時間は止まってはくれない。
何一つ変わらないまま、時は進んでいった。
トラゾーさんが倒れて入院したことは、クロノアさんの方にも連絡が入ってるはずだけどあの人が病院に来ることは一度もなくて。
退院する今日でさえ来なかった。
分かっていてもどうしてと、問答を繰り返すしかできない。
「……」
トラゾーさんも苦笑いして、しょうがないよと少ない荷物を抱えて言った。
痩せた体、無理矢理笑う顔。
全部がトラゾーさんらしくなくて。
「トラゾーさん」
「はい?」
「僕にできることがあれば何でもします」
「えぇ?そんな、いいですって」
大丈夫大丈夫と手を振るトラゾーさんの手を握る。
びっくりして目を見開いていた。
「大事な友達として、僕はトラゾーさんが好きです。だから、泣いてほしくないし傷付いてほしくない。僕の勝手な押し付けかもしれませんが、幸せになってほしい」
「しにがみさん…」
「大丈夫です。ぺいんと神が何とかしてくれますから」
「あ、そういえばあいつ神になってたねぇ」
ふはっ、と吹き出したトラゾーさんに安心した。
まだこうやって素で笑ってくれてることに。
「何があっても僕たちはトラゾーさんの、あなたたちの味方です。…だから、いなくなったりしないでください」
「……俺、勝手にいなくなったりしないから、大丈夫ですよ」
「ホントに?」
「ホントに」
「約束してくれますか」
「約束する」
握っていた手を離して小指を出す。
「じゃあ、指切りしましょう」
「えー、恥ずかしいよ」
首を横に振るトラゾーさん詰め寄る。
「するんだよ、小指出せコラ」
「え…怖…」
自分の小指とトラゾーさんの小指を絡めて指切りする。
「はい、約束ですよ」
「強引だ…」
小指を見つめるトラゾーさんは小さく笑った。
「でも、ありがと、しにがみさん」
「あなたは頼るということを知りませんからね。難しいことかもしれませんけど、たくさん頼れる人たちがいるんですから甘えちゃえばいいんですよ」
「うん」
トラゾーさんの荷物を奪い取って歩き出す。
「あ、ちょっ…そのくらい俺持てますよ」
「僕に持たせてください。ね?」
「……じゃあ、お願いします」
エレベーターを使って降りていく。
外に出ると出入り口前にタクシーを待たせているぺいんとさんがいた。
「おっせーぞ、しにがみ」
「何で僕が怒られんだよ」
「お前が引き留めてたに決まってるからだろ」
「何だと!」
「こらこら、運転手さん困ってるから」
笑うトラゾーさんは運転手に会釈していた。
「お願いします」
「皆さん、仲がいいんだね」
「はい、…とても大切な友人たちです」
運転手にそう話すトラゾーさんが一瞬、顔を顰めた。
すぐにいつもの表情に戻ったけど。
「…?」
助手席にトラゾーさん。
後部座席に僕とぺいんとさんが乗り込む。
タクシーがゆっくりと動き出した。
「トラゾーさん…?やっぱりまだしんどいですか?」
「ん?いえ、もうこの通り元気ですよ」
小さくなった力こぶを見せてくれたが、それでは説得力は皆無だ。
「そんな小さくなったの見せられても…」
「力こぶもねぇお前が言うなよ」
「あんたさっきから僕に当たり強くないです?」
「気のせいだろ」
「ふふっ、ぺいんとが言うのも説得力ないけど」
笑うトラゾーさんを見てぺいんとさんはホッと息を吐いた。
「トラゾーはそうやって笑ってる方がいいぜ」
首を傾げて不思議そうな顔をしていた。
「俺、そんな笑ってなかった?」
「時々ちゃんと素で笑ってるけど、やっぱり表情硬い時あったからさ」
「…ごめん」
「だーから、謝ってほしいわけじゃないんだって。俺らは」
「…ん、ありがと」
照れているのか俯くトラゾーさんを見て、ぺいんとさんと顔を見合わせる。
「可愛いなぁ、照れてんのか?トラゾーきゅんは」
「照れてねぇし…っ」
「トラちゃん可愛いねぇ」
