家族の時間
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世間が年末年始の休みに入る前に、家族5人揃って写真館へ行った。
お姉ちゃんが両親にリクエストした欲しいもの。それは家族写真だった。
てっきり、何か“物”を頼むと思っていたから意外だった。
でも、写真館でプロのカメラマンに撮ってもらうのもたまにはいいよな。自然な笑顔を引き出すの上手だろうし、レタッチとかもしてもらえるし。
おめかしするのかと思いきや、ほんの少しだけ他所行きっぽい普段着みたいな服装で写りたいと言ったお姉ちゃん。
父さんも母さんも、俺も無一郎も、お姉ちゃんの要望に応える。
「はい!ではまいります!3、2、1……」
「お母さん美しいですよー!そのままね!…お姉ちゃんも綺麗です!」
「もう少し角度をつけましょう!あ、お父さんちょっと顎を引いて……そうそう、あ、お兄ちゃんたちももう少し顔をこっちに向けて…」
「いい感じです!では今度はリラックスして、笑顔くださーい!」
「おっ、いいですね〜!そのまま……!」
「はい、じゃあ背景の色を変えますね!」
「…バッチリです!もう1回いきましょう!」
気さくなカメラマンのおじさんに言われるがまま、カメラのレンズのほうを向く。
パシャ!パシャ!
フラッシュが焚かれたり焚かれなかったり。
色んな構図やパターンで写真を撮って、撮影が終わった。
「はい、お待たせしました。写真をお選びください」
スタッフさんに案内されて、大きめのモニターの前に座る。
「苺歌、どれがいい?」
「どれもいい写真ね!」
『うん、ほんとに!…どれがいいかなあ……』
「この写真のお姉ちゃん可愛い!」
「こっちも好きだな〜!」
1枚1枚をじっくり見る。
『……ね、お父さん、お母さん。1枚じゃなくて何枚か選んでもいい?』
「もちろんよ!」
「全部でもいいんだよ!」
『ありがとう』
両親の返答に、嬉しそうに笑うお姉ちゃん。
珍しく迷っている様子で、時間を掛けて写真を選んでいた。
『…これとこれと、あと、これが好き。………データと現像された写真、両方欲しいな……』
控えめに言うお姉ちゃん。
「よし、そうしましょう!」
「すみませーん!決まりました!」
今まで我儘を言わなかったお姉ちゃんが、素直に欲しいものを言ってくれたのが嬉しくて堪らないといった表情の両親。
その後少し待って、購入した写真が出来上がった。
データはQRコードをスキャンしてダウンロードする。
「はい、苺歌」
「ちょっと遅くなってしまったけど、クリスマスプレゼント、 満足してくれたかな?」
『うん、すごく嬉しい……。お父さん、お母さん、ありがとう!』
「見せて見せて!」
「俺も見たい!」
現像されたほうの写真を見る。
普通に写った写真と、にっこり笑った写真と。
お姉ちゃんを中心に、家族がぎゅっと集まった写真。
「わあ…ほんとにいい写真だね!」
『うん。ひと目でこの写真を気に入ったの』
みんなでくっついた写真の中のお姉ちゃんは、とても幸せそうに笑っていた。
帰る途中に立ち寄った雑貨屋さんで3面の可愛いフォトフレームを購入したお姉ちゃん。
帰宅して早速、現像してもらった写真をフレームに入れてリビングの棚に飾る。
そして嬉しそうにそれを眺めていた。
「お姉ちゃん、嬉しそうだね」
「ああ。よかったよな、家族写真撮ってもらって」
中学生になったら自分たちの携帯電話を買ってもらえる約束の俺たち。
その時はすぐこの写真をダウンロードして、待ち受けとかに設定しようと思った。
年が明けた。
家族で初詣に行く。
毎年、初詣は家族みんなで着物を着て参拝するのが時透家の恒例行事だ。
“着付け技能士”の免許を持った母さんと、それを見様見真似で覚えたお姉ちゃんが男3人の着付けをしてくれて、自分も上手に着物を着ていた。
袴は少しだけ苦しいけれど、足袋に草履の鼻緒も少し痛いけれど、俺はこの家族で着物を着て初詣に行く時間がとても好きだ。
「〇〇地区の時透有一郎です。いつも俺たち家族を守ってくださり、ありがとうございます」
心の中で神様に挨拶し、お礼を伝える。
高校生の時にこの神社で巫女さんをしたお姉ちゃんが、神主さんから聞いたことを俺たちにも教えてくれたんだ。
ただお願い事を言うんじゃなくて、ちゃんと名前を名乗って普段守ってもらっていることへの感謝を伝えないといけないんだって。
拝殿に参拝して、両親と姉弟3人は別行動をとる。おみくじを引いて、御守を受けに行く。父さんと母さんは縁起物を受けに行った。
「お姉ちゃん、おみくじ何だった?」
『私ね、中吉だったよ』
「じゃあ2番目にいいやつ?」
『3番目だね。大吉→吉→中吉→小吉…の順番だから』
「そうなんだ!」
「これ結んでいかなきゃだめ?」
『ううん、持って帰ってもいいんだよ』
俺は大吉だったので境内の木に結ばず持ち帰ることにした。
無一郎のは小吉だったらしく、細長く折り畳んで木の枝に結び付けていた。
境内で甘酒のお振る舞いがあったので、一杯ずついただく。
「あったかいね」
『うん。美味しい』
