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──そんな思いを胸に、高校生活を送っていると
12月の期末テスト間近になり、勉強に集中して沼塚のことを忘れようと考えていた。
まず、沼塚を主体にして考えている時点でダメなのだが
もう見ないようにしよう
考えないようにしようと何度も心に決めたはず
なのに
やはり僕はそんな決意とは真逆の行動ばかりとってしまっている。
そんな自分に心底嫌気がさした。
そんな自分を捨てたくて
「奥村、今から昼?」
「あ、うん」
「なら一緒に食お。最近喋れてなかったし」
「あー…えっと……一人で食べたいから、ごめん」
沼塚を避けるようになってから、前より自分が嫌いになった気がする。
でも、こうもしないと、沼塚を忘れることが出来ない。
だから、仕方ない。
何の変哲もないいつも通りの
帰りのHRが終わると
心の中で自分にため息をついて
憂鬱な気持ちのまま、教室を出ようとすると
「あ、奥村!」
今一番関わって欲しくない沼塚に声をかけられ
「っ……な、何?」
思わず心臓が跳ねるのを抑えながら振り向くと
カバンを肩にかけた沼塚が
「これからみんなでテスト勉強しにスタバ行こうかなって話してたんだけど、奥村も来るでしょ?」
と相変わらず整った顔で言ってきて
まだ席に座って談笑している新谷と久保をチラっと見た後に
「え…えっと」と言葉を詰まらせる。
「もしかしてなんか急ぎの用事あるとか?」
軽く首を傾げてくる沼塚に
「…うん、ちょっと」
と目をそらしながら言うと、沼塚は一瞬眉を寄せて目を細めた後に 眉を下げて苦笑いした。
「そっか…なら仕方ないか」
それを見て胸がぎゅっと締め付けられたのを我慢しながら
じゃあ……と聞こえているかも分からないほどか細い言葉を残して
教室を出ていこうと背を向けると
「奥村、また明日ね」
そこには、僕に笑顔を向けて手を振る沼塚がいてその顔を見て
適当に胸元で手を振ると更に苦しくなった胸を必死に抑えながら急いでその場を後にした。
…用事があるなんて簡易的についた嘘だ。
下駄箱で外靴に履きかえて、外に出ると冷たい風が頬や耳を冷やしてきて思わず目を細め
身震いした。
マスクをしているおかげか顔はそんなに寒くなくて、特権だな、なんてアホらしいことを思う。
もう、12月になり日が沈むのも早くなり始めていて沈みかけた夕日を反射して
オレンジ色に染まった空と校舎を見ながらはぁと白い息を吐いた。
手袋など母に持っていきなさいよーと言われても面倒くさくて忘れがちなため
もちろん今日も手袋など持っていなくて、悴む手を守るようにダウンのポケットに手を突っ込んだ。
前方から誰も人が歩いてきていないのを確認すると、マスクを顎まで下ろして再びはぁ、とため息の交じった白い息を吐いた。
瞬間、冷たい風にあてられて頬をナイフで撫でられるような感覚に
どうしてかとてつもない寂寥感を感じた。
一人で帰るなんて久々だからだろうか。
沼塚と帰るのが当たり前になっていたからか
孤独感がよりいっそう増しているのか。
「だっさ……」
そう独り言を呟いた後、再びマスクで顔を覆う。
その翌日
「奥村、テスト勉強どう?進んでる?」
「あ、うん…ぼちぼち」
沼塚に声をかけられてそう返すと
「そだ、奥村今日の放課後空いてる?久々にさ」
「いや、ごめん、今日も、その」
「え、あ……今日も用事?」
「そんなとこ」
「最近、用事用事って一人で帰っちゃうこと多いけど…」
「…今日は、テスト勉強集中したいからってだけだよ」
そう言うと、沼塚は少し間を開けて口を開いた。
「あー、おけ」
そんな沼塚の申し訳なさそうな苦笑いに胸が痛くなる。
そして、その痛みを紛らわすように僕は目を逸らした。
自分の勝手な理由で沼塚に酷い対応をしていることぐらい理解しているけど
それ以上に、沼塚にこれ以上友達のフリをできる自信が今の僕には無い。
でも、これでいい。
沼塚には友達なんて沢山いるし
僕はその一人に過ぎないわけで
僕じゃなくたっていいんだから。
そんな思いとは裏腹に沼塚の寂しそうな表情が頭にチラついて目を瞑った。
そして放課後になると
