森の中の開けた場所にて手早く昼食を終えた俺とテオは、早速テオの魔術の強化方法を模索しはじめた。
「えっと……テオは火・水・風・土属性の魔術スキルは習得してるってことだったけど、それぞれの属性の『球系魔術』は、ひととおりいけるか?」
「もちろんいけるよー」
通称『球系』は、『火球』や『水球』など、各属性の魔力を丸い球体の形として具現化する術式のことだ。
ゲームにおける『球系魔術』は「魔術の基本中の基本で、魔術スキルを習得した者が一番最初に練習することが多い術式」という設定で、俺が初めて使う【光魔術】として『光球』を選んだ理由はここにある。
主な用途は、具現化した各属性オーブを敵にぶつけての攻撃だ。
ただし属性や状況によっては他の使い方も確立されている。例えば、『光球』『火球』は輝きを放つため、暗闇での明かり代わりに使うことも可能だった。
「じゃあテオ、試しにオーブ系でどれか使ってみせてよ」
「OK、水球!」
テオの指先に渦巻くように現れる、直径10cmほどの水の球。
「無詠唱で即発動って……まじかよ……」
俺は度肝を抜かれてしまった。
ゲームにおける『魔術』は「それぞれの属性の精霊の力を借り、魔力を操る術」とされていた。【火魔術】であれば火の精霊の、【水魔術】であれば水の精霊の力を借りることになる。
そして、術者のイメージ――その力をどのように発動したいか――を精霊に伝えるための補助として、節をつけて唱える文章を『詠唱』と呼ぶのだと。
とはいえ、これらは“ゲーム内の設定”という域を出ることはなく、あくまで世界観を演出するためのスパイスに過ぎなかったと言える。
事前に設定画面で詠唱を登録してさえおけば、対応するボタンを1度押すだけで『無詠唱――詠唱を省略し無くした状態――』にて魔術を発動できる。
詠唱を省略したほうが発動までの時間が短く戦闘時に有利なため、俺含め大半のプレイヤーは無詠唱で魔術を使用していた。
もっとも「詠唱こそがかっこいいんじゃないか、省略なんて有り得ないッ!!」と熱く主張するプレイヤーも一定数いるけどな……まぁ気持ちはわからなくもない。
だが昨日、現実にて俺が初めて【光魔術】を使った際、“ゲームを真似た無詠唱”は全く通用しなかった。
詠唱を省略するどころか、かなり時間をかけて集中したり、イメージを固めたりしなければ、術の発動自体すらも危うかったのだ。
おそらくここにも神様の調整――ゲームにおいては楽しみを邪魔しそうな要素は排除していた――が働いていたんだろう。
現実における魔術はゲームと違い、ただ詠唱を口に出すだけでは発動しない。
“設定”をふまえると、魔術術式を発動するには精霊の力を借りねばならず、精霊の力を借りるには術者が描くイメージをしっかり伝えなければならない……とでもいうところだろうか。そして詠唱というのは、イメージを伝える際に使う手段なのだ。
対して、無詠唱で瞬時に魔術を発動させてみせたテオ。
つまり彼は『詠唱』という手段に頼ることなく、一瞬で精霊にイメージを伝えきったということ……今の俺にはとても考えられない芸当だ。
俺は素直に、テオのことを凄いと思った。
「……なぁテオ、元から無詠唱で魔術を使えたわけじゃないよな?」
「うん。最初は発動すらできなかったよ」
「やっぱり結構練習したのか?」
「まぁね! じゃ、解除するぞー」
手のひらサイズの透き通る球体として宙に浮いていた水の塊は、テオが術を解除した途端に“只の液体”に戻って落下し、そのまま地面へと吸い込まれていった。
ゲームでは『術式解除=具現化した物体は消滅』が当たり前だったのを思い出す。
「へぇ……現実では術式を解除しても、魔術で出したものは残るのか」
「意識して消さない限り、基本残るよ。だから【水魔術】や【火魔術】の使い手は、特に旅の冒険者パーティーで重宝されるんだよね!」
「なんで?」
「あちこち旅してると、どうしても野宿が多くなるだろ? そんな時、水や火を出せるとそうじゃないのとじゃ旅の快適さが全然違うってわけ」
「あぁ、飲み水にも料理にも便利だもんな。だったら両方使えるテオは大人気なんじゃないか?」
「まぁ生活面ではね。でも俺の場合はスキルが全部LV1だからさ……戦闘じゃ、使い物にならないんだけど」
「そんなことないさ! 今から証明してやるよ」
寂しそうな笑顔のテオを励ますよう、俺は明るく笑った。
ゲーム『Brave Rebirth』において、魔術スキルがLV1だろうがLV5だろうが、使える術式の種類は同じだ。
スキルLVが影響するのは威力のみ。
同じ魔術の詠唱を普通に使った際、スキルLVがひとつ違うだけで、その最大威力は段違いに跳ね上がる。
具体的には、『魔術LV1の最大威力を1』とすると、以下のように『スキルLVの3乗』が最大威力となる形だ。
