テラーノベル
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四月の朝は、少しだけ光が白い。
新しい制服。
新しい教室。
知らない名前。
でも今日、このクラスには一つだけ
“知っている名前”があった。
「でもさー、本当に来るの?」
「神代通一でしょ?」
「追加メンバーで一気にバズった子だよね?」
「本当だったらどうしよう」
「とりまリップ塗ろー?」
「少し可愛くしなくちゃ!!」
まだまだ初回授業中の教室の空気が、朝から浮き足立っている。
高瀬 直は窓際の席で、それをぼんやり聞いていた。
姉からは聞いている。
『同じクラスになるかもね。』
『あの子、すごいよ。』
姉は芸能マネージャーだ。
軽々しく「すごい」とは言わない人。
でも直は、まだ実感がなかった。
そんな子はいない。
そのとき。
ガラッ。
ドアが開く。
担任が振り返る。
「神代、今来たぞー。」
一瞬で、教室の音が消える。
そして、
「ごめんなさーい! 収録ちょっと押しちゃって、!」
明るい声が弾けた。
ぱっと空気が色づく。
小柄な体。
柔らかい黒髪。
くりっとした瞳。
テレビで見たことがある顔なのに、
画面よりずっと透明で、ずっと可愛い。
通一は教室を見渡して、ふわっと笑う。
それだけで、
「……え、やば」
「かわい……」
「本物だ……」
「…!?」
ざわめきが広がる。
けれど本人は、まったく気負っていない。
「あ、入学は出来てるし。でもやっぱ、入学式、出たかったなー。」
軽い。
気取らない。
でも立っているだけで、視線が集まる。
担任が席を指さす。
「神代、あそこ。」
直の隣。
「はーい!」
あそこね-、呟いて、
小さな足音が近づく。
すとん、と椅子に座る。
「隣、よろしくね?」
目が合う。
その瞬間、直は少し驚いた。
瞳が、きれいすぎる。
子どもみたいに丸いのに、
奥に光がある。
自分から発光しているみたいな。
もう、すごい子なんていない、なんて言えない。
…きれい。
「高瀬、直。」
「直くん、ね。なんか、まっすぐって感じ。」
くすっと笑う。
その笑顔は、テレビで見る“アイドルの笑顔”と同じなのに、
目の前だと破壊力が違う。
教室の女子がちらちら見ている。
男子は落ち着かない様子で前を向く。
通一は、自然に姿勢を整える。
背筋がきれい。
指先まで可愛い。
自己紹介の番が回ってくる。
「神代 通一です!つい、って呼んでくれるとうれしいな。」
少しだけ間を置く。
「アイドル、やってます。“かすみ草日和”っていうグループです。」
わざとらしくない笑顔。
「でも学校では普通にしたいし、普通に話しかけてくれると嬉しいな。」
その言い方が、完璧だった。
謙虚。
でも隠さない。
誇らしげでもない。
媚びてもいない。
ただ自然。
拍手が起きる。
本人は少し照れたように笑う。
「え、そんな拍手されると思ってなかった。」
その“ちょっと抜けた感じ”が、また可愛い。
休み時間になると、すぐに人だかり。
「どうやってスカウトされたの?」
「芸能人と共演したって本当?」
「好きな食べ物は?」
「なんでそんなに可愛いの?」
通一は全部、楽しそうに答える。
「電車の中で声かけて貰ったのー。」
「共演は緊張した! お母さんのほうが緊張してたけどねー。」
「好きな食べ物? んーとね、フルーツ好き!」
「えー、可愛いー?ありがと。」
ころころ笑う。
誰も置いていかない。
一人一人にちゃんと目を合わせる。
これが“ファンサービス”なんだと、直は思う。
無意識レベルでやっている。
普通に過ごしたいって、これじゃあ無理だね。
昼休み。
屋上へ向かおうとした直の後ろから、
「直くん、?」
振り返ると、通一。
「さっき助かった。質問攻め、ちょっとだけ、溺れそうだったから。」
なんのことか、思い当たらない。
少し間を置いて、
「みんなに、声、かけてくれたじゃん、?」
笑っている。
でも重くない。
「アイドルなんだろ。」
「うん、そうだよ、アイドル。」
即答。
迷いがない。
その言い方が、きれいだった。
誇らしさも、覚悟も、
全部ひっくるめて。
「好きなの? アイドル。」
直は何気なく聞く。
通一は少しだけ空を見る。
春の青空。
「_うん!!。」
迷いのない声。
「好き。楽しいよ。ステージに立つとね、ああ、生きてるなーって思う。」
それを言う顔は、
作り物じゃなかった。
きらきらしていた。
心から、幸せそうだった。
直は少しだけ笑う。
(本物だ。よかった。)
放課後。
廊下を歩く通一に、他クラスからも視線が集まる。
それでも本人は、自然で、そこがまたいい。
「またねー!」
手を振る姿さえ絵になる。
太陽みたいだと思った。
月のように照らされるのではなく、
自ら光を発する、太陽のよう。
近くにいるだけで、少し明るくなる。
ぼくらは、太陽に、照らされる、月のよう。
光は、発しない。
そのとき、ふと目が合う。
通一が小さく笑う。
さっきより少しだけ、力の抜けた笑顔。
でもまだ、特別じゃない。
これはまだ、
“アイドルの笑顔”。
高瀬直は知らない。
この笑顔が、
いつか自分だけに向けられる日が来ることを。
神代通一も知らない。
この隣の席の少年が、
自分の世界を少しだけ変えることを。
今はまだ。
ただただ幸せで、
ただただ愛されていて、
ただただ、完璧なアイドル。
嘘つきアイドルは、
まだ、
恋を知らない。
コメント
4件
めっちゃ面白い!!