テラーノベル
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外に出るのは、正直怖かった。
病院の中ですらまともに歩けなかったのに
外に出れば知らない音、知らない匂い、知らない空気に包まれる。
その全部が、自分を拒んでいる気がした。
それでも、
「……ずっと、ここにいるわけにもいかないしな」
小さく呟いて、白杖を握り直す。
カツン、カツン、と地面を叩く音だけが頼りだ。
不安に包まれながら、一歩踏み出す。
視界は、相変わらず真っ暗で。
どこに何があるのか、全くわからない。
でも、音で、人の気配で、なんとか進む。
「……っ」
すぐ近くを人が通り過ぎる気配。
ふわっと風が動く。
それだけで怖い。
ぶつかるかもしれない恐怖が、ずっと付きまとってくる。
「すみません……」
誰に言うでもなく、小さく声を出す。
でも、その瞬間だった。
ドンッ――
「っ、……!」
強い衝撃。
体のバランスが崩れる。
「あ……」
支えられない。
踏ん張れない。
そのまま、地面に倒れ込んだ。
ガツッ、と鈍い音がして、肘に痛みが走る。
「っ、い……」
息が詰まる。
周りの足音が、一瞬ざわついた気がした。
でも、誰も止まらない。
誰も、声をかけない。
ただ、通り過ぎていく。
「……っ……は……」
急に、呼吸が乱れる。
怖い。
自分がどこにいるのか、わからない。
周りに何があるのかも、誰がいるのかも。
全部、わからない。
「っ、はぁ゙っ……はぁ゙っ……」
息が浅くなる。
うまく吸えない。
胸が苦しい。
「誰かっ……」
声が震える。
「っ、…はぁ゙っ……誰かっ……」
手をついて、起き上がろうとするけど、うまく力が入らない。
白杖が、どこかに転がってしまった音だけが遠くで聞こえた。
「やだ…」
視界は、何もない。
音だけが、ぐちゃぐちゃに押し寄せてくる。
足音。話し声。車の音。
全部が怖い。
「助けて……」
そのときだった。
「大丈夫ですか!?」
はっきりとした声。
近くで、足音が止まる。
#だてなべ
118
「……っ」
息が詰まる。
「立てそうですか?」
優しい、でも少し焦ったような声。
すぐ近くに、誰かがいる。
「ぁ、えっと、」
うまく言葉が出ない。
「こっちです」
その人が、そっと手を差し出してくる気配。
一瞬、躊躇う。
でも―――
ゆっくりと、その手を探す。
指先が、触れた。
温かい。
人の温もり。
それだけで、張り詰めていた何かが、少しだけ緩んだ。
「……すみません……」
掠れた声で言うと、
「いえ、大丈夫ですよ。ゆっくりでいいので」
その人は、俺の手をしっかりと握ってくれた。
強すぎず、でも離れないように。
安心できる力で。
「……立てますか?」
「……はい……」
支えられながら、なんとか立ち上がる。
足が、まだ少し震えている。
「白杖、拾いますね」
少し離れる気配。
すぐに戻ってきて、
「はい、どうぞ」
手に、白杖が戻ってくる。
「…ありがとうございます……」
頭を下げる。
見えていないのに、癖でそうしてしまう。
すると、その人は少しだけ笑った気配がした。
「無理して歩いてたんですか?」
「ちょっと……慣れようと思って……」
正直に言うと、
「そっか。でも、最初は怖いですよね」
その言葉が、やけに優しくて。
否定も、説教もなくて。
ただ、寄り添うみたいな声で。
「…はい……」
小さく、頷く。
「もしよかったら、少しだけ案内しますよ」
一瞬、迷う。
知らない人に頼ることへの怖さ。
でも、それ以上に――
さっきの“ひとりで倒れたときの恐怖”が、強くて。
「……お願いします……」
そう言うと、
「はい」
迷いなく、返事が返ってきた。
そして、もう一度、手を取られる。
さっきよりも、自然に。
当たり前みたいに。
「こっち、段差あるので気をつけてくださいね」
「……はい」
一歩、踏み出す。
今度は、さっきよりも怖くなかった。
隣に、この人がいるから。
名前も、顔も知らないのに。
ただ、その手の温もりだけで
少しだけ、世界が怖くなくなった気がした。
この出会いが、
俺の世界を、もう一度変えていくことになるなんて。
このときの俺は、まだ知らなかった。
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