冠番組の収録日を迎えた。
あの日以来、岩本と渡辺は会っていない。
渡辺は己の気持ちを打ち明けると急に恥ずかしくなったのか、岩本が止めるのも聞かずにタクシーを呼んでさっさと帰ってしまった。
一方的に会話が終了してしまい、置いて行かれた形の岩本。
その後は互いに連絡を取っていない。
あれから二週間ほどの時間が経っていた。
岩本自身、渡辺にどんな言葉を掛けたらいいのかわからない。
思いがけず渡辺と両想いだったことは嬉しかったが、このまま自分も気持ちを打ち明けてしまっていいものかと迷っている。
進むか退くのか、ここは二人にとっても、もちろんグループにとっても、大きな選択だと思った。
自分の気持ちに素直に従ってよいものかどうか。
このことを自分に打ち明けた渡辺も相当な覚悟がいったろう。
あの時、渡辺は震えていた気がする。
岩本はそれを思い出していじらしくなった。
しかし。
どうしてもブレーキがかかってしまう。
岩本はあの日から一人悶々と悩んでいる。
💜照?
深澤が岩本に声を掛ける。
もうすぐ収録が始まる。
こうした岩本のちょっとした変化に気づくのはいつも深澤だ。
💜もう始まるぞ
💛ああ、悪い
💜しっかりしろよ。今日は4本撮りだからな。
💛そうだったな
深澤は番組内でMCを勤めている。
打ち合わせでいつも誰より早めに楽屋入りしている深澤に負担をかけるわけにはいかない。
岩本は改めて気持ちを引き締めようと思う。
それでもやはり渡辺のことが気になり、ちらりと視線をずらす。
当の本人は目黒とラウールと屈託なく談笑していた。
いつもの渡辺と変わりないことに岩本は安堵したが、同時に物足りなさも感じていた。
岩本は思う。
俺は欲深い。
仕事としては変わらず接して欲しいと思うのに、内心自分だけを特別視してほしいと思ってしまうなんて。
矛盾した想いが岩本を苦しめる。
渡辺は今何を考えているのだろう。
その明るい笑顔からは何も読み取ることはできなかった。
ー休憩中ー
深澤が隅の席で一人でいる岩本に再び話し掛ける。
💜言えよ
💛なにを?
💜なんか悩んでるんだろ?
大事な親友に自分は心配を掛けてしまっている。
岩本は深澤に申し訳なく思うと同時に、このことは話せないとも思っている。
💛何でもない
💜水臭いな
深澤は元来優しい。
いつも自分のことを後回しにしてメンバーのために動く男だ。
岩本はそんな深澤を心から信頼している。
もし渡辺との一件を明かしてしまったら、岩本自身の気持ちも打ち明けないわけにはいかないだろう。
いっそ進むことにして、どうやって付き合っていったらいいか相談に乗ってもらったほうがいいだろうか?
しかし岩本の中でその決心はまだついていない。
何より渡辺に返事をする前に、深澤にそんなことを言うのは順序が間違っていると思う。
💜……わかったよ
諦めたのか、じっと岩本を見つめていた深澤がため息交じりに言う。
💜俺はどんな時も照の味方だ。話せる時が来たらちゃんと聞かせてほしい
💛わかってる
岩本は悩んでること自体を否定するのはやめにした。
深澤相手にごまかしは通用しない。
さすが一番信頼のおける友人である。
💛少し時間をくれ
気持ちが固まったら、改めて深澤に相談に乗ってもらおう。
そして岩本から離れ、そのままトイレに立った深澤。
廊下の隅で目黒と渡辺が会話しているのを思いがけず聞いてしまった。
🖤それで岩本くんはなんて?
💙返事を聞く余裕がなかった
渡辺が頭を抱えてその場にうずくまっている。
どうやら目黒が落ち込んでいる渡辺を慰めているようだ。
渡辺は深澤に背を向けているので、深澤が近くにいることに気づいていない。
聞いたらまずいかと慌てて深澤は近くの給湯室に隠れた。
深澤の姿は目黒からもうまく死角になっているらしく、二人ともそのまま会話を続けている。
🖤その後岩本くんと話した?
💙なんも話してない。連絡すらしてない。
🖤返事待ちってこと?
💙言って逃げたからこのままかもしれない。返事してとは言えなかったし…
渡辺が珍しく弱気な声を出している。
何の話をしているのか深澤は考えていたが、
🖤だって好きなんでしょ
という次の目黒の発言ですべてを理解した。
岩本の様子が今朝からおかしかったのも、収録中、なんとなく渡辺が岩本を見ないようにしていたのもそれが原因だったのか。
深澤はそのすべてに合点がいった。
そういうことなら岩本が頑なに深澤に相談しなかった理由がわかる。
しかし同時に深澤はショックを受けていた。
渡辺が岩本に好意を抱いている…?
深澤はまさかこんな形で自分が追い詰められようとは思ってもみなかった。
実は深澤は密かに岩本に好意を抱いていた。
高校時代から同じ道を一緒に歩んで来た岩本。
深澤の中で友情が愛情に変化するのにそれほど時間は掛からなかった。
しかし深澤は、グループのため、メンバーのためその気持ちは決して明かすべきではないと思っていた。
もしかしたらこうしている間にも岩本に恋人ができるかもしれない。
若干の焦りはずっと深澤の胸にあったが、自分の気持ちを打ち明けることはしなかった。
岩本のためを思えば、素敵な女性と結ばれて、最終的にファンにもメンバーにも祝福されたほうが幸せだと思っていたから。
そしてその日はまだまだ先だろうという油断もあった。
岩本と深澤はよく「夫婦」にたとえられる。
いつからか岩本は深澤を嫁と言い、頼りにしていることをファンに公言していた。
ファンも喜んで岩本と深澤のコンビを「いわふか」と呼んでいる。
深澤はそれが冗談だとわかっていても、岩本に奥さん呼ばわりされるたびについ喜んでしまっていた。
この気持ちはメンバーに決してバレないように。
そして中でも岩本だけには絶対に気づかれないように。
幸いこれまで誰からも疑われることはなかったように思う。
しかし、突如現れた渡辺の存在は深澤の心に新たな迷いを生み出していた。
このまま友達として二人を見守るのか、それとも…。
岩本は渡辺を受け入れるのだろうか。
新たな胸の痛みが、深澤の中に生まれていた。
コメント
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「まきぴよの休憩所」を見てすぐに飛び込んできたけど今回も神作だぁ✨
👍コメントお待ちしてまーす🙋♂️