コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
炎が辺りを包み込んだ。
噴火────大地が牙を向いたのである。
然し大地や自然に感情はない。
ならばソレは何だ?
ソレは、人間が起こしたモノである。
正に、大地の怒り。
その異能者の男は、或る組織に雇われた殺し屋であった。
『くっ……っ……』
男は背中を丸め、肘を折って腕を腹部に添える。
躰が震えていた。
『くっ……フハハ…………アッハハハハハ!!』
男は嗤い出す。
炎────噴火した溶岩は天井を這い、男の周りを囲っていた。
彼は、かつて黒社会最強と謳われた双黒を殺す事を、志にしていた。
***
「っ……!」
視界が赤い炎に包まれる中、中也は自身を異能で囲っていた。
全てが炎に包まれ、何処に何が在るのかが判らない。
「くそっ………」
感覚で、中也が前へと進む。
刹那、叫び声が聞こえた。ソレは何かに苦しむような死を目前とした際の悲痛な叫びでもあり、その声は、中也が知っている声だった。
「真逆っ…!」中也は走り出す。「オイッ!大丈夫か!?」
薄っすらと目の前に現れ、濃くなって行く影────部下に、中也は手を伸ばした。
中也は腕を掴み部下の躰に重力が伝うと、目の前の炎が少し晴れ、部下の躰に纏っていた炎が消える。
「っ…!!」
中也の顔が絶望に変わった。
全身の力が抜けたのか、部下が地面に崩れ落ちそうなのを中也が支える。
部下は真っ黒に焦げていて、服がどれかも選別する事ができなかった。
「──ぁ───ちゅ──ぅ──ゃ─さ……」
唇が微かに動き、喉元に残っていた酸素で部下は声を出した。
「─ッ───す───み───ま──せ……ん」
「………っ」
中也は固く拳を握りしめる。歯を食い縛った。
「もう佳い…………何も喋るな……………」
部下は安心したような笑みを浮かべると、睫毛を震わせながら瞼をゆっくりと閉じる。そして喘鳴に近しかった浅い呼吸は、ぱたりとしなくなった。
「…………………」
中也は何も云わずに部下を抱えて前へと歩いた。
靴音が響く。
「っ!中也さん!」
芥川が中也に気付いた。
「…………………」
入口付近にあったコンテナを影に芥川は自身の異能────羅生門で空間を断絶し、炎を阻害していた。
(芥川先輩が私の服を掴んでるっ!芥川先輩!芥川先輩っ〜!/////)
芥川に服を掴まれ、体中に心臓の鼓動がバクバクと響き渡っている樋口は、赤く染まった頬を隠すように手を添えていた。
炎が出た瞬間、芥川は側に居た樋口の服を掴み、空間断絶で炎から護ったのである。
その範囲は広かった為、芥川の付近に居た中也の部下達も助かったのだ。
顔をしかめて、芥川は絞り出すような声で云った。
「申し訳ありませぬ。中也さんの部下全員を護り切る事ができず」
「否、手前は悪くねェ」
中也が芥川の言葉を遮る。
「敵を甘く見た俺の問題だ」
「………………」
「あの、中也さん…っ」
部下の一人が、中也に話し掛けた。
「悪ぃな手前等」中也はそう云うと、部下に先程まで抱えていた仲間の亡骸を渡す。「此奴を頼む」
「っ……はい!」
中也の言葉に、部下は震える声で固く返事をした。
「中也さん、腹部の傷は………?」
芥川が中也に話しかける。
「いや、此れは特に問題はねェ。それより………手前等に一つ伝える事がある」
「何ですか?」
「────敵は、一時的に異能を消す薬を所持している」
「「「「っ……!」」」」
全員が驚きの声を上げ、その場の空気がピリついた。
「事実なのですか?」
芥川が冷や汗をかきながら云う。中也は静かに「嗚呼」と返事をした。
「そんなの、まるであの男のようじゃ………」
樋口が目を見開きながら、口先から言葉をこぼした。
中也は一つ息を吐いた後、説明し始める。
「俺はあの時確実に異能で躰を包ンでいた。其れにも関わらず、敵が撃った銃弾は俺の腹を貫いた」
外套を手でずらし、中也は腹部の傷が見えるようにした。服の繊維に血がにじみ広がる。
全員が息を呑んだ。
「その後直ぐに異能を使えたから、恐らく俺が受けた銃弾の表面に少量の薬が塗られていたンだろうな」
「なら、私達が前線に出ながら戦います!」
樋口が声を張る。
「駄目だ」
良く響く声で中也は断言した。樋口が言葉をつぐむ。
「敵の中には強力な異能力者も居る。いくら手前等でも異能者相手は──────」
中也の言葉が途切れた。背中から何かの振動が伝わり、少し前のめりになったのだ。
目を見開きながら、中也は背中の方を向く。
一本のダートが、中也の背中に刺さっていた。
「っ……!」
刹那、中也の体内に何かが流れ込む。
その瞬間─────────ドクンッ!