(期末テストが近いわけだし
久しぶりに一人で猛勉強してみよう)
沼塚への恋心を忘れるためにも。
って…沼塚を主体に考えている時点で
ダメなのだけど
そんなことを考えて、一人帰宅した。
すぐ部屋に籠って
リュックから取り出したノートを机の上に置くと、筆記用具を出して
教科書を広げてテスト範囲に目を通す。
まずどの教科を勉強するか
数学か、まあこれは後回しでもいいか
心配なやつからしていこう。
そんなことを考えながら教科書を開いた。
キリのいいところまでやると
気付くと5時間ほど経っていて
少し休憩しようと顔を上げて時計を見ると時刻は19時半になっていた。
(思ったより進んだかな)
長時間集中していたからか眠気がやってきていて
欠伸をすると、丁度扉がノックされ
「晋ー?もうご飯できたから降りてきなさいよー」
と母さんの声が扉の向こうから聞こえてきた。
「はーい、今行く」
と返すと部屋を出て階段を下りて
リビングへ向かう。
テーブルには肉じゃがや豚の生姜焼きなどが並んでいて思わずごくりと喉が鳴る。
「いただきます」と手を合わせて箸を持った後
どれから食べようか迷っていると
「そういえばもうすぐ期末だったわね。勉強進んでるの?」
と母さんが真正面から声をかけてきた。
「それなりに」
「そう、頑張るのはいいことだけど、あんまり根詰めすぎないようにしなさいね?」
「うん、大丈夫」
「勉強も大事だけど、友達関係はどうなの?上手くやってるの?」
「新しい友達もできたし、大丈夫だって」
「あらそうなの?でも前は友達と遊んで遅く帰ること多かったのに最近は家帰ってくるの早いから、何かあったのかと思ったのよ」
「別になんもないよ、勉強に集中したいだけだし」
そう返すと母さんは優しく微笑んだ。
(友達…は僕にしてはたくさんできたけど、その一人の男子に恋をしてるなんて言ったら母さん
どんな顔するんだろう)
ただでさえ、手を焼いてきた息子だ。
昔、友達は愚か彼女も出来ないかもしれないと
心配して僕のために夜な夜な悩んでいた母だ。
男が好きだなんて知ったらきっと
ショックだろうな。
(…なんで、なんで僕って普通じゃないんだろ)
そんなことを考えていると
母さんが思い出したように口を開く。
「……あ、そうだ。今年もうあとちょっとで終わりじゃない?クリスマスとかどうするの?」
「え……?あぁー…」
「そうだわ!せっかくだから、うちにお友達呼んでクリパしたらいいじゃない…!」
パァっと目を輝かせて母さんがそう提案してきたので
僕は慌てて「いや、いいよ」と返す。
「なんでよ?」
「だって……」
(だって、なずくんや樹くん、後藤くんならまだしも…)
沼塚を家に呼ぶなんて無理だ
まず、僕は沼塚を友達として見れていない。
家なんか呼べるわけない
そう思うのに
「いいからいいから、せっかくなんだから誘ってみなさいよ。ね?」
「……うん」
渋々頷いて、内心絶対に呼ばないと言い聞かせる。
そんな会話を交わしつつ夕飯を食べ終えると
先にお風呂に入り、自室に戻ると再び勉強机に向かって黙々とテスト勉強を進めた。
(とりあえず1時ぐらいまでしようかな)
机に向かいノートの上で筆を動かすこと数時間後
ベッド越しの壁に掛けられた時計を見ると針は既に1時40分をさしていた。
明日も学校だからそろそろ寝ないと。
そう考えながら伸びをすると、背中がミシミシと音を立てて痛む。
(ちょっと根詰めすぎたかな)
そう思いながらベットに横になって瞼を閉じた。
そんな生活を送ること4日後、待ちに待った期末テストがやってき
土日に10時間勉強したお陰か僕の不安とは裏腹に解答用紙の上で筆はスラスラと走った。
それから1週間後にはテストが返却され
それに伴って順位も以前よりは上がり
ちょっと勉強しただけでこんなに点数が上がるのかと自分の向上した点数を眺めながら
嬉しくもなって手応えを感じながら期末テストは無事終了した。
その日の昼休み
また沼塚が話しかけてくるだろうか、と期待と不安が入り交じったことを思っていたが
新谷たちと話しているようだったので
たまには購買にでも行くかと考える。
実際、それが寂しくもあった。
もう昼に誘ってこないのかな
