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《永結の朝》
最終決戦前夜、女王ロカは悪夢に魘されていた。
ロカの背を、手を、足を、引き摺る怨霊たちの 群れ、群れ、群れ、群れ。
それらは数多の虐殺をもたらしたロカの、無意識の罪悪感が夢として発露したものであった。
その怨霊の群れの 中にひとつだけ、女王ロカのよく知る温かい手があった。
(バル……バルなの…….?)
当然この世界に霊などない。その手はきっと
ロカに残った、最後の良心だった。
(……馬鹿な男、もう遅いわよ。)
およそ6年にわたり虐殺の限りを尽くしてきた ロカは、もうすでに引き返せなかった。
(バル……どうか地獄で見守っててね。)
ロカはそう言って怨霊達の手を振り切ってしまった。
こうして《クイーンズキャッスルの変》の
惨劇が、始まった。
《最後の朝食》
ビショップ•マカロンはいつもより遅く起き、 ゆるやかに式典の準備をした。
マカロンがいつもより遅く起きたのには理由がある。
それは、シトラス王国の風習にあった。 シトラス王国には年長者を敬うことを美徳と する風習があった。
そのため、王国建国を祝う 1月1日に王宮内最古参である ビショップ•マカロンを労ろうと女王ロカが 提案したのだ。
当然、ロカの提案に逆らえるものなど王宮内に一人もいない。
こうして、建国記念日の 朝食はビショップ•マカロンの技術を継承した ビショップ•チョコレイトが取りしきることとなった。
シトラス国内においてビショップの名は料理の真髄を極めた者のみが名乗ることが許される称号であった。
(それにしても、女王陛下が私の肩を揉んでくださるだなんて……。)
正確には、マカロンの肩を揉んだのは
探偵のナイト•クラウンであったが、そんなことはマカロンにとっては些細なことであった。
マカロンの腹がなった。
(それにしても、おなかがすきました。)
シトラス王国の料理長として長年努め上げて
きたマカロンの腹時計はまだ時計の技術の成熟しきれていないシトラス王国のどの時計より遥かにすぐれていた。
もうすぐ式典のはじまりである。
円卓には正装をした女王ロカ、ギャンビット、 ルーク•グリッツファーが座っていた。
(あらあら、私が一番最後ですか、なんだか
気恥ずかしいわ。)
マカロンはおなかに手を当てて照れくさそうに 笑った。
ギャンビットは式典があるからと言う理由で
部下達に戦場を任せ王宮内に戻っていた。
莫大な量の仕事を抱えるルーク•グリッツファーも同様に部下達に仕事を任せ円卓についた。
陛下は周りをオロオロとまわりを見渡していた。
そして女王ロカはふわりとあくびをした。
《ビショップ•マカロンの幸福なフルコース》
「まずは、皆がこのめでたき日にこうして
集まれたこと、心よりお祝いもうしあげるわ。」
式典の挨拶はロカが取り仕切った。
このときばかりは王宮内の堅苦しい決まりを
かろんじる女王ロカもあくびをせず、シトラス王国の作法に乗っ取り、あいさつをした。
「さて、マカロンもおなかが空いているだろうから、朝食にしましょう。チョコレイト、
オードブルを持ってきなさい。」
そう言われたビショップ•チョコレイトは
恭しく一礼し、シトラス王国の作法に乗っ取り皆にオードブルを配膳してみせた。
その所作の美しさはマカロンの所作と同等か、それ以上で あった。
(あらあら、私もそろそろ引退かしらね。)
マカロンは手塩にかけて育てた弟子の成長を
とても誇らしく思った。
ビショップ•チョコレイトがマカロンにオードブルを運んできた。
とても、洗練されていて 美しい所作であった。
だが、その手はほんの少し、わずかばかり震えていた。
(こらこら、いけませんよ。王宮の料理長は
どんなときでも心を乱しては。全くしょうがないこですね。)
チョコレイトの手の震えを見て、マカロンは
慈愛に溢れた顔をして心の中で叱った。
皿に置かれたオードブルを見て、マカロンは
目を丸くした。
(まあ、まあまあまあ…..!!!)
それは、シトラス王家に伝わる秘伝の
サンドイッチだった。
それは当時、マカロンがまだ奴隷だった頃、
鼠と蜘蛛と、時々うごかなくなった誰か
がご馳走だったころ、気まぐれに奴隷市場に
訪れた先々代王バルザード十一世が、気まぐれにマカロンに与えたサンドイッチとだった。
(ああ….このパンの歯触り、レタスとコショウと豊潤なタマゴクリームの風味……陛下(バルザード十一世)が私に与えてくださった食の悦びの味……!!!!)
マカロンは少しばかり昔を思い出した。
【マカロン•オリジン】
そのはじめて食べたちゃんとした食事の味と、 バルザード十一世の掌のぬくもりをマカロンは 一度だって忘れたことがない。
マカロンはそれから運良く上級貴族に拾われ貪欲に食の知識を 学びまくった。
貴族達が残した残飯を食らい 書物庫に無断で忍び込み食に纏わる知識書の 全てと少々の薬草、医学書を読破した。
そうした度重なる研鑽の果て、彼女が17歳の時に王国で行われる食事の腕を競う催しで見事にマカロンは王の寵愛を賜った。
多くのものが途方もなく豪勢な食事を作る中でマカロンが選んだ料理は、サンドイッチだった。
【回想終了】
(ああ….ああ……!!どうしましょう….!!
オードブルだけでおなかがいっぱいになってしまうわ…..!!)
マカロンは悦びの絶頂にあった。
マカロンの 脳内の下垂体後葉から大量のオキシトシンが 分泌された。マカロンは涙をこらえた。
喜ばしい式典で泣くことはシトラス王国では
マナー違反にあたる行為だからである。
「次は特別に私が直々にスープを運んであげるね。」
ロカがそうやってマカロンに妖しく微笑んだ。
ロカの目はほんの少しの慈愛を称えていた。
(…..ああ、陛下、とうとうこの日が来てしまったのですね。)
料理人であるマカロンはその時の女王ロカの
目と似たような目をする人々をよく知っていた。
その目は、十全に育ちきった家畜を出荷し、
屠殺する時の目だった
ドカッと『悪政のロカ』は乱暴にスープを置いた。
それはツバメの巣のスープだった。
「ビショップ•マカロン、貴女を
【バルザード十二世毒殺事件】の実行犯として 逮捕するわ。」
シトラス王国において法そのものである
女王ロカは、そうやって
容疑者ビショップ•マカロンを連行した。