岩本照は迷っていた。
今日は年を忘れる日。
世間もなんだか浮かれている。
長い正月休みを前に年の瀬の東京は賑わっていた。
メンバーでこんなふうに過ごせる日は、グループが売れた今となってはそう多くはない。
ありがたいことに、今ではメンバー個人個人が様々なジャンルの仕事をさせていただいている。
岩本は懐かしく少し前の自分たちを思い出す。
念願のメジャーデビューを果たしたとは言え、しばらくの間は個人の仕事には格差やばらつきがあって、中には暇にしているメンバーもいたものだ。
デビューはゴールではなくスタートなんだとその時岩本は緩みかけた気持ちを改めて引き締め直したのだった。
今ではグループが順調に大きくなって、長年のファンの支えもあり、自分たちの描いた夢が次々に叶っている。
本当にありがたいことだと思う。
その気持ちに偽りはない。
しかし、ここ数年。
忙しすぎて、自分のプライベートを犠牲にした感じは否めない、と岩本は思う。
特にアイドルという特殊な職業なため、恋愛スキャンダルには常に注意を払わなければならない。
実は岩本にはデビュー前から数年越しに想っている相手がいる。
存在が身近すぎて、忘れようとしても忘れることができない距離感の人間。
まさか今日、こうして二人きりになるとは思わなかった。
岩本は一人戸惑っている。
渡辺が家に来るなんて言い出さなければ、このことを気にすることもなかった。
来年も同じようにただの同僚として接するだけ。
そう思っていたのに。
正直な想いを口にすれば、渡辺が離れていってしまうかもしれない。
フラれるのは構わないが、今の関係性が壊れ、仕事に支障が出るのは困ると思った。
メンバーの風紀を守るべきリーダーとしての自分の立場もある。
ましてや世間に知られるなど問題外だ。
そう考え、このことは一切誰にも口外していない。
誰かに話してしまったら、自分の気持ちが抑えきれなくなるような恐怖心も同時にあった。
💛はい、水
💙ありがとう
なんとなく沈黙が続く。
車内から口数が少ない二人。
そもそもこうして二人きりになること自体が珍しい。
いつもは向井や佐久間が騒がしいので、まさか二人きりだとこんなに場が静かになるとは思わなかった。
岩本は若干の気まずさを感じている。
渡辺は退屈してるのではないだろうか。
渡辺も目黒相手なら黙っていても気にならないだろうに。
💙…今年はお世話になりました…
渡辺が小さく会釈する。
驚いて岩本は笑ってしまう。
💛急になに?
💙個人的に身体作りも手伝ってもらったし…
💛ああ、良かったね、舞台。翔太かっこよかった。
💙あり…がとう
💛どういたしまして
渡辺は岩本の屈託ない笑顔に思わず言葉を失う。
二人だけの空間で、こんなにゆったりとした時間が流れるのは岩本ならでは。
目黒とはまた違うこの感じも好きだと渡辺は思った。
目黒と渡辺は普段からお互いの家を行き来する仲だし、長い時間話したりもするが、ある意味家族のようなものだと渡辺は思っている。
それに比べて岩本はまったく違う。
こうして一緒にいると岩本のひとつひとつにどうしようもなく胸が騒ぐ。
それが恥ずかしくて、渡辺自身、なるべく近寄らない時もあるくらいだ。
あの手に触れられたい。
あの目に見つめられたい。
あの唇で甘い言葉を自分に言って欲しい。
とめどなく溢れるあらゆる欲望を隠すのは、もう限界だった。
だから今日、その気持ちに決着をつけたいと思っている。
その後のことは照に任せればいい。
渡辺はそんなふうに思っている。
何事にも自分の気持ちに逆らうのが苦手な渡辺らしかった。
💛どうかした?
急に黙り込んだ渡辺を心配そうに覗き込む岩本。
💛気分でも悪い?
渡辺は岩本に気づかれないようにそっと深呼吸をした。
膝の上に置いた拳が細かく震えている。
渡辺の白い肌がさらに青白く見えた。
💙照のことが好き
💛翔太?
💙ずっと好き
💛……
💙俺のこと、これからはそういう対象として見てほしい
最後の方は小さく、囁くように。
しかし、しっかり岩本の耳にその言葉は届いていた。
渡辺はその夜、岩本より先に、とうとう隠していた想いを打ち明けたのだった。
コメント
4件
ぐはっ……!