テラーノベル
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その魔女は、かつては恐ろしいほどの美貌の持ち主であった。 魔女は娼婦に扮し、とある世界の、とある村を訪れた。
男も女も、すぐに魔女の美しさの虜となった。
魔女は言った。
「別にお金なんか欲しくないわ。私と寝たければ、己の片目を差し出しなさい」
皆、一度だけならと魔女の元へ押し寄せ——やがて村には、全盲の男女が溢れた。
魔女は高笑いと共に、幾つもの世界を渡り歩いた。
やがて、彼女はこう呼ばれることとなる。
人々に漆黒の闇をもたらす存在——〝宵闇〟の魔女、と。
「——とは言え、時の流れは残酷だ。魔術で無理やりな延命を繰り返した〝宵闇〟は、今では世にも恐ろしい見た目になってしまったと聞く。その腹いせに、若く美しい女を攫っては、いたぶって殺しているらしい。嘆かわしいことだ。もっとも——この感情は、同属嫌悪かもしれんがね」
「同属って——座長はそんなことしないでしょう?」
「勿論だ。しかし、不死に興味はない反面、不老に対する憧憬があるのもまた事実。こんな幻を纏い、外見を飾り立てる程度には、ね」
座長は自嘲気味に笑った後、それはともかく——と真剣な表情になって続けた。
「世の中には悪の権化とでも言うべき、おぞましき者共が存在する。そして〝宵闇〟の魔女は間違いなくその筆頭だ。何があろうと、奴には関わってはいけないよ。いいね?」
それから暫くして。
座長は皆を集め、次の様に告げた。
「見当がついている者も多いだろうが——私は不治の病に侵されている。魔力で進行を抑えてはいるが、おそらくはもう長くないだろう。——ああ、心配はいらない。私はもう充分に生きた。運命はとっくに受け入れている。さて、ここからが本題だが——私の古い友人に、同じように異界を巡るサーカスを率いている者がいる。実に気のいい男だ。彼とは既に話をつけてあってね。君達の中で望む者がいれば、後のことは彼が面倒を見てくれるだろう。見た目は鰐によく似た巨漢だが——なに、菜食主義者だから食われる心配はない」
そして迎えた、幻影サーカス最後の公演。
その日の座長は、それまでが嘘の様に体調がよく、久々にステージに立った。
最後ということもあり、ショーはいつも以上の拍手喝采で幕を下ろした。
終演後、テントでは盛大な宴が開かれた。
「やあ、イソダ。楽しんでいるか?」
騒ぎ疲れた磯田が椅子で休んでいると、座長がそう声をかけてきた。
磯田は手にした酒瓶を顔の前に掲げて答えた。
「ええ、とても」
「そいつは重畳」
珍しく酔っているらしく、座長は白い頬をほんのりと桜色に染め、クックックッ、と愉快そうに笑った。
「イソダ——アリーシャを大切にしたまえよ。あれは、いい女だ」
座長はそれだけ言うと、再び団員達の輪の中へと戻っていった。
翌朝。
トレーラーハウスのベッドで座長が亡くなっているのを、起こしにいった団員が発見した。
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#ダークファンタジー
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その表情は、言われなければ眠っている様にしか見えなかった。
団員達に動揺が広がる中、見計らったかのようなタイミングで、どこからともなく葬儀屋の集団が現れた。
彼らは皆、髑髏の仮面で顔を隠していた。
「座長さんはご自分に何かあった時の為に、私共にこちらの封筒を託していました」
中には、団員宛ての書き置きが入っていた。
『誠に勝手ながら、諸君らに私の最後の我が儘を聞いてもらいたい。私が自身にかけた魔法は、死後も数日は効果が持続する。どうか幻による虚飾が剥がれる前に、この身を荼毘にふしてほしい』
そこからは慌ただしかった。