いや、くれないだろうな。
僕が付き合いが悪いから
もう飽きられてたりするのかな
なんて自業自得すぎる自分勝手な
自己嫌悪を抱えつつ
財布を手に持って席を立った。
そのとき、急に目眩がして視界がぐにゃっと歪んだ。
思わず頭を押えて机に手をつくと
そんな僕の様子を心配してなのか
隣席の久保が「えっ、まーくん大丈夫そ?」
と顔を覗き込んできた。
「だ、大丈夫大丈夫」
と笑って返しながら
(そりゃ急に連日で徹夜したらこうもなるか…)
家帰ったら爆速で寝ようと考えて再び姿勢を良くして歩き出そうとしたとき
視界がぐわんと歪みまたも目眩に襲われ床に膝をつく。
「え…奥村大丈夫?」
そんな沼塚の声が聞こえると肩を軽く支える様に触れられて
「顔色悪いけど、保健室行く?」
と心配そうな沼塚の表情を見て
「だ、大丈夫……ちょっと目眩しただけ」
と誤魔化す。
「でも、顔色悪いよ」
「いや、ほんとに大丈夫だから」
そんなやり取りをしている間に沼塚が僕の額に手をあてて
「ちょっと熱あるじゃん」
と呟いた。
「え……」
なんか熱っぽい感じはするけど
それよりも沼塚に触れられてるのに相も変わらず心臓の鼓動が高鳴るのを抑えられなくて
さらに体に熱を持つ気がした。
「顔赤いし、とりあえず保険室行くよ」
「う、うん…」
そんな声が耳に届いて
沼塚に軽く肩を支えられながら教室を出て
保健室へ向かうとそこには養護教諭の姿はなく。
それでも、とりあえず奥のベッドに座って横になって休みなと言ってくれて僕は促されるままベッドに横になった。
すると、沼塚が手を組んで突っ立ったままポツリと呟いた。
「奥村さ、 最近無理しすぎなんじゃない?」
「えっ?」
顔だけで沼塚の方を見ると
「期末の点数前よりぐんと上がってたじゃん?勉強とか遊び誘ってもなにかと用事あるって断ってたし、相当勉強頑張ったんだなぁって」
「……別に」
「徹夜でもしてたんでしょ、目のクマ凄いよ」
言いながら目元に指を滑らせてくるから
そのしなやかであり冷たい指先にビクッとして
状態を起こして座ると、目線を逸らしながら言った。
「…僕は沼塚みたいに容量良くないから、人一倍頑張らないとってだけだよ」
その言葉は本心からぽろっとこぼれたものだった。
イケメン特有の謙遜の言葉が降ってくるかと思えば、急に頭を優しく撫でられて
「奥村って努力家なんだね」
そのまま長い前髪を分けられ見つめられる。
その沼塚の茶色く澄んだ瞳で見られて
逸らすことなんて出来なくて
余計に体温が上がるのを感じると鼓動は更に速度を上げていく。
そんなとき、静寂を破るように昼休み終了を知らせる予鈴が鳴った。
「やば…次怒らせたらヤバいって言われてる鬼塚先生の授業だったはず…早く行かないと」
なんてぼやいて起き上がり、ベッドから降りようとすると
「奥村はまだ休んでた方がいいって」
と肩を押されて、ベッドに座らされる。
「いや、大丈夫だってこんぐらい」
「大丈夫じゃないでしょ?さっき足ぐらついてた人がなにいってんの」
そんな沼塚の圧に負けることなく立ち上がって圧をかけるように睨み
「沼塚が心配しすぎなだけ」と沼塚の目線目掛けて指をさす。
しかし目の前の男はトーンも変えずに眈々とした眼で
「心配もするよ、友達なんだし」
なんて言って手首を掴んできて
「っ……」
その言葉と、手首から伝わってくる沼塚の体温が
未だ沼塚に恋心を抱いてしまっている僕にとっては苦薬にしかならないと嫌でも感じる。
「本当に大丈夫だってば」
そう言って雑に手を振り解こうとしてもビクともしなくて
「いや、え…離して」
「無理、奥村がちゃんと休むって言うまで離さないよ?」
そう言う沼塚の瞳は曇ったまんまで
僕を捉えてくる。
「ば、バカなこと言ってる暇あったら…!」
「もう、奥村ってたまにすごい頑固だよね」
「誰のせいだと…っ」
「いいから寝てなって」
「ちょっ、無理やり寝かせようとすんのやめ…!」
揉み合いになりかけたところでそのままバランスを崩して
沼塚に手首を掴まれたまま押し倒されるような形でベッドに再び倒れ込んだかと思えば
マスク越しに柔らかい感触を感じて目を見開いた。
(ぬ、ぬぬぬぬ…っ、沼塚、の……くちびる…っ?)
