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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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ユカリが鳩の視界で眺めている間、次々と順番に信徒が幕を通り抜けて玉座の前に額づき、セビシャスから奇跡を授かって去って行った。


しばらくして、全ての信徒を若返らせたのか、誰も入って来なくなる。神官の内、何名かもその場を去った。セビシャスは瞼を閉じてため息をつき、肘掛けにもたれ掛かる。ある意味それは、崇拝を集める人物には相応しくない姿だろう。また今まで静かにしていた貧乏ゆすりが現れ始め、肘掛けを舞台に手が踊る。


「お疲れ様です。セビシャス様。お休みになられますか?」神官の一人がセビシャスの傍に寄って尋ねた。

セビシャスは重荷を下ろすようにして答える。「ああ、そうだな。オルギラ君。そうさせてもらいたい。いや、どうかな。散歩にでも行きたいのだが」

神官オルギラは身を縮ませつつも、頑として答える。「申し訳ございません。その力を無暗に振るわれては、民草に混乱を招くばかりでございます。程度の差はあれ他者に触れなくとも、その力は振るわれてしまうのです」


「そうか、そうだな」セビシャスはため息をつきつつ、貧乏ゆすりは止まらない。「いや、すまない。わがままを言った。実におかしな話だ。長い年月を、途方もなく長い年月を彷徨っていたというのに、記憶にない故郷を求めて彷徨っていたというのに。いざ、記憶の回復する街だと聞いてやってきたこの街にも落ち着けないとは。ここならば我が内に狂おしいほどに渦巻く望郷の念にも決着をつけられるかもしれないというのに」


セビシャスの表情は暗い。それは未来のどこにも希望を見出せない、行く先が分からず途方に暮れる者の表情だった。


「神が御身に与え給うた奇跡の代価たる試練なのかもしれません。どうか、ご辛抱を」


セビシャスは自嘲的に苦笑する。


「試練か。ああ、いや、喜びがないわけではない。ただ無為に彷徨うことに比べれば、こうして誰かに頼られ、仕事をこなすというのは素晴らしいことだ。記憶を失う前の何者かだった私とて、この年まで生きるために仕事をしていたに違いないのだから。私は心から君たちに感謝しているよ。私を見出してくれてありがとう。君たちに見出されなければ、私はこの力にさえ気づけなかったのだからな、間抜けなことだが」


オルギラは深々と頭を下げる。


「勿体ないお言葉です」


ユカリには生命の喜び会に利用されているようにしか見えなかったが、少なくともセビシャスは、記憶喪失と狂おしいほどの望郷の念を除けば、今の状況に不満はなく、またささやかな喜びもあるらしい。

それに、結局のところ、セビシャスの記憶を取り戻させることが出来れば、セビシャスの若返りの奇跡についても知ることが出来るかもしれない。


しかし、むしろ、謎は深まったといえる。このリトルバルムの街で噂される記憶の回復現象が魔導書の力なのか、セビシャスの若返りの奇跡が魔導書の力なのか、あるいはその両方か。

少なくとも二つの原因は別物だろう、とユカリは推測した。


「ところで」と、セビシャスが神官オルギラを見上げる。「何で天文台なんて買い取ったんだ? 信徒の数に比べて欲張りすぎではないか?」

「滅相もございません。セビシャス様の奇跡、天与の賜物、偉大なる御力に比すれば斯様のごとき古びた塔が釣り合うはずもございません」


「だが何もかもが性急だった。意図がなかろうはずもない」

「はい。そうです。もちろん理由があります」オルギラは考え込む。「そうですね。もうお教えしても構わないでしょう。あまりにも荒唐無稽なお話とお思いになるかもしれませんが。我々は長年の度重なる星見により、ある予言を得ました」

「予言?」とセビシャスは呟く。「つまり占星術か?」

「ええ、幾人もの予言者による精度の高いものですが。来たる流星群の日に、この街に星が墜ちてくるという予言です」


ユカリは我が耳、ではない耳を疑った。


セビシャスもまた聞き間違いではないことを確認する。「私とて多少は天文を聞きかじっている。流星といえば宇宙の塵だろう? 燃え尽きるのが常であり、地上に墜ちてくる星と言えば隕石のことだ」

「その通りです」とオルギラは言った。「ただ流星群の日に流星が降るのとは別に、隕石も墜ちてくるということです。そしてその隕石はこの街のどこに墜ちてもこの街を吹き飛ばすに足る威力に達すると予想されます」


唐突に舞い込んだとんでもない規模の破壊の報せにユカリの憑依した鳩の頭はくらくらしていた。

セビシャスは勢いよく立ち上がる。


「その話が真実ならば、早くこの街から人々を避難させなくてはならないだろう? 何故安穏としている?」


オルギラは首を横に振る。


「むしろ逆です。セビシャス様の奇跡の力を使えば、この街を救えるはずなのです」

「馬鹿な。若返る奇跡で何が出来るというのか」とセビシャスは呟く。

「確かに人々を、また御身の老いを退ける奇跡ですが、それではその御力の全てを説明してはいません。セビシャス様の御力は、より正確に言うと生き永らえる奇跡なのです。セビシャス様は死ぬことがなく、その力を周りに分け与えることが出来るのです」


その言葉の意味を何とか呑みこもうとしたのはユカリだけではなかった。


「確かに私は長年老いさらばえることなく生きてはいるが、隕石から街を救う力だと? 生き永らえる奇跡だと?」セビシャスは己の両手を見て呟く。

「はい。寿命を退けるだけでなく、自然災害による天命をも退けるのです。セビシャス様、事故や災害を不自然なまでに避けられたことが何度かありますね。落石が己の体だけを避けたこともあれば、落雷による山火事に見舞われながらも妙に風向きが変わって助かったことも。そしてその身には傷一つつかなかった」