寒さで鼻の先を赤くしたお姉ちゃんが顔をほころばせた。
「あの、すみません」
甘酒を飲み終えて両親との待ち合わせの時間まで境内を散策していると、 知らないお姉さんに声を掛けられた。
「着物姿がとても素敵だと思いまして。…私、こういう者です」
お姉ちゃんが差し出された名刺を受け取る。
『…あ、キメツ新聞の記者さんなんですね』
「はい。もしよろしければ、お三方の写真を撮って新聞に載せさせていただきたくて。…えっと、ご姉弟ですか?」
『はい』
お姉ちゃんがこちらに目を向ける。
『私は構わないけど…2人はどうする?』
「俺は受けてもいいよ」
「僕も。新聞の取材受けるなんてなかなかないよね!」
俺たちの返答に、記者さんは嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます!ではちょっとこちらにお願いします」
他の人の邪魔にならない場所に移動して、なんか色々とインタビューを受けた。
そしてパシャパシャと写真を撮られる。
「ご協力ありがとうございました!明後日の朝刊に載せさせていただきますね」
『こちらこそありがとうございました』
「「ありがとうございました」 」
取材が終わり、記者さんと別れてから両親と待ち合わせる。
今あった出来事を意気揚々と2人に話す無一郎。
帰宅し、リビングで新年特番を観ながら過ごしていると、ふわふわの部屋着に身を包んだお姉ちゃんが家族のもとへとやって来た。
『これ、みんなに』
手渡されたのは御守だった。
両親には交通安全の御守、俺と無一郎には学業成就の御守。
『御守はね、自分で受けるより誰かからもらったほうがもっと力が強くなるんだって。贈った側の人の念が込められるから』
「そうなのね。ありがとう、苺歌」
「もらってばっかりだなあ。ごめんよ」
『いいの。私があげたがりなだけだから気にしないで』
いくつも御守を受けてると思ったら、俺たちへのプレゼントだったのか。
「お姉ちゃんありがとう」
「1年間大事にするね」
『うん!』
俺も今度また神社に行って、お姉ちゃんへの御守を受けてこよう。
「お姉ちゃんの分は?」
『自分で受けたのがちゃんとあるよ』
見せてくれたお姉ちゃんの御守は、両親とは違うデザインの交通安全の御守だった。
高校卒業してすぐに運転免許を取ったお姉ちゃん。父さんや母さんが車を使わない日に、時々俺たち兄弟を乗せてドライブに連れて行ってくれていた。
『もう初心者マークは外すからね。今まで以上に安全運転しなくちゃ』
今のままでも充分安全運転だよ。
俺も早く大人になって運転免許を取って、いっぱい働いてお金を稼いで車を買って、家族を乗せて出掛けたい。
1月3日。
キメツ新聞に、元日に取材を受けた時の記事が載った。
にっこり微笑むお姉ちゃんを真ん中に、すました顔の俺と少し照れたように笑う無一郎の写真。しかもカラーだ。
そこに添えられた文章は……。
【新年を迎え、多くの参拝客で賑わう日輪神社。その中で一際目を引く3人に声を掛けた。きっちりと和装をした3姉弟。美しいお嬢さんと、少し歳の離れた双子の男の子。このご家族は、毎年着物を着て初詣に日輪神社を訪れているそうだ。姉の時透苺歌(ときとうまいか)さん――19歳は、「毎年家族揃ってお参りができて嬉しいです。ごく普通の暮らしができることに感謝し、それを当たり前と思わず、大好きな家族と一緒にいられる時間を大切に大切に過ごしていきたいです」と陽だまりのような笑顔を浮かべた。】
「“美しいお嬢さん”だって〜!」
「当たり前だろ?苺歌は世界でいちばん可愛くて綺麗な娘なんだから!」
記事を読んで、無一郎と父さんがはしゃぐ。
「この写真もよく撮れてるわね!」
『もう…恥ずかしいなあ。“陽だまりのような笑顔”とか……盛りすぎ!』
「お姉ちゃん色んな質問にスラスラ答えててすごかったよ」
母さんも嬉しそうに新聞の記事を繰り返し読んでいる。
俺も誇らしかった。我が家の自慢のお姉ちゃんが大手の新聞社の記事に載ったんだから。
「全国デビューだね、お姉ちゃん!」
『も〜。ゆうくんやめてよ〜。てっきり新聞の隅っこに小さく載るくらいだと思って了承したのに、わりと大きい記事だし…… 』
バツが悪そうに口を尖らせるお姉ちゃん。
“あの日”以降、お姉ちゃんは笑顔以外にも色んな表情を見せてくれるようになって、俺はもちろん、父さんや母さんや無一郎も、 それがとても嬉しかった。
“完璧”を演じようとひとりで気を張っていたお姉ちゃん。でも今は、笑うし、慌てるし、不服そうな顔もする。嬉しそうに目を潤ませたりもするし、空豆の話題が出ると苦い顔をする。
嬉しかった。本当の意味で“家族”になれた気がして。本当の意味でお姉ちゃんが心を開いてくれたように思えて。
特別なことなんか、なくったっていい。
このささやかで幸せな日常がずっと続くことを願う。
父さんがいて、母さんがいて、お姉ちゃんがいて、無一郎がいる。この幸せな日常が、俺は心から大好きなんだ。
つづく
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