マスク越しと言えどそれは間違いなく沼塚の唇で
突然の衝撃に、思考が真っ白になる。
マスクの布越しに感じる
予想外の温かさと柔らかさ
伝わる微かな湿り気と
吐息の熱さが、混乱した頭の中にじわじわと広がっていく。
沼塚も突然男友達を押し倒す形で
事故チュー的なことをしてしまったことに動揺しているのか、すぐ手と唇を離して
「ごっごめん!」と起き上がったが
それでも僕の脳内は衝撃が多すぎて
ぐるぐるとクエスチョンマークが回って
困惑していた。
思わず口元を手で覆うと、沼塚が慌てたように
「まじでごめん、今のは事故っていうか…」
と声を張り上げてきたので思わず心臓の鼓動を誤魔化すように大声で
「わ、わかってるって!!」と返した。
頬は赤くなるし目を合わせるのが気まずいしで
お互い沈黙しているとちょうど静寂を破るように本鈴が響いたので
「ぼ、僕先に行ってるから」
と立ち上がり沼塚の僕を呼ぶ声を振り切って逃げるように保健室を飛び出して教室に戻った。
席に着くと
「あ、まーくんおかえりー。あれ、沼ちゃんは?」
「し、知らない」
そんな会話を新谷と交わしていると 教室のドアが開き沼塚が遅れて入ってきて席に着くと
久保が話しかける前にちょうど鬼塚先生も入ってきた。
そして、授業が始まってからもずっと沼塚の背中を見つめてしまう自分がいて。
見るな、意識するなと思いながらも頬の熱は中々消えてくれなくて
沼塚を追ってしまう自分の眼球すらシャーペンで潰したくなる。
流石に数分も経てば心臓の鼓動は落ち着きを取り戻してきたけど
それでも頭の中から沼塚のことでいっぱいで
(事故……だし。き、キスにカウントはされないはず…)
それから数日後────
未だ事故チューのことを意識してしまってさらに目を合わせるのが困難になった僕にひきかえ
沼塚はケロッとした顔でいつも通り手を振って「おはよ」と言ってきて
おはよ、と返すが
出た声があまりにも小さくて自分でびっくりした。
気まずくて、授業が始まるまで声をかけられぬように読書に熱中しているフリをするが
正直文章なんて全然入ってこない
だって、まさかあんなことになるなんて
思いもしなかったし
その衝撃が未だに尾を引いていて
もう沼塚の顔さえまともに見れていない状態なのだ。
(だめだ、こんなに好きになっちゃ…だめなのに)
しかしそんな僕の気も知らずか
沼塚は休み時間になるといつも通り昼に誘ってくるわけで。
そのタイミングを見計らって
財布を片手に席を立つ
「奥村、購買行くの?」
「え…うん」
「俺も行く!」
「いや、一人でいく」
「えっ、なんで?」
「い、いいから、今日は一人で食べるから…!」
「お、奥村…!」
そんな会話を交わしながら、弁当と財布を持って早足に購買横の自販機に向かう。
自販機の前まで辿り着くと
いつも通りカフェオレのボタンを押して
しゃがみこんで自販機の取り出し口に手を突っ込んで取り出すと、また来た道を戻り教室へ向かう。
教室の隣の空き教室に誰もいないのと鍵が掛けられていないのを確認して入り
机に弁当とカフェオレ、財布を置いて
扉を閉めると一人席に座った。
そしてマスクを顎まで下げると弁当箱の蓋を開けて箸を握って食べ始める。
前までは忘れようとして沼塚のことを避け気味だったけど、今は完全なる
好き避けだ。
その翌日からも僕は昼休みは一人で食べたり
沼塚に帰ろうと誘われても逃げるように
適当な理由を付けてスタスタと帰るようになり
圧倒的に逃げているのに
それでも沼塚はお構い無しに話しかけてくる。
そんなことが1週間ほど続いた昼休み
「奥村、今日も一人で?」
急に沼塚が教室から出ようとする僕の前に立ち塞がって後方彼氏ヅラしてくるものだから
「いや沼塚、そこ突っ立ってられると邪魔なんだけど」
そんな文句のような言葉を少し強めに言っても退きそうになくて。
「最近ずっと一人で食べるじゃん」
「別に、いいでしょ」
そう言って逃げようとするけど
手首を掴まれて引き寄せられてまた心臓が高鳴る。
「奥村さ、最近俺のこと明らかに避けてるよね?」
そんな質問に言葉に詰まるとさらに顔を近づけてきて思わず顔を背ける。
「そ、そんなことないし」
「嘘。だって話しかけてもすぐどっか行くし、今日こそ一緒に帰ろって誘っても何かと理由つけて
先に帰るじゃん」
(せ、全部バレてる……っ)
「べっ別に、沼塚が気にしすぎなだけでしょ…!」
と返すと、右頬を片手で包み込むように触れられ
「じゃ目も合わせてくれないのはどして?」
「そ、それは……」
なんて答えるのが正解か分からなくて言葉に詰まっていると
頬に手を添えられたまま強制的に沼塚と目を合わせられる。
その瞳はどこか寂しげで、そんな瞳に見つめられて心臓がまた高鳴り出す。
「……っ」
ぶわっと顔に熱を持ち出すのを感じて、どうにか目を合わせないようにするのがやっとで
「また逸らした」
「だ、だって…今、また絶対赤面…してる、から、目合わせたくない、だけで」
必死に手で顔を覆うがそれすら取っ払ってきて
「いいじゃん。奥村の顔、もっと見せてよ」
「な、なにいってんの…こんなみっともない顔…」
「俺は、好きだけどな。奥村のこと」
そんな言葉に思考回路が停止しそうになる。
「え……」
「まあ…だから、奥村に避けられると悲しいし寂しいんだけど…って理由じゃダメ?」
…好き
…ああ、なにこいつ、ずるくないかな
好きって、好きってなに?
