組合からの要請
グレン達のような採掘業者は小惑星等に埋蔵されているレアメタル等の鉱物を採掘することを生業としている。
主な取引相手は中小のエネルギー企業や宝飾関係企業だが、自前の採掘船を持たないそれらの企業にとって腕の良い採掘業者は欠かすことのないビジネスパートナーらしい。
グレンのチームも採掘業者の中では少しは名の知れた採掘技術者で、仕事の依頼には事欠かないそうだ。
そんなグレン達に誘われ(引きずり出され)て2度目の護衛任務を引き受けたシンノスケだが、グレンの言うとおり、前回の仕事に比べてではあるが危険は少ないらしい。
聞くところによれば、今回の採掘現場はグレン達が普段から採掘をしている秘密の現場で、先の採掘に比べるとレアメタルの質は下がるが、安定して採掘できる場所だそうだ。
その現場は航行不能な箇所の多い迷路のような小惑星帯の奥深くにあり、小惑星も常に移動しているため目的地に行くこと自体が困難で、グレン達もアリーサとメリーサのシーカーアイ無しには抜けられないらしく、そのシーカーアイをもってしても何回かに1回は現場まで到達できず、引き返すはめになることもあるらしい。
そんな場所にあるため、そもそも並の宇宙海賊では到達すること自体が出来なく、小惑星帯に入る際と途中で追尾している船が無いことに気を配れば海賊に襲われる可能性は極めて低い。
それでも安全に万全を期するため、毎回信用でき、秘密を守れる自由商人に護衛を依頼しており、今回はシンノスケに白羽の矢が立ったわけだ。
「これは・・・航行するだけでも難しいな。確かにこんな場所には海賊船も出ないだろうし、秘密の場所だというのも納得だ。むしろこんな場所にあるレアメタルの採掘現場をよく見つけたものだな」
「採掘技術者の彼等には彼等の知識と経験があるのでしょう」
シーカーアイ、ビック・ベアに続いて小惑星帯の中を進むケルベロス。
シーカーアイやケルベロスはともかく機動力で劣るビック・ベアでよくこの困難な進路を進めるものだ。
舵を握るのはカレンのようだが、これも知識と経験によるものなのだろう。
「マスター、操艦が困難ならば私が代わりますか?」
「問題ない。軍で鍛えられた操艦をなめるなよ」
「清掃から操艦まで、充実した軍隊生活だったようですね」
「・・・マークス、馬鹿にしてるだろ?」
「とんでもない。誤解です」
そんな軽口を叩いている間に3隻は小惑星帯を抜けて採掘現場にたどり着いた。
『よし、今回も稼がせてもらうか!みんな、しっかりと働けよ!』
グレンの号令でレアメタルの採掘作業が始まる。
採掘作業が始まったのでシンノスケも周辺宙域の警戒に入るが、そもそも航行可能な場所が少ないため警戒すべき地点も限られており、確かに前回の採掘よりは明らかに危険が少なそうだ。
尤も、グレンの言ったとおり現場での海賊襲撃の危険性は低いが、現場に通じる航路は危険が一杯だ。
その後、グレン達の採掘作業は2日間に渡って行われ、帰還の途についたが、結局、コロニーに帰還するまで何事も起きず、出港から帰港までの9日間、シンノスケは適度な緊張感を保ちながら身体を休めることが出来た(但し、小惑星帯の中を航行した3日間を除くので実質6日間)。
グレン達の飛び込みの依頼を片づけたシンノスケは商船組合に結果報告に訪れた。
この報告を終えたら3日間でいいから仕事を休もうと心に決めたシンノスケだが、報告を受けるリナの様子がおかしい。
口数が少なく、いつものスマイルもどこか控え目だ。
「・・はい、報告を承りました。ご苦労様でした」
言葉少な目に手続きを完了させるリナ。
シンノスケも気にはなるが、自分に関係ないことなら余計な口を出さない方がよさそうだ。
「それでは私達は失礼します」
「・・・ちょっと待ってください」
シンノスケが席を立とうとしたところ、リナがシンノスケを引き止めた。
「ちょっと、シンノスケさん達にお願いしたいことがあります。お話を聞いていただけませんか?」
どうやらリナの表情が優れない理由はシンノスケが関係しているようだ。
上目遣いで訴えかけるリナを見ては話を聞かずに帰るわけにはいかない。
「仕事の斡旋ですか?とりあえず聞いてみますよ」
「仕事・・・ではないのですが、こちらの応接室で説明します」
リナに案内されて応接室に入ると、そこにいたのは壮年の男性だった。
「初めまして、商船組合の事務部長のダルシスです。リナ・クエストからカシムラ様のお話は伺っています」
ダルシスと名乗った男性はリナが所属する事務部門の部長であり、今回のリナのお願いというのは、組合を通しての正式な要請ということなので、この場に立ち会うということだ。
この雰囲気はただ事ではない。
