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「アリアケ・ユウヒ様、お待ちしておりましたわ」
目の前に立つ圧倒的な存在感を持つ女性が口を開いた瞬間、差している後光がバッとより一層眩く光り、目を開けることができない。
これが女神ミネティーナ様と私の存在としての格の違いなのかと魂に刻まれているようだ。
こんな中でも腕の中で眠り続けているノドカは流石というほかない。
「……はぁ。フォル、もういいよ」
『あれ、もういいの? りょうかーい』
少女の後にどこからか少年の声が聞こえてきたかと思うと、後光とか私が感じていた威圧感とかが一瞬にして霧散した。
そしてゆっくりと目を開けると、長い耳と光の翅が特徴的な青髪の少女の肩をローズゴールドの髪の女性が掴んで、ガクガクと揺らしている光景が視界に飛び込んできた。
「レーゲンちゃん、どうして止めちゃうんですか!? 地上では人の第一印象ってたったの3秒で決まるっていうらしいじゃないですか! ここはユウヒさんに女神としての威厳を見せつけるところでしょう!?」
「あーもう、うるさい! 揺らさないでくださいよっ! ティナ様の付け焼刃の威厳なんて、すぐにひとかけらも無くなるんですから第一印象がどうであろうが同じでしょうに!」
推定、女神ミネティーナ様とレーゲンと呼ばれた青髪の少女が言い争いをしている。そこに先程まで感じていた威厳は一切ない。
会話の内容から察するにミネティーナ様は私に女神としての威厳を見せつけようとしていたらしい。
まあ、あの少女の言うように一瞬でなくなってしまったのだが。
どうすればいいのだろうかと辺りを見渡していると、膝を突いていたティアナ様が蹲っていた。
体も震えているように見える。
「だ、大丈夫ですか!?」
「も、もうだめです……! ふっ、ふふっ」
ポカンと固まってしまう。……この人、どうしてこんなに笑ってるんだろう。
「……何かあったんですか?」
「だって、だって……! ミネティーナ様とレーゲン様のやり取り、見るの久しぶりでっ……聞いているだけでも可笑しいのに……っ!」
「えっと……」
ちょっとティアナ様のことが分からなくなってきた。どこが彼女の笑いのツボに入ったんだ。
分かったのは聖女様も女神様も案外俗っぽい。
私がこの世界に来る時もその片鱗を見せていたことが、今になってようやく理解できた。
「取り敢えずまずはユウヒ様に謝るところから入る段取りでしたよね! 何勝手にフォルに頼み込んでいるんですかぁ! 今はフォルだって忙しいんですから!」
「え~、フォルは快く引き受けてくれましたよ? それに謝るって言ったって……」
「まず転移場所を間違えたこと! そして意味不明なスキルを渡したことですよ!」
さっきからずっと続いているミネティーナ様とレーゲンと呼ばれた少女の口論は終わりそうに見えない。
だが、思わぬ形で終わりを迎えることとなった。
「渡したのがアレでこの場所に来られたのが奇跡なんですよ! 見てください、彼女は自分で仲間を……」
「……どうかしましたか、レーゲンちゃん。かわいい顔が余計にかわいく見えますよ?」
レーゲン様が一瞬こちらに目を向けたかと思うと二度見して、そのまま固まってしまった。
一方、突然何の反応もなくなったレーゲン様を見たミネティーナ様は首を傾げながら、意味不明なことを口走っている。
「な……なん……」
「本当にどうしてしまったの、レーゲンちゃん? そんなありえないものでも見たような顔をして」
「ティ、ティナ様あれ……あの子たちを見てください……」
「あの子たち……へっ……」
レーゲン様に言われた通りにこちらを見たミネティーナ様の目が点になる。
そして数秒後に復活したかと思うと、慌ただしく動きはじめた。
「れ、レーゲンちゃん! もっと近くでっ!」
「はい!」
バタバタと走ってきた2人は私を通り過ぎて、後ろに立っていたコウカたちの方へと向かう。
そしてみんなの前で立ち止まったかと思うとまじまじと観察しはじめたので、みんながたじろいでいる。
「ティナ様、やっぱりこの子たちから精霊の力を感じますよ!」
「え、ええ。そうね、本物みたい……」
興奮するレーゲン様とは裏腹にミネティーナ様は困惑しており、何かを考え込みはじめたかと思うと、ブツブツとひとりで呟きはじめた。
「地上にどうして……でも、マナが……」
ずっと考え込んでいるミネティーナ様とは別に、興奮した様子のレーゲン様がコウカの手を握ろうとした際、その手に抱えているダンゴを見て首を傾げる。
「これは……もしかして生き物ですか……?」
「……この子はダンゴです。わたしたちと同じスライムですよ」
「これがスライム……本当にこの子が……えっ、あなたも?」
何を聞いているんだといった様子でコウカがレーゲン様の問いに答える。
レーゲン様はダンゴとコウカの顔を見比べ始めるが、やがて体を反転させると考え事をしているミネティーナ様の下へと戻っていく。
