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「あッ! ルベルちゃんッ!? ルベルちゃんですねッ!?」
マーカスが奇声を上げた瞬間、チリーは全身に怖気が走るのを感じた。
「触らせてッ! なでなでさせてくださいよォッ!」
「ふざけんじゃねえよ気持ちわりーなテメエはッ!」
怒声で返しながらも、微妙にマーカスから距離を取るチリーを見て、ミラルは苦笑する。
チリー達は、ウヌムの洞窟へ向かう前に捕らえた三人のエリクシアンの様子を見ることに決めた。
戦闘後、改めてミラルによって魔力を根こそぎ奪われた三人は、チリーからすれば完全にただの人間としか感じられない。もう、魔力を一切感じられないのだ。
チリー同様ある程度魔力が探知出来るサイダも、この三人は現状人間だと判断している。
場所は、里の片隅で、ほとんど何もない空き地のような場所だ。ゲルビア兵達はこの場所で縛られて適当に転がされている。サイダ曰く、殺されてないだけマシと思え、とのことである。
「やあ、会いに来てくれて嬉しいよ。約束通り一杯奢ろうか?」
「いらねーわよ。顔だけの男に用はないわ」
「そう思われているのは心外だね。ロープを解いてくれたら、この手で君を昇らせてみせるよ」
「セクハラ。死刑」
ピシャリと言い放つシアに、ゲイラは縛られたまま肩だけすくめて見せた。
エトラの方は、相変わらず一言も喋らない。というよりは、傷がひどすぎて喋る余裕がないのだ。最低限の治療だけが施され、今もその場に転がされている。
「……どう? チリー、魔力は回復してる?」
「してねえな……。ただの人間だ」
「それはそうでしょう。我々の魔力は、根本から奪われていますからねぇ」
そう答えたのは、以外にも先程まで奇声を上げていたマーカスだった。
「エリクサーでエリクシアンになった人間は、本来魔力を持ちませんからねぇ。エリクサーは、エリクシアンの体内に物理的には存在しない、魔力を生成するための器官を作り出します。我々の研究所《ラボ》ではこれを”魔力炉”と呼んでいます」
ペラペラと喋り始めるマーカスに、チリー達は呆気に取られている。それでもマーカスは、そのまま話し続けた。
「エリクシアンの魔力炉は恐らく、魔力で作られています。ですので、体内の魔力を根こそぎ奪われるということは、魔力で作られた魔力炉ごと奪われたということになるんですよねぇ」
「……ってことは何よ。アンタらはもう魔力が作れないから、エリクシアンには戻れないってこと?」
シアが問うと、マーカスは満足げに首を縦に振る。
「そうですッ! 賢いッ! 賢いなァ! あなた、猫チャンになりませんかッ!?」
「なんなのこのセクハラ集団」
汚物でも見るかのような視線をマーカスに向け、シアはささっとミラルの後ろに隠れた。
「シア、そいつに他意はねえぞ。本気でただ猫になってほしいっつってる」
「余計キモいわ!」
マーカスについてあまり意味のないフォローをしつつも、チリーはマーカスの話を噛み砕いていく。
エリクシアンと魔力については、わかっていないことが多かった。今マーカスがした話が真実なら、チリー達にとってはかなり貴重かつ重要な情報である。
エリクサーを飲んでエリクシアンになった人間の体内には、魔力炉と呼ばれるものが形成される。それは物理的な器官ではなく、魔力によって形成された擬似的なものだと言う。エリクシアンは、その魔力炉を用いて魔力を生成し、身体能力、生命力の強化を行い、特殊な能力を発現する。
しかしミラルの聖杯は、魔力を完全に奪い取ることが出来る。魔力で作られた魔力炉ごと奪ってしまうため、奪われたエリクシアンは魔力の生成そのものが不可能になり、ただの人間へ強制的に戻されてしまうのだろう。
(……なら、ミラルの体内の魔力は今どうなってんだ……?)