友達として…だよね
友達としてって、分かるのに
それ以上の気持ちがないことぐらい
分かるのに
こんな近距離で好きだよなんて言うなよ
そんな目で見ないで
触んないで
優しくしないで
勘違い、しそうになる。
「奥村、聞いてる…?」
「き、聞いてるよ」
しかし、それからというもの僕はさらに沼塚と上手く接せれないようになった。
でも、そんな僕の気持ちなんて露知らずな沼塚は兄弟みたいな至近距離
というかゼロ距離で話しかけてきたり
前より平然と隣に座ってきたりするようになって
心臓がいくつあっても足りないとはこのことで。
そんなこんなで沼塚への恋心が薄れるどころか増していくばかりで
繰り返す自制はまるで機能しない。
抑えても目を背けても
体調や顔色の変化に逸早く気付いて
心配してくれたりするだけでも
その瞳に見つめられるだけで簡単に赤くなって
ただの男友達の一人に過ぎないというのに
沼塚が僕という存在を気にとめてくれるだけで
嬉しくて
それでも沼塚には好きな人がいる
というのもまた事実で
沼塚が他の人間を見ているだけで息をするのすら苦しくて仕方なくなる。
これを恋と呼んでから
その感情はどんどん歪に拡大していった。
よくわからない身勝手な気持ちに
名前をつけた途端安堵して
〝その指先に触りたい〟とか
〝その瞳を独り占めしたい〟なんて
明確で傲慢なこと思ってしまうあたり
そんな自分がみっともなくて仕方ないけれど
全部、沼塚のせいにしてしまう。
叶うはずのない恋なんてものを
してるのはとっくのとうに解っているから
クソ陰キャすぎて詰んでる。
多分、恋に落ちてしまった瞬間から
終わってる恋なのに
沼塚に〝すき〟や肯定の言葉を
もらえる度に馬鹿げた妄想をしてしまうんだ。
でも、もしかして、なんて思う度に
沼塚が女子と話しているところを見かければ一気に現実を突きつけられる。
だから、これ以上好きになりすぎないように
期待しないように沼塚の優しさから逃げたいのに
「奥村、今日はなんの本読んでんの?」
「……前の小説と同じ作者さんの新作」
「お、どんな感じ?」
「もうすぐ読み終えるから、今度貸すよ」
「え、やった約束ね」
「う、うん」
一冊の本だけで沼塚と繋がっていられる気がして
ダメと思いながらも、楽しそうにニカっと微笑んでくれるだけで
友達としてでも共通点があるのはやっぱりどうしようもなく心地よくて
手が触れただけでビクッとしてしまって赤くなる顔をマスクだけじゃ隠せなくなってきている。
そんな僕の表情に気付いてか
「奥村って、赤面するのって緊張したりするときなんだよね?」
なんて、急に聞いてきて
「…そうだけど」
「…え、じゃあさ、もしかしてだけど
この前まで全然目合わせてくれなかったのって
保健室でのキスが原因?」
その言葉に心臓が跳ね上がって
下げていた視線が一気に上がり
「き、キスってあれは事故でしょ…っ」
と、慌てて返した。
「もしかして、意識したとか…なんて」
「な、なわけ…っ」
「え、何その顔、まさか本当に…?」
「違うってば…!そういうんじゃ、ないし」
「でもさ……奥村って…勘違いじゃなければ俺の前で顔赤くなること、多いよね……?」
「いや別に、たまたまだよ」
「じゃあ、今顔赤いのはなんで?」
「…し、知らないよそんなの」
なんて答えれば正解なのかわからなくて口ごもっていると
「……奥村って…さ、俺のこと好きだったりする?」
そんな言葉に思考が停止する。
「は……?」
「いや、なんかさ、最近俺に対しての奥村の態度が前より柔らかくなった気がして」
「それに周りもよく奥村と俺のこと茶化すじゃん?
