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#探偵
橘靖竜
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紗良にゃん
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しそね町へと伸びる高速道路――。
吾妻勇信が倒れていた。
道路の脇にある畑で。
その衝撃は、突然やってきた。
勇信が気づいたときには、体が宙に浮いていた。
ぐあああっ!
激しく地面に叩きつけられ、体が車輪のように回った。
自力ではとめられず、なすがままに斜面を転がり落ちた。
ようやく回転がとまると、高大な夜空が視界を埋めていた。
遠くに車のエンジン音が鳴っている。
音は徐々に遠のき、やがて静寂だけが残った。
「くそっ、全裸かよ!」
自分の肉体を見た時、置かれた状況を察知した。
キャプテンから分離したのだ。
今の今まで車内にいた。
煽り運転をするトラックのライトが車内を明るく照らしたはずだった。
その直後に突然斜面を転がりはじめたのだ。
つじつまが合わないような状況だったが、それがどういう状況であるか、勇信は把握した。
車の中にいるキャプテンが増殖した。
その場所が、ちょうど車の外だったのだ。
服は消え、一瞬ではあるが勇信は空中に座っていた。
すぐに重力により落下。
その場所が斜面であり、あとは慣性の法則によって空き缶のように転がっていった。
車は60キロほどで走っていた。
結果的に外に放り出された勇信の体には、その分の衝撃が加えられたのだ。
転がり続けてようやく停止したのは、幸いなことに畑だった。
体のあちこちが痛んだが、どうにか死なずに済んだのは、運が味方したより他ない。
「もしも道路側に落ちてたら……」
おそらく全身の骨は砕け、トラックの下敷きになっていただろう。
「もしガードレールの真上で増殖していたら……」
落下の瞬間に体は真っ二つに切れ、半分は道路に、半分は畑に転がっていただろう。
「助かった……」
勇信はちょうど半分の月に向かって、安堵のため息をついた。
再び道路にエンジン音が聞こえたため、上半身を起こして眺めた。
車のヘッドライトは思ったより遠くにあった。
これだけの距離を転がってきたと思うと、生きていることはやはり幸運に違いない。
勇信はひざに手を当てて立ち上がった。
うぐぐっ……。
体全体がムチ打ちにでもなったようだった。
どこか骨折した箇所がないかの確認の終えると、全裸で畑に捨てられた現実が怖くなった。
勇信は草の中に身を隠した。
夜10時。
東京の家に沈思熟考を残し、しそね町の別荘へと移動する道中。
自分はひとり取り残された。
一糸まとわぬこの状態をどうすればいいのか。
自分はもうキャプテンではない。
となると、自分はどんな属性を持っているのか。
キャプテンの計画通りなら、そろそろシナリオを書くのに特化した勇信が生まれてもおかしくない。しかしシナリオなど、考えたくもない。
「俺は、絶対にシナリオライターではない」
俺は異なる属性を持って生まれたに違いない。
なら、俺は?
勇信は草むらに隠れたまま、30分ほど考え続けた。
時間を重ねるごとに、細胞が変わっていくような実感があった。
これまでの過去を振り返り、これからすべきことを考えるほどに、今までとは違った思考が存在することに気づいていく。
頭の中でどんどん大きくなっていくのは、「リスクコントロール」。
「そうか……」
勇信はようやく考えることをやめ、歩き出した。
周囲を見渡しながら、どこかに民家がないか探ってみる。
遠くに小さな集落のような場所を見つけた。
時間は深夜帯。
すでに明かりは消えている。
集落に踏み入ると、家々を眺めながらターゲットを絞った。
めぼしい一件の家を見つけると躊躇なく侵入し、前庭に干してあるTシャツとズボンを盗んだ。
「布ならなんだっていいさ」
そうつぶやきながら、路地に隠れて盗んだ服を着た。
「しそね町まで車であと一時間とか言ってたな」
携帯電話をもたない状態では、正確なルートを知ることもできない。
また所持金もないため、公共の交通手段を利用することもできない。
勇信は再び、自分が増殖した道路へと戻った。
通り過ぎる車のライトを頼りに、静岡県の方向に歩くしかなかった。
全身がきしむように痛んだ。
格闘技のスパーリングとは違う種類の痛みだった。
なるべく早くしそね町に到着しなければならない。
しかしまだ走ることはできないため、一歩ずつ大地を踏みしめながら先へと進むしかない。
「属性は……おそらくリスクコントロール。今後すべての勇信が安心して暮らしていくには、どうするべきか」
勇信全体が危険にさらされたときに、彼らを守る属性は別にいる。
物理的な脅威から勇信を守りたいというブルース。
全員の安全を確保するためのシナリオを構想するキャプテン。
しかしそのふたつの方式は、どうも自分とは合わない。
ブルースの属性は、実際に危機が迫った際に光を放つだろう。
キャプテンのシナリオは、より先の未来のための道しるべとなるだろう。
俺は……?
俺が欲っするのは……?
道端に捨てられた空き缶を裸足で踏んだ。
クッ、クックックッ。
心の中にある小さな種が、大きく育ちはじめた。
「そういや、車の中で言ってたな。種は同じでも、違う実を結んでやしないかって」
違うな。
種、それ自体が違った。
この俺は、おまえたちのように温厚ではない。
新たな勇信は、真っ暗な道の途中でとまった。
ふつふつと湧き起こる怒りが、勇信の歩みをとめていた。
畑に転がってから少しずつ熱を帯びた怒りが、ついにここで沸騰したのだ。
「クソが! ふざけやがって! なんで俺がこんな状況に立たされなきゃなんないんだ!? 俺は吾妻グループの常務として堂々と生きたかっただけだ。それなのに何なんだこのザマは! 誰にも会えずにずっと家に閉じこもって、飯もクソまずいし! ふざけるな! 何なんだよ、いったいよぉ!」
勇信は頭を押さえながら叫んだ。
誰もいない夜の道路に、悪態が響き渡った。
周辺に民家もなく、通う車もない閑散とした場所だった。
自分の声が聞こえない場所をわざわざ選んだことが、さらなる苛立ちにつながった。
「いつもいつも用心してばかり! 息をすることまで気をつけて、周りを気にしてばかりだった! こんなの人が生きるべき姿じゃねぇだろ!」
ウガアァァァァ!
喉が焼き切れるほどの叫びが、空気を揺さぶっては消えた。
わかった……。
俺は、自分の属性を完全に把握した……。
「リスクコントロール」
そうつぶやく。
「ただし、この俺だけが可能なリスクコントロール! そう! もうこれ以上、吾妻勇信を増やさないことだ!」
「俺がとめてやる! この俺が、この忌々しい増殖の元を根こそぎ燃やしてやる!」
「……すまん。俺たちの安寧のために、犠牲になってくれ」
「殺す! 俺がキャプテンを殺す! 俺たちの未来のために、母体を殺してやる!」
勇信の足取りが突然軽くなった。
痛みを黙殺したのは、“責任感”だった。
細胞が、ゴーサインを出したのだ。
自らの正義を実現するために、勇信は田舎の道路を駆けていく。
「すまん……! 殺す!」
新しく生まれた勇信、“暗殺者”がしそね町へと向かう。