「これから先の注意点とか、そういうものはあるのか……?」
「知らん。俺はここの正式なアライバルでもなけりゃ管理者でもない。前出の情報量はお前と同じだし、知ってるのは出てくるモンスターの種類くらいだ」
「なんだその投げやりな言い草は。貴様、それでもプロのアライバルか!」
「俺はお前をここへ連れてくるまでが仕事だ。先の案内など知ったことか。必要なら自分自身で用意するのは当然だろ」
あまりにも当然なイチルの指摘を受け、舌打ちしたムザイが話をはぐらかした。
言うまでもなく、これから先はムザイの力ひとつにかかっている。ムザイもそれがわかっているからこそ、藁にもすがる思いで無意識にイチルを頼ろうとしていた。
しかし契約のとおり、イチルはムザイの補助をするつもりはなかった。たとえ目の前でやられることがあったとしても――
中立地点の端から瓦礫深淵の入口を見つめたムザイは、二、三度深呼吸をしてから、「行くぞ」と息を殺した。イチルはムザイに呼ばれるまま、これまでと前後を入れ替わり、頭の後ろに手を回し欠伸しながら後に続いた。
「モンスターの種類くらい把握してんだろうな?」
「当然だ。可能な限りの情報は私も手に入れている。貴様は黙ってついてこればいい」
「へいへい、さいですか」
人ひとりがどうにか通れる細長い横穴を抜け、入り組んだ迷路のようにうねうねとカーブする一本道を進めば、先からゴォォォと風が漏れる音が聞こえ始めた。
どうやら大きく開けた空間があるに違いない。何かを予見したムザイも、すぐに身体を動かせるように膝を柔らかく慣らしながら、全身に微かな魔力をまとわせた。
身を屈め、這いずるように通路を抜けたイチルとムザイは、下に抜ける小さな穴からモグラのようにぴょこんと顔を出した。すると眼下には、また新たに地下深くへと抜けた巨大な空間が広がっていた。
これまでに増して広すぎる穴幅に顔を歪めたムザイは、「穴の端が見えないぞ」と文句を言いながら、足先だけで壁の縁を掴み、ぶらんとぶら下がった。
コウモリのような状態で穴の底へ目を凝らすが、穴底どころか横幅の全貌すら見ることは叶わず、ただ漆黒に広がる闇を突き付けられるだけだった。
「しかしどうしたものか。我らの狙うモンスターがどこにいるか、細かな情報までは掴めていないし……。とにかく進んでみるしかあるまい」
足の指を離し、落下を始めたムザイに続き、イチルはまた大きな欠伸をしながら落下するムザイの背中を追った。しかし直後、穴全体に轟くような、耳障りで大きな声が聞こえてきた。
「いきなりおいでなさったな。あれは……、三角蝙蝠か」
コウモリと呼ぶには大きすぎる頭をした黒いモンスターは、三体が正三角形のフォーメーションを成したまま、巨体を振り乱し一直線にムザイへと襲いかかった。
ムササビのように両手足を広げたムザイは、三角形の陣形で回転しながら向かってくるバットを浮力の力だけで躱すと、そのまま器用に風を操り直滑降を継続した。
「まずはどうするかと思えば、意外に冷静のようだな。前の亀狩りが良い教訓になっているとみえる。ククク」
魔力の流れを読み取り、無駄な動きを極力排除しバットのアタックを躱したムザイは、モンスターを相手にせず、それらしき場所を探していく。すると数百メートルも落下したところで、前方の壁に横穴を発見した。
「とにかく入ってみるしかあるまい。鬼が出るか蛇が出るか、運任せも時には必要だ」
後方を飛ぶイチルに指で合図したムザイは、そのまま気流に乗り、滑るように横穴へ入っていった。
イチルは存在に気付きもしないバットたちに手を振ってから、くるくるとアクロバットのように無駄な回転をしつつ、横穴に着地し高く両手を掲げた。
「本日も見事な着地、減点なし!」
「くだらないことをしている場合か、さっさと行くぞ」
穴の奥には道が続いており、指先に炎をまとわせたムザイは、つかつかと歩き始めた。
イチルは指をチュビっと舐めて風向きを確認してから、ムザイと少しだけ離れて後に続いた。
「(風の流れが変だ。先に何かいるな……?)」
などとイチルが思っている間にも、前行くムザイが足を止めた。
いよいよモンスターが現れたかとワクワクしながら覗き込むイチルの視線の先には、遠くボオッと揺らめくような蛍火が揺れていた。
「なんだあれは。松明の火か」
な~んだと落胆するイチルに対し、ゆらゆらと炎を揺らしながら歩く何者かは、警戒心なく二人の元へと近付いた。
相手の出方を窺うムザイは、その素性が知れるまで、いつでも魔法を撃てるよう、両腕に炎を携えていた。
カツ、カツ、と自分の存在を知らせるように踵を鳴らされ、やはり人かとムザイが両腕の炎を消した。松明を持った何者かは、ようやく互いの影が見える位置で足を止め、二人に話しかけた。
「こんなとこで冒険者に会うなんてね。しかもたったの二人連れときたもんだ。悪いことは言わない、さっさときた道を戻るんだね」
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