テラーノベル
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公演のない休日。 磯田は座長に、家族の様子を見に行きたいと申し出た。
「構わないが、傷つくだけかもしれんよ?」
「わかっています」
ならいいがね、と溜息をつくと、座長はメモ用紙に羽ペンを走らせた。
「君のご両親は、今はここに住んでいる」
渡された紙には、住所と、簡単な地図が記されていた。
なぜ知っているのか、とは訊かなかった。
座長との付き合いは長い。
この程度で驚いていては身が持たない。
だから、代わりに磯田は尋ねた。
「二人は引っ越したんですか?」
座長の書いた住所は、本来自宅があるはずの場所から、少し離れた市のものだった。
「いいや。神隠しによって、歴史が変化したんだ。君の生まれてこなかった世界線のご両親は、ずっとこの辺りの地域に住んでいるようだね」
磯田は座長に前借りした給料——ちゃんと日本円だ——を使い、電車で目的地を目指した。
「悪いけど、しばらく隠れていてくれるか?」
磯田がそう頼むと、ブルーは頷き、青い光へ戻って磯田の胸の辺りへとすい込まれていった。
やがて磯田は、メモに記された住所に辿り着いた。
電柱の影からそっと両親の家を盗み見る。
父が、庭で車を洗っていた。
記憶の中の父より、少しだけ老けているような気がした。
やがて玄関が開き、中から同じく少しだけ老けた母と、見知らぬ五歳程の少女が出てきた。
磯田の目は少女に釘付けになった。
妹だ。
自分には、妹がいるのだ。
母は父と笑顔で言葉を交わすと、娘の手を引き、磯田の隠れているのとは反対方向へと歩いて行った。
おそらく、近所で何か用事があるのだろう。
話しかけてみるべきだろうか?
しかし、何と言えばいい?
そうだ、通りすがりのふりをして声をかけるのはどうだろう?
後ろから「すいません、道に迷ってしまって」と呼び止めて——
頭の中を、様々な思いが錯綜する。
しかし——遠ざかっていく母娘を、磯田は結局、その場から動かずに見送った。
一度話しかけてしまえば、自分の感情を抑えられる自信がなかった。
二人の姿が完全に見えなくなってから、磯田はそっと故郷を後にした。
これでよかったのだ。
帰りの電車に揺られつつ、そう自分に言い聞かせながら、磯田は久々に見た両親と、初めて存在を知った妹に思いを馳せた。
サーカスに戻ってきた磯田を、アリーシャは何も言わずに、優しく抱きしめた。
磯田が二十歳を過ぎたあたりから、座長は体調を崩しやすくなり、代わりにアリーシャが舞台に立つ頻度が増えた。
「やれやれ、私も年だな。情けないことだ」
そう言ってベッドから上体を起こした座長は、白いネグリジェ姿で、いつもと違って仮面もつけていなかった。
座長の素顔を見るのは初めてだったが、磯田が想像していた通り——いや、それ以上に美しかった。
「そんな。座長は出会った時から、ずっと若々しいじゃないですか」
「フフ、そう言ってくれるのは嬉しいがね——この姿は魔術で見せている幻覚に過ぎないよ。〝十三人の魔女〟も、今ではその大半が死んだ。どれだけ外法を駆使しようと、時間からは逃げ切れない。ま、悪魔と契約して不老不死となった剣士の噂なんかもあるにはあるが——奴らに頼ると、大抵は碌なことにならないしね。それに私は〝宵闇〟とは違い、生にはそこまで執着はない」
「〝宵闇〟?」
「十三人の中で、最も邪悪で、醜悪で、凶悪な魔女さ。最後に会ったのは随分と前だが、その時は『死を克服する方法』の探求に取り憑かれていたよ」
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コメント
1件
うわあ……今回の話、すごく切なかったです。磯田が生まれなかった世界の家族を遠くから見るだけで、話しかけられないもどかしさ。妹がいるっていう発見も、余計に胸に刺さる…。座長の老いの話も、時間からは逃げ切れないって現実を突きつけられて、重くて静かな余韻が残りました。丁寧に描かれる空気感、本当に素敵です。また読ませてくださいね🌙