テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#元カレ
まぁ
25,630
アトハ
153
#聖女
にゃみ3
37
#ハッピーエンド
にゃみ3
30
そうして看板作りが始まった。
物置から使えそうな板を引っ張り出し、庭で埃を落とす。
ミアが塗料を溶き、リタが太い筆と雑巾を揃えた。
板のひび割れを埋め、表面を削り終えたところで、当然の問題にぶつかる。
「それで、何を書くんですか?」
ミアが真っ白な板を見下ろした。
「ギルド名は必要ですよね?」
「ああ。絵や紋章を入れるところも多いが、そこは自由だ」
そもそも俺たちには、代々受け継いできた紋章なんてものはない。
名前だけでも登録はできるが、目印になるものがあった方が、依頼人には覚えてもらいやすい。
「……候補はある。だが、俺だけで決めるのも違うだろう。なにか案はあるか?」
俺の言葉に、リタがすぐに手を挙げた。
「はい! 『ご主人様を末永くお支えする会』はいかがでしょう」
「ギルド名はお前の決意表明の場じゃないぞ?」
「では、『ご主人様のヒモ化を願う会』で」
「解散してしまえ、そんな会!」
駄目だ。こいつの悪ノリに付き合っていたら、話が一生進まない。
リタの案を退け、俺は板の中央を指でなぞった。
「ミアは?」
「えっ、私ですか?」
「何を驚く。ミアだってギルドの立ち上げ人の一人だぞ?」
ミアはおずおずと俺を見る。
それから目を輝かせて、口を開いた。
「……リタさんの案、素敵だと思います」
「ですよね! 聞きましたか、ご主人様!」
「却下だ、却下!」
どうやらミアは、思った以上にリタの影響を受けているらしい。
「それならシードさんは、どんな名前を考えてるんですか?」
「……候補と言ったが、考えていたのは一つだけだ」
ミアとリタの視線が、俺に集まる。
俺は、真っ白な板の中央に指を置いた。
「無銘、だ」
「無銘……?」
「ああ。無銘と書いてインノミネと読む」
二人が続きを待つのを見て、俺は言葉を続けた。
「まだ誰にも名を知られていない、実績も値打ちも認められていない連中を集める」
|黄金秤《リブラ》が拾うのは、最初から高く売れると見込める人間だけだ。
見込み違いと判断した人間に、時間や金をかける気はない──パウエルなら、そう考える。
だが、それでは面白くない。
「誰も見向きもしなかった人間を拾うからこそ面白いんだ。スカウトの醍醐味は、そこだろう?」
ミアだけではない。
あのギルドに切り捨てられた者の中にも、まだ誰にも見つけられていない者の中にも、磨けば光る原石はいる。
俺は白い板を、指の背で叩いた。
「ギルド・|無銘《インノミネ》──今は無銘でも、化ければ嫌でも名は売れる。そういう連中を集めるギルドだ。……どうだ?」
その名を口に出してみると、考えていたよりも悪くなかった。
「インノミネ……」
ミアが、その響きを確かめるように繰り返す。
しばらく白い板を見つめたあと、小さく息を吐いた。
「すごく……いいと思います」
「ミア?」
「私も、空っぽで何もないんじゃなくて、まだ名前がないだけ──そう思えます」
リタが穏やかに笑う。
「何者にもなれないのではなく、まだ何者にもなっていないだけ。そう思える方は、きっと大勢いらっしゃいます」
「はい」
ミアは太い筆を握り直した。
「本当に、私が書いてもいいんですか?」
「もちろんだ」
俺がうなずくと、ミアが板へ最初の一画を入れる。
リタは板が動かないよう端を押さえ、俺は塗料の入った器を支えた。
板の中央に、『無銘』の文字が書かれていく。
無は少し左へ寄り、銘はわずかに右へ傾いている。
「……少し、曲がっちゃいました」
ミアが俺の顔を窺う。
「気にするな。そういう癖が残るのも、手書きのいいところだ」
書き終えたミアは、筆を下ろしかけて動きを止めた。
空いている余白へ、何度か筆先を近づける。
けれど触れる寸前で止め、困ったように俺を見た。
「……何か描きたいものでもあるのか?」
ミアは小さくうなずいた。
それから意を決したように、板の隅へ小さな石を描き加える。
磨かれておらず、角張ったままの石っころ。
「これは?」
「まだ磨かれていない石です。ここに来る人たちも、同じなのかなと思って」
磨かれていない石──原石、か。
俺は描かれた石を眺め、うなずいた。
「いいな。実にこのギルドらしい」
ミアは嬉しそうに、再び筆を動かした。
一つだった原石の隣に、二つ目、三つ目の石が並ぶ。
最後にリタが縁を整え、看板は完成した。
***
日が傾く頃、看板は玄関の上へ掲げられた。
文字は少し歪んでいる。
原石の大きさも不揃いで、板そのものも完全な長方形ではない。
それでも柱に取りつけてみると、ただの物置だった建物が、初めてギルドの拠点らしく見えた。
「|無銘《インノミネ》……」
ミアが少し離れた場所から、看板を見上げている。
「本当に、始まるんですね」
「ああ。来週には、組合へ登録してくる」
「でも、供託金は──」
ミアが口ごもる。
(やれやれ。自分が見込んだ子どもに金の心配までさせるようじゃ、俺もまだまだだな)
「心配するな。別の方法で稼ぐと言っただろう」
背後で、リタがぱっと手を挙げた。
「では、さっそく私が依頼を出しますね!」
「……どういうことだ?」
「報酬十万ドゥレで依頼します! 内容は──私のヒモになっていただくことです」
「なるか!」
俺たちのやり取りに、ミアがくすりと笑った。
昨日までの張りつめた笑い方ではなく、年相応の楽しそうな表情だった。
──そのささやかな笑いを断ち切るように。
夕暮れの通りに、場違いな蹄の音が混じった。
ミアが笑みを消し、通りの方を振り向く。
こちらへ近づいてきたのは、上等な四頭立ての馬車だった。
磨き上げられた車体も、仕立てのいい制服を着た御者も、町外れの古びた建物には不釣り合いなことこの上ない。
馬車が門の前で止まり、扉が開く。
降りてきた男の顔には見覚えがあった──|黄金秤《リブラ》の副長だ。
男は玄関の上の看板を見上げ、鼻で笑った。
「無銘、か。ずいぶんと身の丈に合った名をつけたものだな」
副長の視線は一度だけ俺たちをなぞり、すぐにリタへ移った。
最初から、俺たちは眼中にないらしい。
「リタ殿。ギルド長がお呼びです。お迎えに上がりました」
副長が、リタにそう恭しく頭を下げる。
「このような馬小屋に、リタ殿がこれ以上いる必要はございません。どうぞ、こちらへ」
「…………は?」
副長がそう言った瞬間、リタの笑顔が消えた。
コメント
1件
みぅです🤍🥀 第6話、読み終わりました。ギルド名「無銘(インノミネ)」に込められた意味が、すごく響きました。「まだ名前がないだけ」——その言葉に、ミアちゃんが自分を重ねて見つめる姿が印象的で。手書きの看板に描かれた小さな原石たち、すごく可愛くて温かい気持ちになりました。 でも最後の副長の登場、リタさんの笑顔が消えた瞬間、一気に空気が変わって…。続きが気になります、この世界の行く末を、ちゃんと見届けたいです🌙