その日はルバーブ城でも大変な騒ぎになっていた。
貴族はどういう事だと怒鳴り散らし、側近は顔を驚愕に染めていた。
辺りの貴族は兵士を探索に出し、人々が血眼になりながらある男を探していた
そして、ルバーブ城の最高位の椅子に座り様々な資料に囲まれ、
接客をしながら、事に頭を悩ませている男が居た。
「全くあいつめ‥‥‥!」
整頓な顔を怒りに染め、水色の瞳を苦悩で歪ませ藍色の髪をかきむしり
大きくため息をついた。
「まさか生きて帰ってくるなんて‥‥‥‥。」
苛ついている男の肩を誰かが触れた。
「落ち着いてください、ルキア・ラーデン・サルシファ・レティ王子
貴方はこの国をまとめるただ唯一のお人なのですよ。」
ようやく落ち着いたのか王子は体から力を抜いた
「全くもって予想外な事態‥‥‥ですね。」
「居たのかスロバキア」
スロバキアと言われたのは20代くらいの美しい青年だった。
知性に溢れた榛色の瞳にほのかに金のまじった栗色の髪。
それだけ見ればただの美しい青年だが、明らかに表情が違う。
「あいつめ、とっくに死んだと思っていたのに‥。厄介な事になったぞ。」
「はい、今や民衆はあの男を熱狂的に支持しております。
下手に暴れられると‥‥。」
「我々の信頼度は0になる‥‥か。」
「まさしく。」
王子はしばらく考え込んでいたが、スロバキアはやがて苦いため息をついた。
「彼女を使うしかないでしょう‥‥」
「いや、駄目だ。」
「王子‥‥」
スロバキアは苦い顔つきになった。
「彼女をつれてこい。」
「はい、かしこまりました。」
「麗しゅうございます。ルール・ミラーオアトゥルー様
いやはや今日もお美しい‥‥。」
王子の差し伸べてきた手を女性がぴしゃりと叩いた。
「何の用でしょう?王子。」
まだ19ちょっとのその女性はうっとりするほど美しかった。
柔らかい桃色の瞳、純銀の髪の毛を高く結い上げ、青いリボンでくくっている
見事に形の良い桃のような唇、人形の様に細い手足
首には桃の花の形のネックレス、青い宝玉をとめた純銀の長い耳飾り。
優雅なきらきらと煌めく灰色のドレスを身に纏い、片手には金色に縁どられた鏡を持っている。その表情はきつく、冷たい。
「またまたそんな‥‥ルキアとお呼びになさってください。
私と貴方の仲ではないですか?」
「残念ながら私は貴方とのよう仲になった覚えはありません。」
王子の言葉に対し冷ややかに言いはなった。
「貴方と私は最早婚約者同士ですよ?」
「誰がそんな事を」
スロバキアはうんざりしながらその間に割って入った。
「ルール様、大変恐縮なのですが、貴方の能力をお借りしたく存じ上げます。」
ミラーオアトゥルー家の能力
ミラーオアトゥルー家に代々伝わる不思議な能力「真実の鏡」は
様々な出来事の真実を映し出す鏡。鏡を使えるのはミラーオアトゥルー家の、本家の女性だけ。使い手であるミラーオアトゥルー家の人間の記憶をも映し出すことも可能。だが真実を偽造する事は不可能。
「なぜですか?」
「‥‥‥‥」
「よく聞いていてください。」
「‥‥‥あの男が帰ってきました。」
その瞬間彼女はすごい勢いで立ち上がった。
「あの方が‥‥?」
「その様な言い方はなりませんルール様。」
彼女の顔は興奮のあまり血が昇り頬はほのかに赤くなり
桃色の瞳が涙で潤みかけていた。
「ああ‥‥!ようやく!この国の正当な国王が戻ってくださった!」
その瞬間王子が机を力一杯に殴り付けた。
「あんな男‥‥」
彼女を凄い形相で睨み付けた。
「彼女を連れていけ!」
連れていかれる前に彼女は嘲笑うかのように王子を見つめた。
「あの方がその椅子に座る日もそう遠くないですよ?王子」
「ルール様、そんな日は来ません、永遠に。」
王子はそんな彼女を見送り苦々しくため息をつき、窓を見つめた。
「なぜですか‥‥なぜあの男なんですか?」
「なぜ‥‥私は‥貴女の事をこんなに‥‥ているのに。」
独り言の最後の言葉は風に消されて誰にも届く事はなかった。
豊かな緑の自然に囲まれ、底まで透き通る水が石の間から溢れ落ち魚が時折跳ね、鱗が煌めいている。動物が野原を駆け、宝石でできた果物が
木からぶら下がり輝いている。その美しい小さな島の下には
奈落が広がっていた。
この島だけがどこまでも続く奈落の上にぽつんとたたずんでいた。
ある素朴な木の一軒家から人が出てきた。
黒髪の麗人は手の籠一杯に果物を抱え椅子に座る。
地面に果物を落とし、手を空に伸ばす。
すると果物から木が生えてきたかと思うと、勢いよく空につき上がった
しかし何かに拒まれるかのように木が空に弾かれた。
その様子をみていた黒髪の麗人はため息をつき、机につっぷした。
「駄目だ‥‥。まるでわかんない‥‥。」
黒髪の麗人は頭に置いていた銀の輪を手に取り、空に掲げた。
「今どこに居るの?」
緑の宝石はただ静かに煌めいている。
黒髪の麗人は泣いていた。あの子が消えたあの日から、
世界が真っ赤に塗りつぶされた。川も森も何もかも、会いたいと思っても会えない。
初めて友達になってくれたたった一人の友達、あの金色の髪も、
命の色に燃えた真っ赤な瞳も、今はここには居ない。
「ネメア‥‥」
黒髪が波打つようにうごめき出す。あたりに髪を伸ばし島を覆っていく。
「ネ‥‥メ‥‥ア‥‥」
楽しい事を思いだそう。あの子が居てくれた時。笑ってくれた時。
やがて髪は島全体を覆いつくし、黒髪の麗人は眠りについた。
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