第10話「変質は、進化じゃなくてもいい」
登場人物:複数の生徒たち
午前の波域講義が終わるころ、空が淡く揺れていた。
**海上を滑る浮遊式学区「ソルソ学区」**の空は、波の乱れによって“色のうねり”が走ることがある。
教室の端で、**ナギサ=リト(熱属性)**が頬杖をついていた。
髪は炎のように鮮やか、切りそろえた前髪と、やや焦げた袖口。
「また、変質できなかったな」
小声で吐き出すように、ノートに斜線を引いた。
中庭の水草水槽前では、**フブキ=アミヤ(潮属性)**が目を閉じていた。
制服の裾を摘みながら、わずかに足を揺らす。
「わたしの波、濁りすぎてる……」
水槽の前に立つと、感情の波が反射する。
**ソラ=ミナヅチ(波属性)**は校舎裏の貝殻山で、何かを埋めていた。
「“理想の共鳴”なんて言葉、なくなればいいのに」
彼の髪は藻のように濃い緑、サンダルに付いた貝のチャームが揺れる。
放課後の購買前で、**クク=ミール(草食・草属性)は、売れ残った海藻をぼんやり見つめていた。
「食べられない日って、ずっと続くのかな」
手帳には波の共鳴結果:「未反応」**の文字。
でも、それでも彼女は、明日の予約用紙に名前を書いた。
各所で、誰もが変質を求め、変質に失敗し、それでも歩いている。
その夜、食堂で開かれた小さな集まり。
名前もない、共鳴失敗者たちだけの会話。
「成功したって言われても、なんか違ってたら意味ないしな」
「“うまく変われた”って、誰が決めるのかな」
「でも、もし変わらなくても、“残る感情”があるなら……」
“変質”は、進化じゃなくてもいい。
速くなくても、大きくなくても。
ただの“足し算”でも、“分岐”でも、“停止”でも。
それは“今の自分に、別の温度を持たせること”。
夜のソルソ学区は、静かだった。
それでも、誰かの波は、水面下で静かに変わっていく準備をしていた。