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#だてなべ
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……どれくらい、眠っていたんだろう。
最初に感じたのは、消毒液の匂いだった。
鼻にツンとくる、無機質な匂い。
次に、規則的な電子音。
ピッ、ピッ、ピッ……と、一定のリズムで鳴っている。
「ん……」
喉が、やけに乾いている。
体も重い。思うように動かない。
ゆっくりと、まぶたを開けた。
「……あれ」
暗い。
何も、見えない。
瞬きをする。何度も、何度も。
でも、変わらない。
真っ暗なまま。
「え……?」
息が、浅くなる。
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
「……なんで……」
体を起こそうとするが、腕に力が入らない。
かすかにシーツが擦れる音だけが、やけに鮮明に耳に残る。
「誰か……」
掠れた声で、そう言ったとき。
ガラッ、と扉の開く音がした。
「佐久間さん、目が覚めましたか」
落ち着いた声。男の人だ。
「…ここ、どこ…ですか……」
「病院です。昨夜、交通事故で運ばれてきました」
―――事故。
その言葉で、記憶が一気に蘇る。
ブレーキ音。
眩しい光。
衝撃。
「…俺……」
喉が震える。
一番聞きたくないことを、聞かなきゃいけない。
「……なんで…見えないんですか………」
少しの沈黙。
その“間”が、怖かった。
そして、医師は静かに言った。
「外傷性白内障です」
「え……」
「事故の衝撃で目に強いダメージが加わり、水晶体が濁ってしまった状態です。その影響で、現在ほとんど光を認識できていません」
言葉は、はっきり聞こえているのに。
意味が、うまく入ってこない。
「それって……」
喉がひゅっと鳴る。
「…治るんですか……?」
縋るように、聞いた。
お願いだから、大丈夫だって言ってくれって。
「手術で改善する可能性はあります」
一瞬、希望が灯る。
でも。
「ただし、損傷の程度が大きく…完全に元通りの視力に戻る保証はありません」
その一言で、全部、崩れた。
「そん、な……」
息が、止まる。
何か言わなきゃいけないのに、言葉が出てこない。
頭の中が真っ白で、でも目の前は真っ暗で。
ぐちゃぐちゃで。
「俺の目は……もう、見えないんですか……?」
わかってる。
さっきから、ずっと。
でも、認めたくなくて。
「現時点では、かなり厳しい状態です」
淡々とした声。
優しさを含んでるのはわかるのに、
それすら、遠く感じる。
「っ……」
呼吸が乱れる。
胸が苦しい。
「嘘だろ……」
震える声が、自分でもわかる。
「だって……さっきまで…普通に………」
朝、起きて。
空を見て。
仕事して。
笑って。
全部、“普通”だったのに。
「なんで…」
ぽつりと、零れる。
「なんで俺が……」
答えなんて、あるわけないのに。
沈黙が、重くのしかかる。
医師は何か言おうとして、でも言葉を選んでいる気配がした。
その優しさすら、今は苦しい。
「……すみません、少し休んでください」
足音が遠ざかる。
扉が閉まる音。
静寂。
ピッ、ピッ、ピッ……という音だけが、やけに響く。
ひとりになった瞬間、堪えていたものが一気に溢れた。
「…っ、は……」
うまく息ができない。
涙が出てるのかどうかも、わからない。
だって、自分の顔すら見えないから。
「やだ……」
子供みたいな声が、漏れる。
「…やだよ……」
暗い。
怖い。
何も、ない。
目を開けても、閉じても、同じ世界。
光のない世界。
「誰か……」
手を伸ばす。
何かに触れたくて。
でも、掴めるものは何もなくて。
空を切るだけ。
「……助けて……」
その声は、どこにも届かずに、消えていった。
この日、俺の世界は、完全に光を失った。
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