薄々、チリーはミラルから魔力が感じ取れるようになっていることに気づいていた。出会った時は間違いなくただの人間としか思えなかったミラルだが、今はエリクシアンから奪ったことで蓄えられた魔力が感じられる。
(それに聖杯は、ただ魔力を出し入れしてるわけじゃねえ。でなきゃこいつが、俺の魔力を今まで増幅させていたことに説明がつかねえ)
魔力を出し入れしているのなら、誰からも魔力を奪っていなかったミラルが、チリーに魔力を与えることは出来ないハズだ。
だとすれば聖杯は、魔力を与えているというよりは、ただ増幅させている可能性がある。
(……聖杯は得体が知れねえ)
ミラルはこのまま聖杯の力を使い続けるつもりでいるだろうが、それにはどんなリスクが伴うかわからない。
魔力をノーコストで増幅させ、相手から強引に奪い取る聖杯。元々魔法遺産《オーパーツ》が人間の道理の外にあるとは言え、これは明らかに規格外だ。
「……チリー」
考え込むチリーに、シュエットが真剣な表情を見せる。恐らくシュエットも聖杯や魔力について考えていたのだろう。互いの意見を交換しようとチリーが向き直ると、シュエットは顔をしかめていた。
「つまり……どういうことだ?」
一気に気が抜けて怒鳴りそうになるのを一旦堪え、チリーはシュエットの肩に手を置く。
「あとで説明してやる。静かにしてろ」
「……ああ!」
シュエットがよくわかってなかった一方で、当事者であるミラルはやはり何事か考え込んでいるようだった。
「ミラル……大丈夫か?」
チリーが少し心配げな視線を向けると、ミラルは思考を打ち切って慌てて笑顔を見せる。
「大丈夫、大丈夫よ! ちょっと、驚いただけ……」
聖杯の力はあまりにも強大過ぎる。何か新しい情報が手に入る度に、ミラルが背負った運命の重さを思い知らされてしまうのだった。
チリーがミラルと聖杯のことを考えている内に、いつの間にかシアが再びマーカスに詰め寄っていた。
「つーか、なんでそんなことペラペラ話すのよ? 機密じゃないの?」
「機密ですよッ! 賢いなァ! よくわかってますねェ!」
「こいつ殴っちゃ駄目なの?」
何か問題があるかと言われれば特にないが、これで一応捕虜扱いである。ひとまず堪えて、シアはマーカスとの会話を続ける。
「死にたくないですからねぇ。我々が既に無害な人間であることを示しておかなければ、エリクシアンに戻らない内に殺してしまえ、と判断するのが合理的ですからねぇ」
「……まあ、そうね」
実際、魔力が僅かにでも戻る兆しを見せれば三人共処刑する、というのがサイダの指示であり、里の総意である。
しかしウヌム族は、本来不要な殺生を是としない部族だ。それが例え報復の処刑であったとしても、命そのものを尊ぶことがウヌム・エル・タヴィトの遺した思想なのだ。そのため、三人がエリクシアンとしての力を取り戻せないのであれば、無理に処刑する必要はなくなってしまう。
「……虫の良い話だな。テメエら、自分が何やったかわかってンだろうな?」
マーカスを見下ろし、鋭く睨みつけるチリーだったが、マーカスは動じる様子は見せなかった。
「わかっていますとも。ですがその上で生きたいと願うことは生き物の性ですからねぇ」
堂々と開き直るマーカスには嫌悪感を覚えたが、だからと言って殺してしまうのが正しいとはチリーにも思えない。やり場のない感情を頭の隅に追いやるようにして、チリーは思考を切り替えた。
「無害を主張すンなら、ついでに知ってること洗いざらい話しな。ゲルビアは何故賢者の石が現存していることを知っている? テメエらエリクシアンの能力も知ってる限り吐け」
他にも聞くべきことは山程ある。生け捕りにしたのなら、出来る限り情報を吐き出させたい。
しかしマーカスもゲイラも、その問いには首を左右に振った。
「エリクシアン同士で能力を説明するのはタブーに近いんだ。帝国ではいつ味方に寝首をかかれるかわからないからね」
ゲイラはそう言ってわざとらしく嘆息して見せる。
「それに、君達が欲しがっているような情報は持っていないよ。認めたくないけど、僕らは末端だからね。代わりに僕の顔の良さで手打ちにしてくれないか?」
「わかった」
ノータイムでゲイラの顔面にデコピンをぶち込んで、チリーは背を向ける。