ほら、前の宿泊研修での薺とか…」
そんな言葉にさっきまで熱を持っていた顔から一気に熱が引いていき手どころか全身氷になったように冷たくなって怯んでしまう。
そんな自分に気付いてか気づかないでか
さらに一歩沼塚が僕に詰め寄るので心臓が痛いほど締め付けられる。
それを悟られたくなくて
「…なずくんのただの揶揄いだし
僕が沼塚のこと好きとかないって」
僕の言葉に沼塚は少し間を開けて笑った。
「ははっ、だよねー。なんか変なこと聞いたかも」
「変すぎるでしょ」
語尾に笑をつけて苦笑いする僕の言葉の真意に
気付かれたくないような
いっそのこと気付いて欲しいような
曖昧な気持ちが心の中で交差したところで
会話は終わって。
次の授業が始まると沼塚も前を向いて座り
僕も授業に耳を傾けるが
内心、心臓はバックバクだった。
(…鋭すぎる、なんとか誤魔化せたけど……っ)
幸いにも次の時間は国語だったのが不幸中の幸いと言えよう。
筆者の気持ちとやらを綴った文章を感情もなく羅列してやり過ごしながら
頭の片隅ではひたすら
【絶対に沼塚に恋してるなんてバレてはいけない】ということを復唱し続けた。
そんな日常を過ごしていたある日の昼休み
教室の自席でご飯を食べ終えて弁当箱を袋に入れ直して片付けようとしていると
「奥村くん、今大丈夫?」
そんな声を背後からかけられて振り返ると
そこにはパックのイチゴミルクを片手に持つ
後藤が立っていた。
「あ、後藤くん、どうしたの?」
訊くと、後藤は言いづらそうに口を動かす。
「あのさ、ちょっと折り入って奥村くんに
相談があるんだけど……いい?」
そんな質問に僕は聞き返す。
「え?話って…?」
「いや、ここじゃちょっと……場所変えよっか」
言葉を濁すから、わかったとだけ言って
弁当袋をリュックの奥底に入れて
片付けを済ますと
席を立ち後藤の後について行く形で教室を出た。
そして着いたのは人気のない階段下のスペースで
「それで話ってのは……?」
僕の問いに「えーと、それなんだけど」
言いながらイチゴミルクにストローを差して飲み始めると後藤が距離を縮めてくる。
そして、僕の耳元に口を近づけると小声で
「奥村くんと沼塚くんについて、なんだけど」
「正直に言わせてもらうと…男同士、友達だからってあんな毎日ベタベタしてんの見てると不快なんだけどって話?」
笑ってはいるけど
目と声色はどう見ても笑っていない後藤に違和感を感じる。
「いや、別にベタベタしてるわけじゃ……」
無意識に身体が硬直し冷や汗が流れ出す。
そんな僕に構わずに後藤はさらに言葉を続ける。
「でも、奥村くんって沼塚くんのこと好きなんだよね?」
後藤の顔がいつの間にか僕の眼前まで迫っていた。
「す、好きって、そりゃ友達としては…」
「別に隠さなくていいよ?」
「え…」
「知ってるよ俺。奥村くんが沼塚くんのこと好きだってこと」
「……っ!?」
「だから、ね?わかるでしょ?」
「な、なに…」
「奥村くんが沼塚くんのこと恋愛対象に見てるってこと、本人にバラされたくなかったらさ……
俺の言う事聞いてくれるよね?」
「な、なんでそんなこと…」
「ね?お願い」
そして僕はゴクリと生唾を飲み込んで下を向くことしかできず、後藤の言葉に俯いたまま頷いた。
「ま、それだけだから。急に呼び出してごめんね」
それだけ言い残して階段を上り教室に戻ろうとする後藤の背を見て
「後藤くんも、まさか沼塚のこと好きなの…?」
なんて突飛押しもないことを聞くと
彼はピタッと足を止め、顔だけで振り向いて
「いや、死ぬほど嫌いだけど?」
真顔で言うものだから
思わずその声の低さにゾクリとした。
固まってしまう僕を置いて彼はそのまま階段を上がって行った。
チラッとみえた横顔は死んだ魚のような目をしていて、どこか悪寒がした。
しかしその悪寒は的中した。
翌日、沼塚に話しかけられいつものやり取りをしているだけで
後藤がこちらに鋭い視線を送ってくるようになり
沼塚と話さない方がいい、と思いながらも沼塚が笑いかけてくれると無視もできなくて。
「奥村、おはよ」
沼塚は相も変わらず笑いかけてきて
「そだ、昨日言ってた本、持ってきてくれた?」
「あっうん、これでしょ?…はい」
そう言えば貸す約束してたな、と思い出し
リュックサックの奥底から本を取り出し