これまた一体どこから聞きつけたのか——様々な世界から、弔問客がぞろぞろと列を成して訪れた。
夕方になり、座長の火葬が執り行われた。
葬儀屋達が呪文を唱えると、棺桶が緑の炎に包まれた。
磯田はアリーシャの肩を抱きながら、いつまでも天に昇っていく煙を見つめていた。
幻影サーカスの解散に伴い、アリーシャは自分の世界に戻る事を決断した。
良い思い出は少なくとも、彼女にとって故郷への思い入れは強いようだった。
アリーシャは磯田に、将来的には孤児院を経営し、かつての自分の様な子供達を救うのが夢なのだと語った。
一方の磯田は、アリーシャに付いていくことに決めた。
生まれ育った土地や、慣れ親しんだサーカスでの生活よりも、アリーシャの隣こそが自分が本当に居たい場所だと思ったからだ。
仲間達が見送る中、アリーシャが魔術で開けた次元の門を、若い夫婦は手を繋いで潜った。
ありがたいことに、アリーシャの世界は磯田の世界と比較的似ていた。
戦争の爪痕があちこちに残り、治安の悪さと衛生観念の低さは随所に感じたものの、彼にとって親しみ深いものが沢山あった。
ビルに車。
電気やガス。
そして——慌ただしくも暖かい、人々の日々の営み。
まずは生活の基盤を固めなくてはならない。
アリーシャは座長から教わった知識を元に、呪術師を生業に選んだ。
彼女は訪れる客に対し、結婚の日取りを占ったり、背中に取り憑いた生霊を祓ったり、自ら調合した薬を売ったりした。
磯田は手先の器用さを活かし、アクセサリーや人形といった工芸品を作った。
それらの一つ一つにアリーシャが魔法をかけ、お守りとして販売するのだ。
接客は主に磯田が担当し、アリーシャに用のある客は店の奥に案内した。
暇な時には、アリーシャも接客を手伝った。
商売が軌道に乗り出した頃、店じまいのタイミングで、一人の客がやって来た。
修道服のような茶色い服を着て、フードを目深に被っていたが、裾口からは蛸のような触手が何本かのぞいていた。
異界からの客だと、磯田には直感でわかった。
肩に乗ったブルーは、騒ぐ様子もなく大人しくしている。
どうやら害は無さそうだ。
アリーシャを振り返ると、彼女も「心配ない」といった表情でコクリと頷いた。
客はしばらく店内を物色した後で、魔除けの首飾りを一つだけ購入し帰っていった。
その日以降、店にはたびたび、人外の存在や、異界からの客が訪れるようになった。
そうした客達は不思議と、必ず他に客が居ないタイミングでやってきた。
ある日のことだ。
「いやあ、この前買った薬飲んだらさ、腹の調子が悪かったのが一発で治ったよ。ありがとうよ」
赤毛の猿が、矯正器具のびっしり付いた歯を見せつけるようにニカッと笑う。
もはや、店では見慣れた光景だった。
「いえ、そんな」
「こちらこそ、いつもありがとうございます」
お礼を言うアリーシャと磯田に対し、猿は、
「いいって、いいって。——ところでさあ」
と、身を乗り出して続けた。
「あんたら、〝境の世界〟の市場に出店する気はないかい?もしも興味があるんなら、俺の伝手で運営側に紹介してあげられるけど——どうだい、悪い話じゃないだろう?」
コメント
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うわあ……第52話、読み終わりました。座長の最期、すごく綺麗で切なかったです。自分にかけた魔法で死後も美しさを保つって、まさに座長らしいなって思いました。緑の炎に包まれるシーン、目に焼きつきました。 それから、磯田とアリーシャが新しい世界で手を繋いで生きていく決意をしたところ、心がじんわり温かくなりました。アリーシャの「孤児院を経営したい」って夢も素敵だし、それを支えようとする磯田の気持ちが伝わってきます。 赤毛の猿がまた出てきて、堺の世界の市場の話を持ちかける終わり方、続きがすごく気になります。2人の新しい生活がどう広がっていくのか、見守りたいです🌙