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「あの。カルテ室はどこですか? ぼくの検査結果を医療関係者の父に見せてもいいと、今日の夜にお医者さんに言われたんです。でも、明日の朝まで、ぼく自身待てないんです……。きっと、命に関わることだし……。夜も眠れなくて、気になって……。父は一階のロビーで疲れて寝ています」
ぼくは大袈裟に溜息をついて、俯いた。
咄嗟についた嘘だけど、この人を上の階に行かせてはいけないし、カルテ室まで案内してくれればいいのだけど。
「ぼく……。可哀想だけど……。そういうのは大人やお医者さんに任せた方が……」
マスクをした看護婦さんは、俯きかげんに同情してくれている。
額の広い看護婦さんだった。目を細めているから、ぼくのことを考えているのだろう。
「看護婦さん。お願い……。看護婦さんも大人だし……」
看護婦さんは、上を向いて、逡巡する。
「例外……よね。患者第一だし……」
上を向いているから、表情はわからない。
「お願い。明日だと、より気分が悪くなっているよ」
ぼくは無理に明るく言った。
体の感覚が変だ。
「そうね。じゃあ、ぼく。地下一階のカルテ室まで行くわ。お父さんはロビーで寝ているのね。今の時間はお医者さんたちは、救急外来にしかいないの。ナースステーションには、看護婦さんは私を含めて二人だけ。先輩に見つかる前に戻ろうね」
マスクをした看護婦さんはそう言って、急いでぼくを向かいの薄暗い小型のエレベーターに連れ出した。手を握っているからか、看護婦さんの手には温かみが伝わってきた。
エレベーター内は狭く。一人用だったが子供のぼくには、スペースが余るくらいだ。
「本当は地下にもう一人いて、その人にカルテを頼むと機械を使って運んでくれるのだけど。今はこの時間だしね。しょうがないわね」
看護婦さんは本当に優しい人だった。多分、地下へカルテを取りに行くのもいけないことなんだ。
「あのね、なんて病気かは知らないけれど。お医者さんを信じてれば大丈夫」
小型のエレベーターが地下一階についた。
一階よりも更に暗く。照明が乏しい蛍光灯だけだった。
蒸し暑い通路で汗を掻いていると、看護婦さんは壁に添え付けられた懐中電灯を照らした。
乾いた足音が通路に響く。
「ほら、あそこの部屋よ。真っ暗だけどカルテ室と書いてあるの。君の名を教えてね。部外者立ち入り禁止だから。ここで待ってて」
「石井 歩だよ」
優しい看護婦さんは頷き。懐中電灯を揺らしながら走って行った。