それを沼塚に手渡す。
「ん、読んだらすぐ返すよ」
「そんな、急がなくていいけど…感想は教えてよ」
「おけおけ、あっ奥村、今日って放課後ヒマ?ちょっと話したいことあんだけど」
「え?うん、今日は……」
大丈夫、と返事をしようとしたとき、僕を凝視している後藤くんと目が合うと
「奥村くん、今日は僕と帰る約束だよね?」
と横から割って入ってきて
思わず「え?」と言葉が漏れる。
「奥村くんさ、この前言ったこと覚えてるよね?」
「……っ!」
「あー、奥村、もう帰る約束してた感じ?」
後藤が言っている〝この前言ったこと〟とは沼塚が思っている帰る約束なんかではなく
僕が沼塚を好きだということをバラされたくなければ言うことを聞け、ということだ。
「そうでしょ?」
「そ、そういえば、してたかも」
後藤が食い気味に言うから僕は話を合わせるしか無かった。
でなければ、白昼堂々と沼塚の目の前で
僕の胸の内をバラされてしまう。
「…そうなの?奥村」
「ご、ごめん……実はそうなんだよ」
そう言うと沼塚は少し残念そうにして
「そっか……わかった。」
そんな会話の中、後藤が僕だけに聞こえる声で言う。
〝放課後、隣の空き教室で待ってるから〟と。それがどういう意味かはわからなかったけど
僕はただ黙って頷くしか出来なかった。
そして放課後───……
言われた通りに空き教室に向かった。
鍵は開いているから誰か居ることは確実だけど
人の気配が感じられないことに不気味さを感じつつも引き戸を開けると椅子に座った後藤が待っていた。
「あ……えと、お待たせ」
「はー、やっと来た。今日の班の掃除遅すぎ」
機嫌の悪そうな声で言う後藤の手元をよく見るとスーパーに売られているような硝子細工のようなピンク色のロリポップを持っていて
「そ、それで…なんでこんなところに?」
訊くと、目の前に小さな虫が飛び交っていてうざがるかのように顔を顰めて僕を睨み
ロリポップを歯でカジカジと噛みながら
「あのさあ、俺言ったよね?
ベタベタしてんの見てると不快になるって」
「なのに今日のなに、本なんか借して、俺の忠告無視して一緒に帰ろうとまでしてたじゃん」
そんな彼の冷たい言葉に僕は息を呑む。
「そ、それは……」
言いかけた途端後藤は僕を壁際に追い込んで僕の顔のすぐ横にバンッと足をつき
「言っとくけど俺さ、きみのこともあいつのことも嫌いだからね」
「え…?」
「前まで俺と同じような陰キャだったきみがいじめから解放されたって感じで楽しそうにしてんのムカつくんだよね」
「えっ、な、なにそれ…っ」
「いじめから救ってくれただけの男友達を美化してなにを想ってるんだか知らないけど、あんま調子乗らない方がいいよ」
普段の後藤からは聞いたこともないような毒舌で、脳が混乱する。
「いや、頭が追いついてないんだけど…え、後藤くん、だよね?」
「なに驚いてんの」
「いや…いつもとキャラが全然…違うから」
「ふはっ、いつもキャラ作ってるに決まってるじゃん?こっちが素だから。」
「……っ」
そんな後藤の言葉に絶句していると
彼はため息をついて足を退き
再び席にガタンと座り、足をクロスさせる。
「だからきみが沼塚に恋してるってこと、口滑らせて誰かに話しちゃうかもなぁ」
「そ、それだけはやめて…!」
「やめて欲しいんだったらスマホに着けてるキーホルダー、今俺の目の前で壊してよ」
「は……?」
「それ、沼塚とお揃いで買ったキーホルダーでしょ?そんなん着けてるの見てたら不快だから。」
「……っ」
そんなの、出来るわけない……
「出来ない?」
「……できない」
「あっそ。じゃあもうバラすから。」
「や、やめてってば……!」
「だったら早く壊してよ」
「そんなの、無理に決まって…」
「いいじゃんそんなガラクタ、どーしても良心が傷んで嫌だってならまた俺が壊してあげてもいいけど?」
そう言って嘲る後藤の
〝また俺が壊してあげてもいい〟という言葉に
以前の宿泊研修で久保の言っていた
『クマのキーホルダーゴミ箱に捨てたのって、後藤なんじゃない?』という言葉がリンクする。
「今、また…って……っ、待って…や、やっぱり、前、宿泊研修のときに僕のキーホルダー壊してゴミ箱に捨てたのも、後藤くん……?」
恐る恐る聞くと、後藤は目をニタリとさせて
「なんだ、鈍そうに見えて気付いてたんだ?」