「がっ……!!?」
何かに心臓が締め付けられるような感覚に陥った。
頭が割れる程の頭痛が中也を襲い、足元がふらつく。
「中也さん!?」
「大丈夫ですか!?中也さんっ!」
中也は倒れないようコンテナに手を付いた。
然し芥川達の声は、どんどん遠くなっていく。
『ふふっ、ご安心を。其れは幼児化の薬も込まれています』
炎を隔てた向こう側から、男の声がした。
「っ……て、めぇ……は──────ゔっ!」
中也が襯衣の胸元を握りしめる。
『一分も経つと意識が朦朧とし、頭痛・耳鳴り等が襲いかかります。そしてその数秒後に異能が薄れていき、三分も経過すると意識を失います』
男────炎の異能力者が、不気味な笑みを浮かべながら云った。
『そしてその一分後………………躰は完全に幼児化し、異能が使えなくなる……』
中也は顔をしかめた後、今にも倒れそうな足取りで振り返った。
「態…々、説明してくれる……なン…て…………有難ェぜ」
浅い呼吸をした中也の頬に、汗が伝う。
「だがその薬は……アレまで止められンのか?」
嘲笑しながら聞いた中也に『アレ?』と、眉をひそめながら炎の異能力者は聞いた。
中也は息を吸った後、顔を俯ける。
「如何せ手前の事だ。俺がこの行動を取るのを予測してやがるンだろ、なァ太宰」そう呟いた後、にっと自身と信頼に満ち溢れた笑みを浮かべて、中也は顔を上げた。「ははっ……やってやるよ」
「手前等、今直ぐ此処から出て黒蜥蜴と合流しろ」
部下達に顔を向けて中也が云う。
「中也さんは?」
芥川が口元に手を寄せて小さく咳をしながら聞いた。
「俺は此処を壊す。敵の長は逃げてる可能性が高ェからな、手前等は其方を優先しろ」
中也は少し重みのある声で「見つけ次第、殺せ」と付け足した。
「____…承知しました」
少しの沈黙の後、芥川が静かに告げる。
「なっ…!中也さん一人を残すのですか!?いくら中也さんでも異能を消す薬が体内に入ってしまったんですよ!危険すぎます!」
樋口が焦りながら聞いた。
「居られると手前等も被害をくらう、俺が困るンだよ」
中也の言葉に、樋口は口をつぐむ。
「……行くぞ、樋口」
「はい………」
芥川達は入口から出て行った。
中也は全員が出て行ったのを確認すると、異能者に視線を移す。
「悪ぃな、待っててもらってよ」
『構いませんよ、ワタシの狙いは元より君────双黒ですから』
その言葉を気に、辺りを囲んでいた火力が倍に跳ね上がった。
誰が見ても絶体絶命。
然し、中也は顔をしかめる事は無かった。何方かと云えば笑みを浮かべている。
「先刻俺は云った筈だ。この薬なら荒神────汚濁の力さえ無効化できるのかって……」
中也は綺麗な動作で手袋を外す。外套が風にあおられ吹き飛んだ。
「汝、陰鬱なる汚濁の許容よ」
耳奥に響き渡るような靴音を響かせて、中也は異能者に近付く。
『……………は、?』
異能者の顔に浮かんでいた笑みが、少しづつ消えていった。
「更めて我を」
赤黒い痣が中也の躰を覆っていく。
──────カツンッ
中也の靴音が響いた。
異能者の目の前に来た中也は、不気味な笑みを浮かべる。
『っ!!!』
異能者の表情から笑顔が消え、絶望に変わった。
***
「あの、芥川先輩」
黒蜥蜴と合流に向かう最中、樋口は芥川に話し掛けた。
「私の力不足だったんでしょうか?」
異能を所持していない樋口は、異能力者である芥川や中也との戦闘力の差は何倍にもある。
あの時中也が自分達を追いやった事に、樋口は自分の力不足だと感じているのだ。
樋口の言葉に芥川は一つ咳込んだ後、静かに云った。
「あの場に僕達は必要無い、僕達が彼処で戦う理由等無い」
「ですが、いくら中也さんでも一人は」
芥川が樋口の言葉を遮る。
「中也さんは一人では無い、あれは────双黒の仕事だ」
「____…」
樋口が目を見開いた。
「……そ、そうなんですか………?」
「嗚呼……それ故、別段貴様が深く考える理由等無い。心配無用だ」
何処か安心させるような眼差しと優しい口調で、芥川は樋口に云う。
樋口の眼の前で、煌めきと揺らめきが起こった。
ゆっくりとした、けれども鮮明に樋口の躰中に心臓の鼓動が響き渡る。
「っ//──────はいっ!!!」
大きく明るい声で樋口は返事をした。
***
「鴎外殿、太宰は何と?」
ポートマフィア診療室の一角にて、太宰からの手紙を受け取った森鴎外に、尾崎紅葉が問う。
「色々だよ」
柔らかい笑顔で森は云い、便箋を紅葉に渡す。
紅葉は森から便箋を受け取って、一文字目に視線を移した。
刹那、森が椅子から立ち上がる。
「エリスちゃん、おいで」
そう云いながら、森は診療室の扉の方へ歩いた。
『えぇ、分かったわ!』
幼く可愛らしい笑顔を浮かべてエリスは、森に付いていく。
「何処に行くのかえ?」
紅葉が、便箋から視線を外して森に聞いた。
「一寸交渉材料を取りに……」
振り返り、ニコッと微笑んで森が云う。エリスが微笑む中、紅葉は首を傾げた。
***
「はっ……はぁ……はぁっ……はぁ……はっ………」
一人の少年が、息を切らしながら走っていた。
薄暗い空間の中、導くように奥に光が灯った道は、少年が走る道を記した。
「はぁ……はっ………」
──────中原中也、私の相棒さ。
「はぁっ……はぁ……………ッ」
少年は拳を固く握りしめる。
「はぁ……はっ…………ちゅう、や……」
地面を強く蹴り、走る速さをはやめる。
「はっ……はぁ………………ッ、中也」
目の前にある強い光に、少年は手をのばす。
「中也っ……」
まるで其の名を忘れないよう呟くように、少年は彼の名を呼んだ。