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●魔術LV1:最大威力1倍
●魔術LV2:最大威力8倍(2×2×2倍)
●魔術LV3:最大威力27倍(3×3×3倍)
●魔術LV4:最大威力64倍(4×4×4倍)
●魔術LV5★:最大威力125倍(5×5×5倍)
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なおプレイヤー有志の研究によれば、「LV1の球系魔術の最大時の直径を1」とすると、「LV5の球系魔術の最大時の直径は5」というように、球系魔術の直径サイズはスキルLVに比例する。
他の魔術術式もスキルLVに応じて概ねその法則に近い体積の増減をみせていることから、「最大威力倍率のみならず、魔術術式で発動する物質の最大体積もスキルLVの3乗 に比例する」という説が有力となっている。
よって魔術スキルを持つ者がその威力を上げるには「魔術をなるべく使用してスキル熟練値を溜め、スキル自体のLVをアップする」という方法が一般的だ。
だが、さっき俺が思い出した1人のプレイヤー。
彼女は「自らが操作する勇者のスキルLVを1よりも上げないようにする」という制限を設けた『縛りプレイ』の元で魔王討伐を成し遂げるべく、普通ならあまり手を付けないであろう“少々面倒な魔術の発動方法”を極めていたのである。
「テオは【魔術合成】っていうスキルを知ってるか?」
「いや、初めて聞いた」
「そうだろうな……でも【万能術】を持ってるお前なら、案外習得してるんじゃないか?」
「待って。確認してみる」
テオが持つ称号“器用貧乏”の解放スキルのひとつ【万能術LV5★】。
これは「称号・アイテムのみで解放可能な固有スキルを除く、全スキルを習得する」というスキルだ。
便利そうに見える反面、あまりにもスキル数が多すぎて、テオ本人すら全てを把握しきれていないみたいだけどな。
ステータスウィンドウのスキル覧を開いてしばらく画面をスクロールしていたテオが、お目当ての【魔術合成LV1】を発見。俺の読みは当たったらしい!
表示されたスキル詳細を確認しつつ、テオは首をかしげる。
「ん~っと……【魔術合成《ハーモナイズ》LV1】の効果は『複数の魔術を合成できる』って書いてあるけど……いまいちピンとこないな~」
「ああ、それはな――」
【火魔術】は火の精霊に、【水魔術】は水の精霊にといったように、魔術は属性ごとに異なる精霊の力を借りて発動する。
通常は「1つの術式には1つの属性しか入れ込めない」のが鉄則だ。
だが【魔術合成】を使うと、その鉄則を破ることが可能。
それぞれ別に発動した2つ以上の魔術を合成することで、同じ属性の魔術の効力を倍増したり、異なる属性・異なる術式の特性を活かした魔術を作り出したりできるスキル――それこそが【魔術合成】なのだ。
ゲームでは、とある依頼をこなすと、その報酬として依頼者からスキル【魔術合成】を教えてもらい習得することができる。
だけどその依頼者自身は、めったに人が来ないような辺境に住んでいて、さらに依頼者以外の人物からこのスキルに関する話題が出ることは一切ない。
よってプレイヤー達からは『【魔術合成】は一般には広まっていないスキルという設定なのだろう』と言われている。
ただしはっきり言って、わざわざ魔術を合成するメリットはあまりない。
というかデメリットのほうが遥かに多い。
ゲーム上において、普通に魔術を使う場合は、ボタンひとつで確実発動できる上、スキルLVさえ上げれば威力も簡単に上がっていく。対して魔術合成は、使用するたびに
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1つめの魔術を発動
→魔術の威力調整
→2つめの魔術を発動
→魔術の威力調整
→スキル【魔術合成】発動
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
といくつもの操作をしなければならず、手間と時間がかかる。
しかも元の魔術の威力調整をするためには、まるで音楽ゲームのように「威力の大きさ毎に定められた面倒なコマンドを、定められたタイミング通りにリズムを合わせて入力する」必要がある。
それをほんの少しでも間違えてしまうと、合成した魔術の威力が減少したり、MPだけを消費し発動した魔術が消滅・暴走してしまったりなど、失敗してしまった時のリスクが非常に高いのだ。
なお【魔術合成】では、やろうと思えば10でも20でも制限なく複数の魔術を合成できる。
しかし合成する魔術の数が増えれば増えるほど、操作がどんどん難しくなっていく。
2つ合成しようとする時点で既に難易度が高い。