「ティナ様、わかったかもしれません。とりあえず屋敷の中に入りませんか。ユウヒ様もお見苦しいところを見せてしまってごめんなさい。屋敷に案内するので付いてきてください」
レーゲン様が頭を下げて謝罪してくれるが、私よりも30センチくらい身長が低いので小さい子供が謝っているようにしか見えない。
つい子供を相手にするような対応をしてしまいそうだが、多分偉い人なのだとは思う。
そんな彼女がミネティーナ様の手を引き、先導してくれるので私たちも続いた。
歩きながらコウカと顔を見合わせるが、お互いどうしてミネティーナ様とレーゲン様があんな反応を示したのかわからないものだから、肩を竦めるしかない。
そして入ることが許された屋敷の中は女神様が住んでいるにしては質素と言わざるを得なかった。
女神様にとってもこれくらいの方が住みやすいのかもしれないな、と一人納得する。
「さあ、遠慮せずに座ってください」
案内されて辿り着いた客室らしき部屋に入ると、まずミネティーナ様が座ってその後ろにレーゲン様が立つ。
そして促されるがまま、テーブルを挟んだ反対側に私が座った。
コウカたちは後ろに立つことにしたようで、最後に入室してきたティアナ様も座る気はないようだ。
そして目の前のテーブルにはいつの間にか私とミネティーナ様の分の紅茶が用意されている。
――本当にいつ出てきたんだ、これは。
対面のミネティーナ様は私を慈しむように微笑みかけてくれるが、そこには先程までのようなおちゃらけた様子が見えなかったので、私も居佇まいを正すことにした。
「まずはごめんなさいね。ティアナちゃんの元へ送り出すつもりがこちらの手違いで別の場所に転移させてしまって……大変だったでしょう?」
ミネティーナ様との会話は彼女の謝罪から始まった。
「いえ、まあ大変ではありましたけど。みんなが居てくれたから……助けてもらったから大丈夫でした」
否定しようとしたが、大変だったのは事実なのでやめておいた。
たしかにここまで大変なこともあったが、この旅があったからこそみんなと出会えたのだ。
ここまで無事に来られたからこう言えるが、旅の途中で誰かが死んでしまえばこうは思えなかったのだろうなとも思う。
私の言葉を聞いたミネティーナ様が笑みを深くした。
「“みんな”というのはあなたの後ろに立っている子たちね」
ミネティーナ様が後ろに立つコウカたち一人一人の顔を見回していく。
そして1つ頷くと、私に再度向き直った。
「この子たち、本当にスライムという種族なのね。だったらレーゲンちゃんの推測が正しいのかしら。レーゲンちゃん?」
「はい、ティナ様」
ミネティーナ様が後ろに立つ少女へ振り返ると彼女は頷く。
「あなたたちスライムはおそらく、本来精霊として生まれるはずが精霊に成り切れなかった生命体であると推測できます。精霊についてはご存知ですか?」
精霊という存在について知っていることはないので、私は首を横に振った。
レーゲン様はそんな私の様子に頷き、再び口を開く。
「精霊というのは世界中の魔素を調整するために独自の力――精霊力を持って生まれた種族です。精霊は“純度の高い魔素の塊”にティナ様の持つ神力の残渣である“マナ”が混じり合うことで生まれます。ですがここ数千年はマナが自然発生しなくなったことで、あたしたち以外の精霊は消滅してしまっていたはずですが……」
レーゲン様は“あたしたち以外の精霊”と言っていた。つまり、レーゲン様もその精霊なのだろうか。
それにマナが発生しなくなった理由というのも分からないが、話の続きが気になるので私は口を挟まずにただ彼女の話を聞くことにした。
「最初に言ったようにスライムはおそらく精霊に成り切れなかった生命体です。スライムという種族はあたしたちがまだ地上と神界を自由に行き来していた時代には存在しませんでした」
ここまでは別にいい。重要なのはきっとここから続く言葉だ。
「しかしマナのほぼ全てが邪神たちの封印に回されるようになった結果、マナが自然発生しないというのに純粋な魔素が集まるという働きだけは世界の摂理として残ってしまった。そのため世界の自動調整機能が働き、純粋な魔素の塊をスライムという新たな種族として認めたのだと思います」
「私たちが作ったすごく優秀な機能ちゃんなんです! 今は最低限のことしかできませんが、神力の貯蓄が十分であれば細かい調整はだいたい担ってくれます!」
ミネティーナ様も先程のレーゲン様の推測に相違ないのか、うんうんと頷いていた。……急に自慢げに胸を張ったのはまあ置いておく。
新しい情報が多いので混乱しそうだが、スライムと精霊の違いを考えれば理解しやすいか。
スライムも精霊も体を構成するために純粋な魔力を必要としているのは同じだ。
だがそれだけでいいスライムとは違い、精霊はマナという力も必要となるのだ。
――そこで疑問が生まれる。
「……あの、スライムがどうして生まれたのかは分かりました。でも、だったらどうしてレーゲン様はコウカたちにその精霊力があると言っていたんですか?」
「そうですね。それを説明するにはまず……ユウヒさん、あなたの力について話さなければなりませんね」
「私の力……?」
