テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
1件
ああ、この回はすごかったですね…! 涼架ちゃんのあの一瞬の空気の変わり方、ゾッとしました。いつものふわふわした口調から一転して「言わないでね」って低く静かに言うところ、すごく印象的でした。元貴がついに包帯を解いて妖紋を確かめるシーンも、長年の伏線がようやく回収された感じがして胸が熱くなりました。涼ちゃんも滉斗も何か隠してる感じが気になるけど、それがまた物語を引き締めてますよね。続きが待ち遠しいです!
その日の夕方。
空が、妙に赤かった。
「……変な空」
元貴が後宮の廊下から外を眺める。
いつもと大差ないような夕焼け。
けれど 今日は、何かがおかしい。
空気が重い。
胸の奥に薄い膜を張られたような感覚がある。
「妖気……?」
元貴は目を細めた。
ここよりずっと遠くの 町の外。
山の方から 微かに妖気が流れてきている。
しかも。
「……濃い」
元貴はすぐに札を取った。
その瞬間。
――ドンッ!
遠くで大きな音がした。
「!」
後宮の人々が一斉に騒ぎ始める。
「妖だ!」
「山の方から妖が!」
元貴は走り出した。
⸻
町の外れ。
そこには 一匹の妖が立っていた。
これまで元貴が見てきた妖とは、明らかに違う。
身体が大きい。
人間の姿に近い。
そして、この妖が放つ妖気はこれまでのどの妖よりも濃かった。
「……なんだ、こいつ」
元貴が札を構える。
妖がゆっくり顔を上げる。
「赤眼の陰陽師……」
低い声。
「喋った……」
「当然だろう」
妖が笑う。
「我らは、もう以前の妖とは違う」
元貴の眉が動く。
「……どういう意味だ」
「知らぬか?」
妖が一歩近づく。
「最近、妖が強くなっている理由を」
「何か知ってるのか?」
「知っているとも」
妖の口元が歪んだ。
「すべては――」
その瞬間。
「元貴!」
横から声がした。
滉斗が駆け込んでくる。
「滉斗!」
「大丈夫か?」
「うん」
その後ろから 涼架もゆっくり歩いてきた。
「……涼ちゃん」
「こんばんはぁ」
「こんなときに呑気だな」
「だって走るの疲れるし」
323
「そこ?」
滉斗が呆れる。
妖が二人を見る。
そして その表情が変わった。
「……」
「?」
涼架が首を傾げる。
妖の視線が滉斗へ。
そして 元貴へ移る。
「……なるほど」
「何が?」
元貴が警戒する。
妖が笑った。
「妙な匂いがすると思えば」
「……?」
「二人も揃っていたか」
元貴の表情が僅かに変わる。
「何言ってんだ?」
「分からぬか」
妖は元貴を見る。
「己の中にあるものが」
「……!」
元貴の左手首。
妖の視線がそこへ向いている。
元貴は反射的に手首を隠した。
「…何を見ている」
「お前、知らぬのか。妖紋を」
その言葉に元貴の表情が変わった。
涼架も少し反応する。
滉斗も黙った。
「妖紋….」
「ほう」
妖が笑う。
「知らぬのか」
「何の話だ」
妖は楽しそうに笑う。
「妖紋が己の身体にあることを知らぬのか」
元貴は自分の左手首を見る。
白い包帯 その下に何かがある。
けれど それが何なのかは分からなかった。
「僕が……?」
「お前だけではない」
妖の視線が、滉斗へ向いた。
「そこの男も同じだ」
「……!」
滉斗の手が、反射的に襟元へ触れる。
元貴が滉斗を見る。
「……滉斗?」
滉斗は答えない。
「滉斗にも妖紋があるの?」
「……」
「なんで黙るんだよ」
「元貴」
滉斗が静かに言った。
「今は、そいつを倒すことだけ考えろ」
「でも――」
「元貴」
もう一度。
今度は少し強く。
「後で話す」
その声に、元貴は口を閉じた。
依然、妖は楽しそうに笑っている。
「知らぬのだな」
「……何が」
「己が何者なのか」
元貴の背筋に、冷たいものが走る。
「……僕は陰陽師だ」
「そう思っているのか」
妖が笑った。
「哀れなものだ」
元貴が札を構え直す。
「黙れ」
その瞬間、 涼架が一歩前へ出た。
「ねぇ」
声は柔らかい。
いつもの涼架と変わらない。
けれど、 目が笑っていなかった。
「もういいでしょ」
妖が涼架を見る。
「どうせ君に勝ち目なんてないんだから」
妖の表情が変わった。
「……何?」
涼架は妖艶に笑う。
「還ってくれない?」
「お前……」
妖が涼架を睨む。
そして、 何かに気づいたように 目を見開いた。
「……その気配」
涼架は黙っている。
「まさか……」
妖が一歩後ずさる。
「お前……」
妖の声に 初めて恐怖が混じった。
「……金色…」
涼架の指先が、ほんの少し動いた。
次の瞬間。
――ゴウッ!!
