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「君は・・・」
唖然とし、言葉に詰まるシンノスケに対して少女は頷き、更に深々と頭を下げた。
「はい、宇宙海賊に襲われた船の中で貴方達に助けていただきました。あの時は本当にありがとうございました」
セイラ・スタアと名乗ったその少女は海賊の襲撃を受けたギャラクシー・キャメルの中で海賊の人質にされ、シンノスケに助けられた少女だ。
あの事件からまだ半月も経っていないのに、その被害者の少女がシンノスケの船に見習いとして就職を希望しているという。
突然のことにシンノスケは頭の中が整理できない。
「とにかく、詳しく話を聞いてみましょう」
固まっているシンノスケを見かねたマークスが声を掛けた。
マークスに促されてシンノスケの対面、リナの隣に座るセイラ。
リナの説明によればセイラは両親を亡くしたばかりだというが、シンノスケの脳裏には嫌な想像しか思い浮かばない。
聞きたくはないが聞かなければならない。
「貴女があの船に乗っていたということは、貴女のご両親もあの船に?」
「はい。あの時、私と両親はあの船に乗っていました。もともと私の家は裕福ではなく、私の船舶学校の学費も両親がお金を借りてまで工面してくれていました。それでどうにか3学年まで進むことができ、私が実習に入る前に久しぶりに家族で旅行に出掛けたのですが、その帰りの航路で船が襲撃を受けました。あの時、私達の客室は右舷側にありましたが、安全な場所を探して船内通路を移動している時に私達から少し離れた場所で外壁に海賊からの攻撃による穴が開きました。船内のあらゆる物が船の外に吸い出される中で父と母はたまたま近くにあった船の備品庫に私を押し込みました。父と母の手で扉が閉じられる直前、最後に私に『生きなさい』と伝えた両親は船の外に吸い出されました。その後、安全隔壁が閉まったので逃げようとした時に私は海賊に捕まってしまいました」
シンノスケに一生懸命説明するセイラは気丈を装おっているが、その瞳に涙が溜まり、それを零さないように必死に耐えている様子を見ればセイラが両親の死を受け入れられていないことは一目瞭然だ。
それも当然のことで、シンノスケの目の前に座るセイラはまだ18歳でありながら、全てを失ったのである。
それでもセイラはシンノスケに受け入れてもらおうと必死に話しているのだから、シンノスケも真剣に話を聞く。
「学費を払えなくて退学を余儀なくされたと聞きましたが、ご両親の遺産的なものは無かったのですか?」
真剣に話を聞くが故に自然と仕事用の口調になるシンノスケ。
「私の学費や住宅のローン等の負債を整理するために家や他の財産も差し押さえられてしまいました。それでも全ての借金を返済することは出来なかったのですが、まだ未成年の私に負債が残らないように役所の担当者の方が手続きをしてくれました。今は保護施設でお世話になっていますが、未成年とはいえ私ももう18歳なので、早々に自立して施設を出なければなりません」
その自立の道の選択肢の1つで、最も現実的なのが見習いとして船の乗組員として就職することだ。
セイラの希望は理解できるし、中途退学とはいえ、船乗りになるべく船舶学校で学んだのならば、困難であろうとも、船乗りへの道を貫くことが彼女にとっても最善なのだろう。
「私の艦に見習いとして就職したいとのことですが、私の艦の乗員は私とマークスの2人しかいません。つまり、男だけの艦に女性の貴女が乗務したいのですか?場合によっては数ヶ月もの間、この2人組と狭い艦内で生活するのですよ?抵抗があるのではないですか?」
セイラは首を振る。
「そのことについて船舶学校に入学した時から考えていましたので、気にはしていません。船舶学校卒業後の就職先の殆どは中小の商船か、自由商人さんの船です。そして、それらの船の乗組員は男性が圧倒的に多く、女性の船長さんや乗組員がいる船に就職できる保証はありませんから」
セイラの考えを聞いてシンノスケは頷いた。
「貴女の境遇についてと、私の艦に就職を希望していることは分かりました。でも1つだけ分かりません」
「はい、何でしょうか?」
矢庭にシンノスケの目が鋭くなる。
「何故、私のケルベロスなんですか?」
「えっ?」