オルギラの声は震えている。己の語るセビシャスの奇跡に自ら感動している様子だった。

セビシャスの表情を見るに、今語られた出来事に確かに身に覚えがあるようだった。


「それはただの幸運だ」と言ってセビシャスは首を振る。「確かにそれらは奇跡的な出来事ではあったが、賊に襲われ、重傷を負ったこともある」

「いえ、セビシャス様。正確には自然災害や寿命、事故など人間の意志、殺意が介在しない死のみを避けるようです」

「殺意のない死のみを避ける? 逆に殺意のもたらした死は避けられない。だから賊によって傷つけられたと?」

「ええ、その通りです。傷つけようという意志があれば動物や怪物でも、常人とお変わりなく傷つけられ、おそらくは死ぬこともあります。逆に人間の手であっても、過失であればその結果、セビシャス様が傷つくことはありません。何か奇跡的な出来事が起こり、御身をお守りするはずです」


セビシャスは怪訝な表情をしているが、その荒唐無稽な説明に納得しているようでもあった。


「そもそも何故それを知っている?」セビシャスは語気を強め、他の神官たちをも睥睨する。「君たちと出会ったのは、この街に来てからだろう。それら天災に遭ったのは、いや、遭わなかったのは全てそれ以前の出来事だ」


オルギラはそれに答えず、周りの神官たちを眺める。神官たちもセビシャスの奇跡について知っているようだったが、訝し気な表情を浮かべている者もいる。


オルギラは再び、セビシャスの方を向き、情熱の燃える瞳で言う。「セビシャス様の御力が他者に影響を及ぼすことはご存知の通りでしょう。我々はその御力を、隕石からこの街を救うために使っていただきたく、この街に招き寄せたのです」

「招き寄せた?」セビシャスが小さく呟く。「私は記憶回復の噂を聞いて……。つまりお前たちが噂を広めたのか?」

「申し訳ございません。必要なことだったのです」


ユカリは鳩の身でため息をつく。記憶が回復するという噂が出鱈目だったなんて、と。ベルニージュが悲しむだろうことを悲しむ。


セビシャスはなおもオルギラを問い詰める。「そのような力が確かにあったとして、何故私に隠す必要があった? 何故もっと早く私を招き寄せなかった?」

「それは……」


その時、誰何を問うような雄叫びが幕の向こうから聞こえてきた。同時に多数の乱暴な足音が聞こえ、その純白の幕に赤い飛沫が迸った。幕は切り裂かれ、布を顔に巻いた集団が剣を掲げ、我先にと飛び込んできた。


何人かの神官が無残にも切り捨てられ、冷たい石の床に熱い血をどくどくと零す。

しかし神官たちの応戦も、特にセンデラだと思われる人々は素早いものだった。身につけた護符を触媒にして身を護る魔術を行使する。しかしせいぜい切り傷が浅くなる力に過ぎず、否応なく露台の方へと追い詰められていく。


神官たちは自らの体を盾にしてセビシャスを守るようにに立ちはだかるが、この奇跡の人の逃げ場など塔の上のどこにもない。

しかしセビシャスとて臆病者ではないらしい。神官たちの盾を掻き分けて、近くの燭台を握り、襲撃者に立ち向かうのだった。神官たちも手に手に燭台を持ち、祈りの言葉を声高に唱え、襲撃者に挑みかかる。


ユカリも意を決し、欄干から飛び立ち、少しでも何かの良い機会を作れないかと襲撃者の布を巻いた頭に飛び掛かる。

そのユカリの行動が、思いのほか襲撃事件の趨勢に影響を与えた。襲撃者の何人かは怯み、戦慄している。剣を投げ出し、塔の外へ逃げ出す者も出る。


突然、現れて生命の喜び会に味方する鳩の存在が、襲撃者たちに何かしらの奇跡や天の救いを想像させ、信心だか良心だかに衝撃を与えたようだ。


セビシャスが軍団の長のように喊声を上げる。「立ち上がれ! 前を向け! 信仰篤き者どもよ! 宿命の主は善き御徴を遣わせ給うたぞ! 篤信を示せ! 賊徒の首を捧げよ!」


神官たちは、セビシャスの勇ましい言葉を受けて、鳩の助勢という意味ありげな徴を見出して勇気を奮い起こし、抵抗を強める。両手に構えた燭台で襲撃者たちを殴りつけ、打ちのめす。


鳩の登場で完全に趨勢が傾いた。自分の影響に気づいた鳩はこれ見よがしに鳴いてみせ、部屋の中を飛び回る。それだけで襲撃者たちは目を奪われ、怯えを隠せなくなっている。勇気を失ったか、信心に欠けたのか、残った襲撃者たちも少しずつ追いつめられていく。


しかし、唐突に救いの鳩は叩き落とされてしまった。鳩といえど死角が無いわけではなかった。激しい痛みにユカリは嗚咽する。


ユカリは目覚める。自分の部屋に自分がいる事を実感する。開いた窓から吹き込む涼しい風を浴びている。城壁の胸壁は橙色に輝いているが、街はほとんど影に飲まれていた。鳩に悪いことをしてしまった、と悔やむ。


ユカリの視線の先、旧天文台は一見何の異常もない。鳩がやられてしまって再び士気に影響を与えてしまったかもしれないことにユカリは気づく。


「あ、おはよう。ユカリ」と言ったのはグリュエーではなかった。


ユカリは驚き、弾けるように振り返ると、襤褸の寝台にベルニージュが座っていた。

ベルニージュは片手で上体を支え、膝に置いた魔導書『我が奥義書』を開いている。そして興味深そうにページを捲っていた。

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