3つになった時点で普通のプレイヤーならほぼお手上げになってしまう難易度、合成する魔術の数が増えれば増えるほど難しさがうなぎ登りになるという、まさに至難の業だった。
そのため、わざわざ【魔術合成】を使いこなそうとするプレイヤーは、ほとんど存在せず。
俺自身も一応挑戦してみたものの、手間と失敗のリスクに見合った効果もなかなか得られず、少し試しただけでやめてしまった。
だが『スキルLV上限1という縛りを自らに強いたプレイヤー』にとって、【魔術合成】は魔術で火力を出せる唯一の方法だったのである。
「……と、はっきり言って実戦で使いこなすのはかなり難しいんだ」
「なるほどね……」
ゲーム特有の諸々をごまかしつつ、スキル【魔術合成】の簡単な仕組み、メリットやデメリットなどを俺が説明したところ、テオは少し難しい顔で何やら考え込んでいた。
「どうする、テオ? 無理にやらなくてもいいんだぞ?」
「いや、せっかくだから一応やってみたい。もしすぐできなくても、練習し続ければ何とかなるかもしれないし」
「じゃ、実際に試してみるか……さっき話した通り、合成において最も大事になってくるのは威力調整の精度なんだけど、テオはどれぐらいの精度で調整できるんだ?」
「割と得意だよっ。特に【火魔術】は、細かく威力調整できると料理とかに便利なんだよね~」
「ちょっと実際にやって見せてくれるか?」
「OK!」
森の木々に火が燃え移らないよう、広場の中央あたりに陣取ってから、テオは【火魔術】を使う。
「火球」
彼の人差し指の先に現れたのは、直径10cmぐらいの真っ赤な火の球。
軽く説明しながら、テオはその威力を調整していく。
「これが俺の最大火力。炒め物がおいしく作れる強火だな。こっから少しずつ弱めていくぞ。続いては中火。食材を焦がさずに火を通すには、1番使い勝手がいい火加減だっ! で、お次は弱火。長く煮込みたい時なんかに便利だな。最後はとろ火。スープなんかの保温に使えるすごく弱い火だぜ」
「……ああ」
魔術調整の正確さに感心しつつも、俺は何だか切ない気分になった。
こんなに正確に威力をコントロールできるようになるまでには、相当な修練が必要だったはずだ。
だがテオの魔術は最大火力であっても、強い魔物相手の戦闘では、まるで使い物にならない威力だった。
そして全て『料理の火加減』で調整状況を例えていたことからも、おそらく今まで、彼の魔術が役立つ場面は、料理などの生活面がメインだったのだろう。
強くなることへの憧れを、人一倍持つテオ。
いったい彼はどんな思いで修練を続け、どんな思いで魔術を使っていたのだろう。
そんなことを考えていた俺に、テオが声をかける。
「今の威力調整の感じ、どうだった?」
「ここまで正確にできる奴は初めて見たよ……お前けっこう凄いな」
「えへへ」
嬉しそうに笑うテオ。
「じゃあこっからは、魔術の合成に入るぞ!」
「おう!」
説明用として俺が選んだのは、『同じ属性の魔術2つ』の合成。
威力調整ミスによる失敗判定が発生しないためだ。
ただし失敗する可能性が無いぶん、わざわざ合成するメリットもあまりないのだが……テオの場合は少々特殊だろう。
まずはテオに指示して、両手それぞれ火球を1つずつ、共に最大威力で出してもらった。
合計2つの火球の仕上がりが指示通りの状態なことを確認してから、俺がたずねる。
「……テオ、もしこの同じ威力の火球2つをぶつけたら、何が起こるか分かるか?」
「相殺して、消えるっ」
「普通はそうだな。だけど【魔術合成】を使うと、面白いことが起こるんだ!」
俺はゲーム内での【魔術合成】使用時のコントローラー操作や、キャラの動きを思い出しながら、テオにそのやり方を教えていく。
「今、両手に火球を1つずつ持ってる状態だな。ここで【魔術合成】を発動し、ベースとなる左手の『火球』に向かって、合成素材となる右手の『火球』をぶつける。これでOKだ。いけそうか?」
「うん。いくよっ、【魔術合成】!」
スキルを発動させたテオが、左手に持ったベースの火球に、右手に持った素材の火球を勢いよくバシッとぶつける!
ぶつかった途端、ベースの球がもう一方を吸収するように赤く燃え上がってうねり、一回り大きな火球へと姿を変えた。
「大きさだけじゃなくて、これで火球の威力は元の2倍になったはずだ」
「2倍?!」
「驚くのはまだ早いぞ。【魔術合成】の凄さはこっからだからな!」
大きくなった魔術にテンションを上げるテオ。
無事に成功したのを確認できたため、俺は次の段階に進むことにした。
攻撃威力が上がったとはいえ、せいぜい『2倍』。
一人前といわれる『魔術LV3の威力/27倍』には遠く及ばないのだ。
だけどこれから教えることを自分のモノにすることができれば――
何となく、そんな気がした。
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