「私は護衛艦業務資格を持つ自由商人で、所有しているXD-F00ケルベロスも生粋の軍用艦です。宇宙海賊との戦闘を行う機会も多く、仕事の危険性は一般の商船とは比べものになりません。現に私は自由商人になって日も浅く、まだ3回しか仕事をしていませんが、その内2回は宇宙海賊との戦闘を行っています。何も好き好んでこんな危険な艦に乗ることもないでしょう?」
「それは・・・」
「仮に、私とマークスに助けられたから、という理由ならばお門違いです。あの日、私はたまたま救難信号を受信したから護衛艦としての義務を果たしたに過ぎません。あの宙域には私のケルベロスの他にも護衛艦が駆け付けて貴女の乗った船を救出すべく戦っていました。私とマークスは他の護衛艦と連携する中でたまたまギャラクシー・キャメルへの突入を引き受けただけで、貴女を救出したのも、たまたま私だっただけです」
シンノスケに見据えられ、たじろぎを見せるセイラだが、その視線はシンノスケから外さない。
「確かに、カシムラさんに助けられた、というのも理由の1つですが、それは私にとって選択材料の1つに過ぎません。私自身は護衛艦の乗組員になりたいと強く希望しています」
「自ら危険な道を選ぼうとする理由は?」
「船乗りという職は常に危険と隣り合わせだということは学校でも厳しく教えられました。その頃の私は護衛艦乗務なんて想像もしていませんでしたし、将来はどこかの商船の乗組員になるんだな、と漠然と考えていました。でも私は学校の授業で教えられたその危険性を先日の事件で身を以て体験しました。あの日、ギャラクシー・キャメルの乗組員さん達は私達乗客のために命懸けで必死で働いてくれました。自分の仕事に誇りを持ち、その責任を果たそうとする彼等を目の当たりにしました。私はカシムラさんとマークスさんに助けていただきましたが、あの日助かった私達乗客はカシムラさん達や他の護衛艦の方々だけでなく、あの場にいた全ての船乗りの方々に助けられたのです。そして、私はそんな皆さんのような船乗りになりたいと強く思いました。確かに、護衛艦でない他の船に乗っても船乗りとしての誇りと責任感をもつことは出来るかもしれませんが、それでも私はカシムラさんの船に乗せていただきたいのです」
決意に満ちたセイラの瞳にはもう涙は無かった。
(これは諦めさせる方が難しいぞ・・・)
シンノスケは深く考え込む。
セイラはシンノスケの下に就職することをそう簡単には諦めなさそうだし、その隣に座るリナやダルシスもシンノスケに断られたら他の自由商人に打診する、と言っておきながらシンノスケが拒絶することを考えていなそうだ。
現実問題として、セイラを見習いとしてケルベロスに迎え入れることは出来なくもない。
自由商人として未だ軌道に乗っていないとはいえ、セイラに見習いとしての給料を支払った上で衣食住の保証をすることは可能だ。
そもそも、複数の人員での運用が想定されているケルベロスには使用していない居室が余っている。
それでも、家族を亡くしたばかりの少女の人生について、一時的にとはいえ、引き受けることはあまりにも責任重大だ。
シンノスケは即断を避けた。
「1日だけ考える時間を下さい」
セイラ達にそう伝えるとシンノスケとマークスは一旦引き上げることにした。
ケルベロスに戻ったシンノスケとマークスはセイラを受け入れるか否かについて話し合う。
「責任重大だが、受け入れることは不可能ではない。しかし、未成年の彼女を危険な仕事に巻き込むことにはやはり抵抗がある」
シンノスケの考えを聞いたマークスは組合で預かってきたセイラの船舶学校での成績をシンノスケに見せた。
「彼女の成績は全般的に優秀ですが、特に目を引くのが航行管制と通信で、それぞれA+の成績を残しており、彼女自身の希望とも合致しています。見習いとはいえ、少し鍛えれば早期に戦力の一員となれる可能性が十分にあります。マスターの懸念する危険性についても、彼女自身覚悟していることでしょう。船乗りはいつ何時宇宙の塵と化しても不思議ではないし、それを覚悟の上で宇宙に出るのです」
「それはよくある精神論だな」
「いえ、船乗りとしての一般論です」
シンノスケは肩を竦める。
「だとすると、マークスは彼女を受け入れることに賛成なのか?」
「賛成49.3パーセント、否定40.2パーセントといったところです」
「計算が合わないじゃないか?」
「残りの10.5パーセントはマスターの判断で変わる変動値です」
「なんだそれ。結局は俺の判断じゃないか」
「それが雇用主であるマスターの責任です」
「それもそうだな・・・」
その夜、シンノスケは真剣に悩み、そして決断した。