風が爆ぜた。
「――ぐっ!」
妖の身体が地面へ叩きつけられる。
元貴は目を見開いた。
「……!」
札がない。
術式の詠唱すらない。
ただ、 涼架が手を上げただけ。
「涼ちゃん……?」
妖は必死に身体を起こそうとした。
「金色の……九つの――」
「……それ以上は」
涼架が静かに呟く。
その声を 元貴は初めて聞いた。
いつものふわふわした声ではない。
低く、 静かで 有無を言わせない声。
「言わないでね」
次の瞬間。
妖の身体が――金色の光に包まれた。
「――っ!」
元貴が目を細める。
光は一瞬だった。
そして 妖の姿は消えた。
跡形もなく。
まるで、最初からそこに存在していなかったかのように。
⸻
誰も喋らなかった。
しばらくして元貴は涼架を見る。
「涼ちゃん」
「ん?」
「今の 何だったの?」
「何が?」
「最後」
元貴は妖が消えた場所を見る。
「金色の……何とかって」
「聞き間違いじゃない?」
「いや、聞いた」
滉斗は黙っている。
「そっかぁ」
「そっかぁじゃないでしょ」
元貴がじっと見る。
「……何か知ってるでしょ」
「知らないよ」
涼架は笑う。
いつもの笑顔で。
けれど 元貴には分かった。
――隠している。
何かを。
けれど、それ以上問い詰める前に 滉斗が口を開いた。
「元貴」
「ん?」
「今は帰ろうぜ」
元貴は滉斗を見る。
その顔はいつもの滉斗だった。
けれど、涼ちゃん同様 何かを知っている。
それだけは、もう確信できた。
⸻
夜。
元貴は一人、後宮へ戻った。
机の上には 昼間、書庫から持ち出した古い記録がある。
妖紋。
禁忌。
そして 今日の妖が言っていた言葉。
「……金色の九つ……」
呟いたところで 元貴は手を止めた。
「……九つ?」
聞いたことがない。
けれど その言葉を聞いた瞬間。
何故か胸の奥がざわついた。
まるで遥か 昔、自分が産まれる前から 知っていた言葉のように。
「……なんなんだよ」
元貴は古い記録を開く。
一番古い頁。
そこには 掠れた文字が一行だけ残っていた。
――『金色の尾を持つ妖、かつて――』
その先は 破れていた。
「……またか」
元貴は眉をひそめる。
肝心なところだけがない。
それでも、 一つだけ分かったことがある。
『金色の尾を持つ妖』
その言葉に、 元貴は一人だけ心当たりがあった。
「……涼ちゃん」
金色の髪。
金色の瞳。
そして 今日のあの力。
「……絶対、何か知ってる」
けれど まだ分からない。
涼架が何者なのか。
妖紋とは何なのか。
なぜ自分の身体に、それがあるのか。
そして、 なぜ滉斗まで何かを隠しているのか。
分からないことばかりだった。
明日、もう一度探そう。
大森家の書庫にも何か手がかりがあるかもしれない。
元貴は、机の上を見つめていた。
『己の中にあるものを知らぬのか』
「……」
ゆっくりと左手首を見る。
白い包帯。
幼い頃からずっと巻かれている。
昔の記憶を取り戻してからも、これだけは変わらなかった。
涼架が言っていた。
――お守り。
悪いやつから守ってくれるもの。
「……まさか」
元貴は小さく呟いた。
妖が言っていた 自分の中にあるもの。
妖紋。
そして――この左手首。
「……確かめてみるか」
元貴は包帯の端を掴んだ。
今まで、一度も自分から外そうとは思わなかった。
けれど 今は違う。
一度、知ってしまったから。
自分の知らないものが、自分の身体にあるかもしれない。
ゆっくりと包帯を解いていく。
一周。
また一周。
白い布が、少しずつ手首から離れていく。
最後の一巻きがほどけた。
包帯が、机の上に落ちる。
「……」
元貴は息を止めた。
そこには――
黒とも、赤ともつかない色の奇妙な紋様が浮かんでいた。
細い線が絡み合い、まるで何かの文字のようにも見える。
傷ではない。
刺青でもない。
皮膚の下から浮かび上がっている。
まるで、 ずっと昔からそこにあったかのように。
「……これが」
元貴は指先で触れる。
「……妖紋?」
ほんの少しだけ 紋様が熱を持った。
「……っ」
反射的に手を引く。
しかし、何も起こらない。
元貴はもう一度、自分の手首を見る。
「僕に……?」
信じられなかった。
自分は陰陽師だ。
人間だ。
そう思って生きてきた。
なのに、 自分の身体に妖紛いのものがある。
「……僕は、一体……」
そこまで呟いたとき ふと、記憶が蘇った。
小さな自分。
そして、涼ちゃん。
『これ、なに?』
『お守り』
『何から守るの?』
『……悪いやつから』
「……」
元貴は目を伏せた。
あのときから涼ちゃんは、何かを知っていた。
それだけは分かる。
「……涼ちゃん」
無意識に名前がこぼれる。
けれど。
「……何も言ってくれなかったな」
責めるような声ではなかった。
ただ、困惑していた。
涼架が自分に何をしたのか。
この妖紋が何なのか。
そして、 なぜ自分はこんなものを持っているのか。
分からない。
まだ、何も。
元貴はしばらく自分の手首を見つめていた。
やがて。
「……包帯、戻しとくか」
ほどいた包帯を拾い上げる。
けれど巻き直す直前、 ふと手を止めた。
「……いや」
元貴は妖紋をもう一度見る。
そして。
「もう少しだけ、このままでいい」
初めて自分自身の謎と向き合うように。
その紋様を、じっと見つめた。
⸻
その夜。
元貴はまだ知らなかった。
その妖紋が何なのか。
なぜ自分にあるのか。
そして それが、自分の過去と深く繋がっていることを。
⸻
その頃。
誰もいない道では。
先ほど消えた妖がいた場所に、わずかな気配だけが残っていた。
風が吹く。
木々が揺れる。
そして その気配も、夜の中へ溶けていった。
「……見つけた」
誰かを探しているのか。
何を見つけたのか。
その意味を知る者は、まだ誰もいない。
ただ、 静かだった世界のどこかで。
確実に何かが動き始めていた。