不思議の国の住民はみな等しく歪んでいた。しかしその中でも群を抜いて歪んでいるのが女王だった。
女王は女帝でもなければ王でもない。ただの一介の女であるはずなのに、彼女は誰よりも傲慢であった。自分の思い通りにならないことなど許せないといった様子だ。
それ故なのか、女王に逆らえる者は一人として居らず、誰もが彼女に気に入られようと必死になっていた。
もちろん僕だってそうだ。
だからこうして女王の為に毎日せっせと働いてるわけだし。それに、僕だけが彼女に選ばれた特別な人間だと思うと誇らしくもあったりするんだよ。
ハートの女王は、今僕の目の前にいる女性の名前だ。
女王はこの世のものとは思えないほど美しい容姿をしているけれど、中身はとても恐ろしい人だ。いつも他人を見下すような態度を取っていて、気に入らないことがあればすぐに首を跳ねようとする。
まさに暴君と呼ぶに相応しい人物だといえよう。
だけど、そんな女王のことが好きになってしまったのだから仕方ないよね。
女王のためならばなんだってできる気がしたし、どんなことでも耐えられると思った。むしろ、彼女が喜んでくれるなら何をされたって構わないくらいだ。
「おい、ペーター。今日のお茶会はどこで行うつもりだい?」
不意に声をかけられてハッとする。いけない、いけない。つい考え事をしてしまった。
「あっはい!そうですね、昨日は東の森だったので、今日は西の方に行ってみます!」
アリスは元気よく挨拶をして森を出ていきました。
*
***
森の中で出会った人たちと楽しくおしゃべりしていたらすっかり遅くなってしまいました。
辺りは真っ暗になっています。
時計を見ると11時50分を指していまいた。
「まずいわ、このままだと12時に着かないかもしれない。急がなくちゃ!!」
12時までにティーパーティーに間に合わないと、大変なことになってしまうのです。
アリスは急いで走って行きました。
「ごめんなさい! 待った?」
「いや」
黒い帽子をかぶってパイプをくわえていたペーターが言います。
「全然!」
「でもわたし、ずっと待っていたわよ。あなたが来るのを」
アリスはちょっとふくれっ面をしてみせました。
するとペーターが慌てて言うのです。
「ああ、すみません。待ち合わせの時間を決めていなかったものですから」
そう言ってペーターが懐中時計を取り出しました。すると……どうしたことでしょう! なんということでしょう!! ペーターの時計の文字盤がくるんっと回って、十二時だったはずの数字が三時に変わってしまいました。これでは、アリスとの約束の時間に遅れてしまいます。
「大変です!」
慌てて駆け出そうとしたペーターの首根っこを、アリスが掴み止めました。
「待ってください、ペーター。その時計を貸してください」
ペーターの手から時計を受け取ったアリスは、自分の時計と見比べて言いました。
「同じ時間を指していますわ」
「時計は同じ時間を刻んでいますよ。でも、ぼくたちの時間は違うんです」
「どういうことかしら?」
「あなたもご存知でしょう? アリスが不思議な国に迷い込んだことを……」
「ええ、もちろん知ってますわ。だからわたくしたちも不思議の国にいるんじゃないですの?」
「いえいえ、違います。この国はね、時の流れが違うんですよ」
「あら、そうなの?」
「はい。ここでは時間というものは存在しないに等しいのです。ここにいるかぎり、いつまでも遊んでいたって構わないんですよ」
「ふーん……」
「ただし、あまり長居すると帰れなくなりますよ?」
「そうなんですね!じゃあ、もう帰りましょう!」
「はい、そうですね。アリス様もきっと心配しているでしょうし」
「うんっ!」
そんなわけでアリスちゃんは帰ろうとしました。ところが……
―――ガシャンッ!! 突然背後で大きな音がして振り返るとそこには真っ黒い穴があって、そこから誰かが出てきました。どうやら扉があったみたいです。でも、アリスちゃんはそれどころではありません。
「キャァアアッ!!」
悲鳴をあげて逃げようとしますが、時すでに遅し。その人影はすでに目の前に迫っていました。そして……――グサッ!!! 鋭いナイフが胸に突き刺さり、血を流して倒れるアリス。
「アハハッ! これであなたもボクたちと同じ仲間入りです」
嬉々として笑い転げるペーター。
一方、アリスは薄れゆく意識の中で、
『なんて恐ろしいことを』と思いながらも、
(やっぱり私は普通の人間だったのか)
という安心感を抱いていた。
そして、彼女は気を失った。
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