それを感じつつもシンノスケは勧められたソファに座る。
「お願いというのは一体何でしょうか?」
目の前に座るダルシスとリナにシンノスケは単刀直入に尋ねた。
「シンノスケさん。シンノスケさんの船にオペレーターの見習いを雇い入れていただけないでしょうか?」
「はっ?オペレーター・・見習い、ですか?」
「はい。実は、船舶学校の学生さんでご両親を亡くして学費が払えなくなり、退学を余儀なくされた方が居るんです。とても優秀で熱心な学生さんで、船舶学校としてもどうにかできないかと手を尽くしたようなのですが、事情があるとはいえ、規則外の特別扱いは出来ないとのことで、退学は避けられないそうです。それでも将来の優秀な人材を失うのは惜しい、ということで当組合に協力の依頼があったのです」
「奨学金のようなものはないのですか?」
シンノスケの疑問にリナは首を振る。
「奨学金についても検討されたのですが、元々高額な学費を払うためにご両親が借金をしていたらしく、奨学金の審査に通らなかったと聞いています」
「その結果が船員見習いということですか?」
「はい。その学生さんは18歳で船舶学校の第3学年で、基本のカリキュラムを終了し、間もなく実習船による航行実習と、実際の商船に乗務しての現場実習に進むところでした。基本カリキュラムさえ終了していれば、その後の実習は学校の授業でなくとも規定の乗務時間と必要な実務をこなせば船舶学校を卒業しなくても船員になることが出来ます。それをシンノスケさんに引き受けていただけないかと・・・」
宇宙船乗りになるには幾つかの方法がある。
シンノスケのように宇宙軍や沿岸警備隊に入隊して必要な訓練を経て艦船の乗務資格を取ること。
軍隊等で取った資格は除隊しても失うことはなく、一定の軍務経験があれば一等船員として除隊後も船乗りの職を得ることができるし、シンノスケのように自ら事業を行うことが出来る。
他に民間の資格を取るには船舶大学校や商船大学校等で高度な専門教育を受けて資格を取ること。
大学は非常に狭き門で学費も高額だが、そこで取得できるのは二等船員資格で、大学を卒業すれば大企業への就職は引く手あまただ。
そしてもう一つが船舶学校で資格を取ること。
船舶学校も学費は高額であるものの、大学校と違って高度な専門教育は受けられない。
それでも、船員になるために必要な中等教育が受けられ、得られる資格は四等船員資格だ。
船舶学校を卒業した者は中小の企業の船の乗組員か、自由商人の船の乗組員として雇われる者が多い。
その他に短期の教習施設で比較的簡単に取得できる自家用のクルーザー操縦資格があるが、これは営業活動は出来ないし、資格の取得は簡単でも、その費用は大学校や船舶学校を上回る程だ。
シンノスケは思案した。
いずれはクルーを雇うことも考えるかもしれないが、シンノスケはまだ自由商人になったばかりだ。
経験も実績も足りないし、クルーを雇う余裕も無い。
そして何より一番の問題は、シンノスケのケルベロスは武装した護衛艦だ。
「・・・お話は分かりましたが、私の艦で受け入れるのは難しいと思います」
難色を示すシンノスケにリナが食い下がる。
「費用的な問題ならば、見習いという扱いなので、給与は低くて構いません。それでも衣食住はお願いすることになりますが、将来の人材育成の為です、組合の方でも補助を出させていただきます」
リナの言葉にダルシスも頷く。
「いや、それもありますが、何より問題は、私の艦は護衛艦です。危険が多すぎます」
シンノスケにしても、まだ若い人材を必要以上の危険に曝すわけにはいかないという考えだ。
「その危険性についても本人に確認しましたが、それでも本人はシンノスケさんの船を希望しています。勿論、私達も本人もシンノスケさんに引き受けてもらえないことも考えていますし、その際には他のセーラーさんにお願いしてみることになります。その前に、本人の希望でもありますので、先ず最初にシンノスケさんにお願いしたわけです」
そこまで聞いてシンノスケに1つの疑問が浮かぶ。
「ちょっと待ってください。私の艦を希望しているって、どういうことですか?」
自由商人になって日の浅いシンノスケの艦を希望するというのはどう考えても不自然だ。
そんなシンノスケの疑問を聞いたリナはおもむろに立ち上がった。
「その件については彼女に直接聞いてください」
そう言いながら隣室に続く扉に向かって歩いてゆくリナ。
「彼女って、まさか女性なんですか?」
シンノスケの言葉を後目にリナは扉を開いて1人の少女を招き入れた。
「初めまし、じゃなかった。あの時は助けていただいてありがとうございました。セイラ・スタアです」
セイラと名乗った少女にシンノスケは見覚えがあった。