「やっぱりエスパハレは都会でございますね」
リリアンナの横に座る侍女のナディエルが、ソワソワした様子で主人へ耳打ちした。
灰青の川面に架かるアーチ橋、街路樹に絡む若葉の蔦、バルコニーに垂れる色とりどりの春の花々、そして等間隔に並ぶクラシカルなガス灯。
ニンルシーラの野趣あふれる風景とは違う、王都の人々が営む〝見られること前提の暮らし〟が、視界いっぱいに広がる。
――どう飾れば、道行く人々から街並みや、ひいては自分の住居がより美しく見えるか。
そうした意識の痕跡が、そこかしこに溢れていた。
それもそのはず。下手をすると誰にも出会わず村を通過できてしまう辺境とは違い、王都はとにかく――
「……人が、たくさんね……」
それに尽きる。
ニンルシーラでは広大な土地に人々の生活がぽつりぽつりと点在している印象だが、王都はその対極にあった。
「王都はいつだって祭りみたいな顔をして、来訪者を笑顔で迎えてくれる。けどね、実際には礼儀と噂話で出来てる街なんだ」
ウィリアムが笑って肩をすくめると、ランディリックが綺麗な紫水晶の瞳を細めた。
「特に貴族に関する噂話は早い上に尾ひれがつきやすい。――僕も気を付けるつもりだが、不用意な視線からリリー達を守る準備はしておいてくれ」
「承知」
(あれ……?)
〝達〟のところで、ランディリックがちらりとセレンを見た気がしたのは、リリアンナの気のせいだろうか。
リリアンナがその視線を追うようにセレンを見つめたら、まるで待っていたかのように黒髪の青年の紅い瞳と視線が絡んでしまう。
「――っ!」
予期せぬことに慌てて目線を泳がせたリリアンナに、セレンがふわりと微笑んだ。
片田舎に生まれた貴族の三男坊とは思えない気品あふれるその笑顔に、頬がぶわっと熱くなる。たまらず、リリアンナはつい目を逸らしてしまった。
「リリー?」
すぐさまそんな様子をランディリックに見咎められ、声を掛けられたリリアンナは、より一層気持ちをざわつかせた。
ランディリックの、そういう機微に敏感なところが、今はとにかく恨めしい。
「なっ、何でもないわ」
これ以上追及される前に、リリアンナは慌てて視線を窓の外へ逃がした。
川沿いを走る馬車の外では、ガス灯の影を映した灰青の水面が、静かに揺蕩っていた。
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