「可愛くねぇです…!」
僕らの会話を聞いた運転手はくすくすと笑っていた。
「すみません、騒がしくして」
「いやいや、いいんだよ。若い子たちの仲睦まじいのを見るの楽しいからねぇ。このご時世と今の世代の子たちは人との繋がり方を間違えることがあるからね。君たちみたいな子を見ていると、何だか安心するよ」
僕たちのお父さんくらいの年齢の運転手はそう言って笑っていた。
「うるさいだけですよ、この黄色の人が」
「やかましいだけですよ、この紫の小さいのが」
「「何だと⁈」」
車内というのに互いに掴みかかる。
「2人ともうるせぇよ」
「善人ヅラすんな、お前もどっちかと言えばうるさい部類だからな」
「高音から低音までデカい声出すのあんたですからね」
「え、急に矛先向いたんだけど」
そこで耐えきれなくなった運転手は吹き出して笑い始めた。
そのままつられるようにして僕たちも笑い出した。
────────────
トラゾーさんの家に着き、運転手にお礼と謝罪をする。
「楽しかったよ。こんなに笑ったのは久々だ」
「いえ、…騒がしくしてしまって本当にすみません」
「ごめんなさい…」
「すみませんでした…」
「謝らなくていいよ。本当に楽しかった、また機会があればいつでも使ってね。…そうだ、これをあげるよ」
運転手は栞をトラゾーさんに渡す。
「これは?」
「娘がね、こういうのが好きみたいでたくさん作ったんだ。お客さんには好評なんだよ」
赤と紫の花が押し花にされて、きちんとラミネートもされた栞。
「可愛い…ありがとうございます」
「こちらこそありがとう」
そう優しげに笑って運転手は帰って行った。
「…ぺいんとたち、どうするの?タクシー帰っちゃったよ」
「今日はお前ん家に泊まるんだよ」
何を言われたのか分からないトラゾーさんは一瞬思考が止まっていた。
「は⁈聞いてないけど⁈」
「言ってないもん」
「ちょ、しにがみさんは知ってたの⁈」
にこりと笑って頷いた。
「今日、トラゾーの様子を見て大丈夫そうなら明日帰るよ」
「言うてトラゾーさん病み上がりですからね?」
「ぅ…」
「心配くらいかけさせろよ。友達だろ?」
「……ご、……ありがとう」
「ん、よろしい」
ぺいんとさんのこういうとこにトラゾーさんも弱いみたいで素直に従うことがある。
「ほら、行くぞ」
「いや、お前が指揮んな」
先に歩く2人を追うようにして付いていく。
その日は楽しい夜を過ごし、僕とぺいんとさんは大丈夫そうと判断して次の日にはそれぞれ帰って行った。
そしてその数日後、トラゾーさんと連絡が取れない、と冠さんから至急の連絡が僕らに入ったのだった。
僕もぺいんとさんも、どうしても外せない用事があって彼の家に行くことができない。
そこで白羽の矢がたったのは、やはりというかクロノアさんだった。
気乗りしないクロノアさんを何とか説得する。
「お願いです。あなたしかいないんです!」
「……冠さんは?他のスタッフとか」
「みんな、僕たちと同じで手が離せないみたいで…」
「………」
露骨に嫌そうな顔をする。
こんなことになる前だったら連絡受けた瞬間から秒で駆けつけていたのに。
「クロノアさんお願いします。トラゾーのこと、頼みますよ…」
僕たちの必死の頼みと、尚且つトラゾーさんと全く連絡が取れないとあれば建前として行かざるを得ないとクロノアさんは判断したようで長い沈黙のあと渋々頷いた。
「………今回だけだよ」
「「ありがとうございます…!」」
でも、この時の僕たちは完全に判断を見誤った。
そして、それを知ることになるには全て遅すぎたのだった。
赤…心配
紫…愚か
コメント
3件
最初は微笑ましく見ててめっちゃにっこりしてしまったw でも途中からトラゾーさんが… 続きが早くみたいです!気になります!!(ポン酢さんのペースに任せます)