レンブラントは再び腕を組んで、目を閉じる。
居眠りをする気はないが、ついついベルを見つめてしまう自分を止めることができない。
自分の目つきがかなり悪いことを自覚しているレンブラントは、向かいの席に座る少女に、怖い思いはさせたくないし、無いに等しい好感度をこれ以上下げたくない。
ベルは気丈に振る舞ってはいるが、身体を近づければ怯えるし、手を伸ばす度に身をすくまる。
虐げられていた期間は詳しく聞いていないが、短い期間ではないことは間違いない。
(どうしてこんな可愛らしい少女に、あそこまで惨いことができるのか……)
レンブラントは、うっすらと目を開けベルを盗み見た。
現在、包帯と格闘中の彼女の容姿は、華奢というより、やつれたという表現の方が正しい。風が吹いただけでポキリと折れてしまいそうだ。
包帯の下の痛々しい傷は例え癒えたとしても跡が残るだろうし、髪は妙齢の女性に比べたら遥かに短い。
しかも、撫子色の髪は艶が無く、毛先は不揃いだ。切ったというより、切られたという表現の方が正しい。
それに服装だって、かなり粗末だ。今の季節は晩秋で、薄い布切れ一枚のワンピースでは相当寒いに違いないのに。
車内には、かなりの数の温石を置いたから、だいぶ過ごしやすくなったかもしれないが、早々に上着や新しいドレスを買い与えないといけない。
ただレンブラントにとって、それらを用意するのはかなり難易度が高い。
金銭的な面ではなく、これまで仕事一筋で過ごしてきたせいで、女性が喜ぶものが何かわからないのだ。
(もう面倒くさいから、いっそ自分の上着を貸そうか)
そんなことすら考えてしまう。
自分のものを身に付けるベルを想像して、レンブラントは悪くないと考える。ただ次の瞬間、そんな独占欲を丸出しにする思考を持った自分に引いてしまう。
(まぁ……どうせ、俺の上着を貸したとて、すぐに踏みつけられるだろうけどな)
自虐的なことを心の中で呟いてみたが、笑い飛ばすことができないほど、現実味を帯びている。
ベルは息をするように毒を吐ける図太い神経を持っているが、むやみやたらにそうしているわけではない。ちゃんと相手を見ている。
その証拠に部下に対しては、とても礼儀正しく、毒は心外なことに自分だけに向けられているような気がしてならない。
(つまり、嫌われているのは俺だけってことか!?)
レンブラントの心が軋むように痛んだと同時に、向かいの席から、小さな溜息が聞こえてきた。
うっすらと目を開ければ、ベルが包帯との格闘を諦め、不貞腐れた表情を浮かべていた。
ほっとしたレンブラントだが、その後すぐ驚愕のあまり目を引ん剝くことになる。
「レンブラントさん、寝てるところ申し訳ありませんが」
「寝ていない。起きている」
「あーそうですか。この期に及んでまだ言い訳するのは、大人としてちょっとどうかと思いますが、まぁ、どっちでもいいです。……で、ちょっと話があるんですが」
「なんだ?」
軽い毒を吐いたあと、急に改まったベルに違和感を感じて、レンブラントはきちんと目を開けて姿勢を正す。
そうすればベルは、静かな口調で、でもきっぱりとこう言った。
「昨日の話ですが、私、レイカールトン侯爵と結婚します」
「は?」
我ながら間抜けだと思うが、それ以上の言葉が出てこなかった。
そうすればベルは憐れみを滲ませて、再び口を開く。
「耳が遠いんですか?もう歳なんですね。仕方ないからもう一度言ってあげます。……ですから、私、レイカールトン侯爵と一刻も早く結婚したいです。なので、馬車の速度をもっと上げてください」
「なっ……!」
レンブラントは今度は、信じられないといった感じで目を見開いた。
警戒心の塊のようなベルが、自分の言葉をあっさり信じるなんてあり得ないし、昨日の今日で、人生を左右することを即決するなど信じ難い。
いや、違う。信じたくなかった。
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