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「それで? ジョーは帰ってこなかったのか?」
しそね町に向かう車にはポジティブマン、あまのじゃく、シェフ、キャプテンが乗っていた。
帽子やかつらや髭。
変装は多様で、服装は様々だった。
デザイナーがコーディネートしたファッションだ。
黒い帽子に暗いメガネ、髭にスポーツウェアを着ているのはキャプテン。
他の勇信とは違って絶対に他人と会ってはならないだけに、キャプテンは夜の街に溶け込む黒で全身を武装した。
――ジョーは堀口課長も探さず、車で出かけてしまった。私がこの目ではっきりと見た。
しそね町の別荘にいるデザイナーが答えた。
「まあ、前向きに考えよう。たまにはひとりになりたいこともある」
助手席に座るレゲエスタイルのポジティブマンが言った。
「なんだ? 多くの俺がいる状況を、ひとりじゃないと定義するんだな? これはまた不思議な見解だ。シェフはこれについてどう思う?」
緑色のシャツとビンテージジーンズのあまのじゃくがハンドルを握ったまま言った。
「それは飲みの席で語ればいいテーマであって、現実はもっと深刻だ。明日の朝食を何人分作らなきゃならないか確定できないんだから……」
後部座席に座るロングヘアのシェフが真剣に悩みはじめた。
「それは深刻な問題だ」
あまのじゃくが舌打ちをした。
「マジメな顔でクソみたいな議論はやめてくれ。おまえたちが俺と同一人物ってことが恥ずかしくなる」
キャプテンは窓越しに真っ暗な田畑を見ながら言った。
――私は待っている。おまえたちが本題に戻ることを。
デザイナーの冷たい声が携帯から聞こえた。
「ビスタの建設が中止になったから、明日には下請け業者のコンテナオフィスも撤収されるだろう。だからできるだけ早く業者に会って計画を進めなければならない。特殊な業務であるだけに、直接会う必要がある」
「ジョーが行方不明なら、今からでもおまえが行ってみてくれないか。デザイナーよ」
――私はすでに訪れてみた。コンテナオフィスへ。誰もいなかった。
「何だ? ならジョーが労働者たちを連れて、どこかで食事でもしながら具体的な話を進めてるんじゃないのか」
ポジティブマンがそう言うと、キャプテンがすぐに答えた。
「そう肯定的な風には思えないな。この車中の会話だけとってもわかるように」
「どういうことだ?」
「知っての通り、俺は話の論点がズレるのが嫌いだ。だがさっきから何だこの体たらくは。時間の浪費以外の何ものでもない」
「口が勝手に変な話を……。俺はどうすればいい」
シェフが悲しい目でキャプテンの横顔を見た。
「論点がズレたのが問題ではない。こうなった以上、備える必要があるってことだ。それぞれ属性がだんだんと色濃くなっているような気がしててな。吾妻勇信という種は同じであっても、徐々に違う実を作っているんじゃないかって心配なんだ」
「その実のせいでジョーが勝手な行動をとって消えたのか? ひとりの時間がほしいんじゃなくて?」
「今までの俺の行動パターン以外を考慮する必要があるってことだ」
キャプテンの言葉に誰も答えず、各自が自分の行動を振り返っていた。
「属性が独り歩きしている……」
キャプテンは窓からの景色を見ながらつぶやいた。
その瞬間、キャプテンは体に異常を感じた。
それがどこかは特定できず、ただ正常ではない動きをしていることだけはわかった。
まるで細胞が裏返しにでもなったような奇妙な感覚だった。
「この感覚……」
静岡県しそね町へと向かう田舎の高速道路。
うしろを走行するトラックが車間距離を詰めていた。トラックのヘッドライトで一瞬車内が明るくなった。
「うっとうしいな、あのトラック」
ポジティブマンが否定的な感情を吐いた。
トラックは煽り運転でもするように、さらに距離を詰めてきた。
「どうした、キャプテン?」
シェフがキャプテンの異常に気づき声をかけた。
「いや、なんでもない。うっ……一瞬めまいがしたんだが、トラックのライトのせいだろう」
「あまのじゃく。少しスピードをあげて、あのクソトラックを先に行けないようにしてくれ」
「ってことは」
あまのじゃくはアクセルをゆるめ、走行速度を落とした。
トラックは待ってましたといわんばかりに、4人の乗る乗用車を追い抜いていく。
「おい! あれ吾妻建設のトラックじゃないか」
「常務も舐められたものだな」
「車が違うだけでこんなに扱いが変わるのか。またひとつ学んだな」
4人乗りの軽乗用車は、カモフラージュのために購入したものだ。
「話ついでにもうひとつ学んでおこう。そろそろスーパーに着くから、それぞれがリストをよく見て買い物をしてきてくれ」
生活必需品担当は、レゲエファッションのポジティブマン。
各種道具類担当は、ビンテージファッションのあまのじゃく。
食料品担当は、ロングヘアサングラスのシェフ。
車の中で待機するのは、キャプテン。
車がスーパーの駐車場に停まると、3人の勇信は楽しそうに店へと向かった。
車中ひとり待機するキャプテンは、寂しそうにそのうしろ姿を見つめてから目を閉じた。
「さっきのあの感覚……何だったんだろうか」
正体不明の不安がよぎったが、キャプテンはすぐに考えるのをやめた。
考え過ぎることで、また新たな勇信が生まれるかもしれない。
これまで感情の高ぶりや、肉体的苦痛が伴うときに勇信は生まれてきた。
だから、決して体と心が揺れてはいけない。
いつも落ち着いて感情を抑え、無理をしないこと。それがさらなる勇信を増やさない唯一の方法だった。
キャプテンの不安は現実となって現れていた。