と言う。
その反応に胸が張り裂けそうになると同時に
怒りを覚える。
「どうして、なんでそんなこと…っ!」
しかし彼は淡々と言葉を並べる。
「大体気に食わないんだよ、何も悩みなんて無さそうな顔して飄々と生きてる沼塚が。だから沼塚のことを好きだとかほざいてるきみもうざい。」
一体全体、どうしてそこまで沼塚のことを嫌悪しているんだと聞きたいところだったけど
僕が口を開く前に下校時間を知らせる放送がスピーカーから流れ出す。
すると後藤は椅子から立ち上がって
「とにかく、アイツもきみもさ、自分が気持ち悪いってこと自覚したら?」
そう言い残し、何も言えず俯く僕を一瞥して教室から出て行った。
扉が閉まると、またシーンとした空間と
後藤のトドメの一発のような言葉に胸を押えて
膝を着いた。
スマホにぶら下がるキーホルダーを手の平に乗せて見つめてからぎゅっと握りしめて胸に押し当てる。
(やっぱり…やっぱりこの恋は間違ってる…んだよね)
沼塚の1マイクロ程度の優しさを
1000で受け取って
友達以上の気持ちを抱いてしまった自分に改めて嫌悪感が増した。
純粋に好きを感じたとしても
それはきっと沼塚や他人からして見れば忌まわしい恋心にしか映らない。
ていうか、そんな綺麗なものでもないんだ
(僕は、気持ち悪いんだ)
きっとおかしくて、こんなことを想うこと自体
気持ちの悪いものなのだと
解ったフリをして現実をちゃんと受け止め切れていなかったのか
その重りが一気に全身に降かかるようだった。
(本当に、沼塚と友達でいていいのか、わからない。)
本当にダメかもしれない
気持ちが大きくなりすぎてる。
まだ名前も分からぬ気持ちを抱いて沼塚にドキっとしてた時の方がマシだったろう。
それが何かを知って
知ろうとして
触れたくなって
好きだと自覚して
それが間違いなんじゃないかと不安を抱いて
そのどうしようもない恋心に殺意が湧いて
それでも自分では制御できないぐらいに溺れて
口当たりの良い言葉や仕草にドキドキして
自制を繰り返しては絆されて
終着点を見つけないから
こうやって「気持ち悪い」と言われたときに幻想を抱いていただけの自分に落胆するんだ。
(…またネガティブになってきてる
早く、帰ろう)
そう言い聞かせて教室を出て
無駄な思考をかき消すようにイヤホンを耳にさして適当にyoutubeMusicを開いて
プレイリストからボーカロイド曲を流した。
病んでるときにきくボカロ曲は酷く胸にしみて
誰よりも寄り添ってくれる言葉やリズムがあるから、現実逃避には充分すぎた。
帰宅後
既にテーブルに夕食を並べて母さんと父さんが座っていた。
いつも通り「ただいま」「おかえり」という言葉を交わす。
「遅くなるなら連絡してって言ってるでしょ?ご飯温め直すからね…って、ちょっと聞いてるの?」
その母の声すらも遠のいて
「今日、ご飯いいや」
と二階の自室に向かった。
後ろから母さんか僕を呼び止める声が聞こえたが、正直振り向く気力もなかった。
部屋にこもるとリュックを床に放り投げ
制服のまま仰向けになってベッドに体を沈ませた。
翌日
憂鬱な気持ちで登校すると
沼塚がいつもの調子で話しかけてきた。
「おはよー奥村」
「……っ」
そんないつもとなんら変わりない沼塚を見て僕は思わず顔を背けてしまった。
理由は明白で、また後藤が僕らのことを監視するみたいに凝視していたからだ。
すると、何も知らない沼塚は
「ねえ奥村、昨日言ってた話なんだけど」
と真剣な顔付きで言ってくる。
「放課後、時間ある?話しておきたいことがあるんだけど」
正直、昨日の後藤との出来事を思い返すと気は進まない。
でも、これ以上自分の私情を理由に沼塚を避けるのも、耐えられる気がしないし
友達として最低だ。
(話って…後藤くんが何か言ったとかじゃ、ないよね…もしそうだったらどうしよう)
そう考えるが、所詮自分の心配ばかりして相手のことをなにも考えてないのは僕だったことに気付く。
(…後藤くんの前で話さなければ、大丈夫だ)
……そう自分に言い聞かせて頷く。
「……うん、大丈夫」
「本当?じゃあ、俺掃除あるから
隣の空き教室で待ってて」
「…わかった」
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