この銀髪軍人は過剰に驚いたと思えば、どうしてしかめっ面をしているのだろう。円滑に職務を全うできそうだというのに。
そんなことを考えながら、ベルは首を傾げる。
双方、利になる提案をしたつもりだったが、レンブラントの表情を見る限り、どうも違うようだ。
(何、考えているのか……さぁーぱりわかんないよ、もうっ)
昨日レンブラントから伝えられたレイカールトン侯爵との結婚話は、ベルにとって大変衝撃的なものだった。
しかし、会ったことの無い男の妻になるという恐怖ではなく、思いがけない幸運に身体が震えたのだ。
人知れずケルス領を出るつもりだったベルは、王都に辿り着いたら、ある人に助けを求める予定だった。
ケルス領は表面上は平穏だが、現辺境伯フロリーナの悪政のせいで、危機に瀕している。
それに加え、フロリーナの娘である長女ミランダは、次期辺境伯になるために婿を取ったが、元軍人でありながら汚職や横領といった悪行に手を染めている、とんでもない曲者だ。
次女レネーナの婚約者も軍人ではないが、せっせと汚職に協力をする救いようのない男である。
ベルはその事実を事細かに知っているけれど、止める手立てがない。
状況を打破する為には、成人して権力のある人の手を借りなくてはならなかった。
その相手が、なんとも驚きなのだがレイカールトン侯爵だったりする。世間というのは意外に狭いものだ。
とはいえベルは、レイカールトン侯爵の年齢も容姿すら知らない。
レイカールトン侯爵を頼れと言ったのは、ベルが信頼を寄せる数少ない一人である執事のパウェルスだ。
パウェルスは知っていたのだろうか。もし知っていたなら、なんで教えてくれなかったのだろうと疑問に思うが、正直、ケルス領が救われるならどうでも良い。
……ただ、本当に信じていいのだろうか。
(持参金ゼロ、可愛げゼロ、血のつながりはなくても最低な人種が親族にいる私と結婚したいだなんて……狂気の沙汰としか思えない)
何より怪しむべきは、この話の出所が、いけ好かない銀髪軍人からなのだ。かなり胡散臭い。
「──なぁ、あんたはレイカールトン侯爵のことを知っているのか?」
レンブラントの苛立った声がして、ベルは我に返った。
「……は?」
「”は?”じゃない”は?”じゃ。あんたは相手のことを何も知らないのに、結婚できるのかって聞いているんだ」
「はぁ、まぁ……できるといえば、できますが……」
この話を鵜呑みにするつもりがないベルは、ごにょごにょと濁った返事しかできない。
途端に、レンブラントのまなじりが吊り上がる。
(ヤバイ。上手く誤魔化さないと!)
レンブラントに疑われるのは、得策ではない。
婚約者とかどうかは置いておいて、レイカールトン侯爵はベルにとって、最後の切り札になり得る人だ。なんとしても、彼の元にたどり着かなくては。
何食わぬ顔をしながらも、ベルの背中は、冷や汗でびっちょりだ。
一方、レンブラントの眼力は、ベルの演技を見破ろうとしているかのように、どんどん強くなる。
「ま、時間はたっぷりある。それに俺は、あんたが喋りたくなくても、語りたくなるようにするのが得意ときてる。さぁて、どうしようかな」
「っ……!?」
ああ、これは軍人モード全開で、尋問する気満々のようだ。
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