これ以上ゲイラ達と話していても埒が明かないだろう。
「後は、ウヌム族の人達に任せましょう。この状態なら、もう抵抗も出来ないハズだわ」
複雑そうな表情を見せながらもそう言うミラルに、チリーは頷いて見せる。
「行きましょう。確認するべきことはしたし、あまり話していたい相手じゃないわ」
「……そうだな」
ミラルに促され、一行はその場を立ち去った。
***
ウヌムの洞窟は、里の奥深くにある。適当に歩いて見つかるような場所ではなく、肝心のシアは場所を覚えていない。
そのため、チリー達はウヌムの洞窟へ向かうまでの案内人を募ることになった。
里の人間はチリー達を英雄扱いしており、我こそはと案内役を立候補する者が続出したが、最終的には護衛もかねて戦士であるバルゴという男が担当することになった。
「俺はウヌム族の戦士、バルゴだ。チリー殿、ミラル殿、シュエット殿、そしてシア……里を救ってくれたこと、心より感謝する」
バルゴは、屈強で大柄な浅黒い肌の男だった。鋭く、頑丈な石製の槍を背中に下げており、チリーやミラルからすれば見上げるような体格の男だ。
そんな彼が、深々と頭を下げている。
「礼にもならんかも知れんが、洞窟までは俺が護衛し、案内する」
「頭を上げてくださいバルゴさん。今日はよろしくお願いしますね」
そう言って微笑むミラルに、バルゴは顔を上げて微笑み返す。強面だが、柔和な笑みからは穏やかそうな印象を受ける。
もっとも、昨晩ブチギレてマーカスの耳を片方ぶち抜いたのはこのバルゴなのだが。
「ちょっとバルゴー、あたしにも殿をつけなさいよ」
「里抜けは重罪だ。今回の件でチャラに出来るか微妙なところだぞ」
「お硬いことで。どーせ一段落したら出てってやるわよこんなとこ」
わざとらしくそんな態度を見せるシアだったが、バルゴはシアの視界の外でどこか嬉しそうな表情を見せる。
「相変わらずだな。大ババ様はあれで寂しがっておられた。出発するなら、その前にもう一度話をしておけ」
「考えといてやるわよ」
素っ気なく答えるシアだったが、声音がほんの少しだけ上ずっている。態度は素直じゃないものの、案外わかりやすい女なのかも知れない。
バルゴの案内を受けて、歩くこと数十分。集落からかなり離れた場所に、茂みに覆われた小さな洞窟があった。
辺りは木々が生い茂っており、パッと見では洞窟がどこにあるのかわからない。
「この洞窟は、ウヌム様が生前ご自身の魔法でお作りになられたものだ。この中に、ウヌム様のご遺体が安置されている」
「……何百年も前のモンだろ? 原型残ってンのか?」
「残っている。これに関しては説明するより自分の目で見た方が早い。俺はここで見張りをやる、四人で行って来てくれ」
バルゴの言葉に頷き、チリー達はゆっくりと洞窟へ近づいていく。
そしてすぐに、チリーは洞窟の中に魔力を感じ取った。
「……魔力だ。洞窟の中から感じる」
「え!?」
一瞬エリクシアンを連想して驚くミラルだったが、チリーはかぶりを振る。
「いや、エリクシアンじゃねえ。なんだこの魔力……」
「一応警戒しておこう……ミラルさん、下がってください」
シュエットに促され、ミラルは数歩下がった。
「……心配しなくて良いわよ。多分それ、ウヌム様の魔力だから」
そんな中、シアはあっけらかんとそう言い放つ。
「はぁ? ウヌムは死んでンじゃねえのか?」
「死んでるわよ。身体はね」
言いつつ、シアは茂みをかき分けて誰よりも先に洞窟の中へ入っていく。それを追いかけて中へ入り、チリー達は予想もしていなかった光景を目にした。
「これは……!」
小さな洞窟の中には、びっしりと赤い水晶のようなものが張り付いていた。どれも濃い、血のような赤色の水晶だ。
そして洞窟の最奥には、赤い水晶に包まれるようにして、一人の男があぐらをかいて座っていた。
一人の男、というと少し語弊があるかも知れない。その男は、明らかに既に死んでいたのだから。
痩せこけた身体に落ちくぼんだ眼窩。ほとんど骨と皮だけのソレは、まるでミイラのようだった。
この遺体こそが、ウヌム・エル・タヴィト。
ウヌム族の始祖にして、かつて大陸を支配していた三人の原初の魔法使い《ウィザーズ・オリジン》の一人である。