今度はレーゲン様ではなく、ミネティーナ様が説明してくれるらしい。
私の力といってもミネティーナ様から貰ったテイマー関係のスキルくらいだと思うけど。
「今のあなたにはほんの僅かなものですが、私の……女神としての力が備わっています」
「女神の力……でも……」
さすがに困惑する。
私は特別な力を持っている自覚もない。そんな力が備わっているとは思えなかった。
ミネティーナ様は紅茶のカップを手に取り、ゆったりとした動作で口に運ぶ。
――あまり焦らさないでほしいものだ。彼女がソーサーにカップを戻すまでの時間がやけに長く感じられる。
「……ふぅ……ええ、ええ。それも当然です。あなたの中にある女神の力――神力はまだまだ小さい。普段から感じられるものではないでしょう。ですがその力の一端はあなたの体にも影響を及ぼしているのです」
その言葉を聞いてハッとする。
私の髪と目、この世界に来る前はどちらも黒色だったそれが今は赤茶色と深緑色だ。
これが神力の影響ということなのか。
「ごめんなさい、突然こんなことを言われても混乱してしまうだけ。ですが、あなたが神力を持ってしまうということは私たちも想定していなかったのです」
「……どういうことですか?」
「本来なら、あなたにスキルを与えた際に使った神力はすぐに消えてなくなってしまうほどのごく僅かなものでした。ですがあなた自身が持っていた力がその神力を受け入れ、適合しあい、今も少しずつあなたの中で広がっているのです」
またもや私の力と言われるが、やはりピンとこない。
だがミネティーナ様は私が持っているというその力について分かっているようだった。
「あなたの魂が持つ力は“調和”。あなたには自らの性質を自在に変え、力と力を繋げることのできる調和の魔力が備わっています。そしてそれは元々、この世界には存在しないあなただけの力なのです」
――調和の魔力。そんな力が本当に私に……?
でもたしかにそれなら、いくら魔法の練習をしたところで魔法が使えるようにならなかったのかも説明がつく。
「ユウヒさんには自覚がないようですが、あなたたちはどうです?」
ミネティーナ様が話しかけたのは、コウカたちスライムだった。
そして、その問いにはヒバナが答える。
「……ユウヒに触れながら魔法を使うと、いつもよりも制御が楽よ」
「つ、強くもなるよね」
ヒバナたちの言葉で思い出すのはラモード王国のスタンピードでヒバナ、シズクと手を繋ぎながら戦っていたことだ。
まさか、あの行為が私の力を使うためだったというのか。
「触れたときになんとなく感じたことがあるから気付けたわ、自分の力がいつもよりも大きくなるという感覚が」
ミネティーナ様が「なるほど……」と頷いた。
ヒバナはミネティーナ様のほうをずっと見ていて、私の方を見ようとはしない。……やっぱりまだ駄目なのだろうか。
少し落ち込みつつも、大事な話の途中なので今は話に集中することにする。
「やはり調和の魔力は自在にその性質を変化させることができると見て相違ないのでしょう。それで他者の魔力と同じような性質へと変質させた魔力を分け与えることで、他者の魔力を一時的に高めることもできるのだと思います。ユウヒさんは無意識のうちにその力を少しだけ使っていたのかと」
そうだったんだ。
無意識に使っていたと言われても、意識的に使うにはどう使うのかは分からない。
だがこの力を使えば、きっとみんなを助けられる。私も一緒に戦うことができるんだ。
――私はこの力を使いこなせるようになろうと強く心に刻み付ける。
「ここでなぜあなたたちスライムに精霊力が備わっているのかという話に戻りましょう」
私の力に関する話を聞いていたが、この話は私がコウカたちになぜ精霊力があるのかという問いから始まったものだ。
私はミネティーナ様の目を見つめ、いつでも話を聞ける態勢を作る。
「先ほど言ったように、調和の魔力はユウヒさんの中にある神力を増幅しています。よってユウヒさんと魔力の繋がりのあるスライムたちは、魔力を補給する際や調和の魔力の恩恵を受ける際にユウヒさんの魔力と共に神力の残渣――つまりマナも受け取ります。そのマナがスライムの純度の高い魔力と溶け合い、精霊として進化するのです」
ミネティーナ様の話によると私から魔力を受け取るごとにスライムたちも精霊へと近づいていくらしい。
また現在ではコウカやヒバナ、シズクからは精霊の力を感じ取れるが、ノドカに関しては僅かに、ダンゴからはほとんど感じ取ることはできないとも言われた。
「マナは魔力の安定性を保つと同時に活性化もさせます。あなたたちがユウヒさんから魔力を貰えば貰うほどスライムたちの力も増し、上位の精霊へと近付いていくでしょう。ここにいるレーゲンちゃんは水の大精霊です。あなたたちの頑張り次第では、近いうちに大精霊クラスの精霊へと進化することも可能でしょう」
ミネティーナ様が目を瞑り、「ですが……」と一度言葉を区切る。
そして再び目を開けたときにまっすぐとコウカを見つめて、言った。
「コウカ、あなたは精霊としてこれ以上の進化は望めないかもしれません」