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「おい!今お前は何を見た⁉︎何を知った!早く答えろ!」
リアンが焔に胸倉を掴まれ、体をぐっと持ち上げられた。つま先程度しか床に着かず、体勢が不安定になる。
大声で叫ぶ彼の顔は焦りに満ちていて、蒼白に染まり、額からは冷や汗まで流れ落ちている。何度も叫び過ぎたせいか喉には痛みがあり焔の声には少しかすれがあった。
あの痴態を、あの惨事をリアンにもし見られていたら、知られていたらと思うと気が気じゃ無い。
「いいえ、何も」とリアンが落ち着いた声で答えた。
「だが、お前は『二人で一緒に』と言っていた!何か見たんじゃないのか?」
黙ったまま首を振ってリアンは否定したが、焔は信じられない様だ。
まずはちょっと落ち着けと言うかの様に、リアンが焔の手に手を重ねて、床に体を下ろすようにと促す。彼の温かな手の感触のおかげで少しづつ気持ちが落ち着いていき、焔がリアンの体をゆっくり下ろした。でも胸倉を掴んだ力強い手はそのままで、今にも白衣の中にリアンが着ているシャツを引き裂いてしまいそうな勢いだ。
「いいえ。私は私で、自分の過去の記憶に引き戻されていたので、焔様が気に掛けている『何か』を覗き見たりはしていませんよ?」
ゆっくりと、諭す様にそう言い、リアンが優しく焔の頭を撫でてやった。するとちょっとだけ気持ちが落ち着いてきたのか、掴んでいた手から少しづつ力を緩めて離し、焔は意外にもリアンの胸の中にぽすんっと飛び込んでいった。彼の背中に手を回し、甘えるみたいにしてリアンの体を強く抱き締める。『これは浮気になるのか?』と焔は心配になったが、それでも……やっとリアンに逢えたという安心感の方が大きく、自分ではどうにも出来ない。
だがリアンはこんな焔を見るのは初めての事で、彼を抱き締め返すべきなのか迷い、手が彷徨う。
「……ならいい。なら、いいんだ」
その声の持つ色が涙声っぽかったせいで、リアンは焔の事が心配になってきた。
(この様子だと、焔も俺と同じ様に過去に引き込まれていたんだな。それと、失っていた記憶を取り戻した点もきっと、同じだと思う。一体お前は……どんな過去を見てしまったんだ?)
気にはなるが、訊いたからといって答えるタイプだとはやっぱり思えない。はぐらかし、『何でもない』と言って今すぐに離れていくだろう。 それならば何も問い掛けず、このままずっと傍に居てやりたい。そう思ったリアンは焔が落ち着くまでずっと頭を優しく撫で続けたのだった。
「——無事に入手出来ましたね」
「やっぱりあの部屋にあったな。リアンの言う通り、避けずに部屋へ入って……入って……」
焔の言葉が詰まり、続きが出てこない。 あれから少し時間を置いたおかげで落ち着いてきてはいるが、思い出してしまった過去の記憶がまだ全て消化し切れておらず、油断するとすぐに記憶の中の竜斗へ想いを馳せてしまう。
「『カウンセリングルーム』と書かれていたので最初は正直不安でしたが、思い切ってあの部屋へ入ってみて良かったですね。長年思い出せずにいた記憶を呼び起こせて、色々とスッキリする事が出来ましたし」
「……お前も、なのか?あ、いや……そういえば、さっきそうだと言っていたな」
気不味そうに視線を逸らし、焔がリアンから少し離れた。気持ちが落ち着いてくると心の不安定さが頭をもたげる。竜斗の存在を思い出してしまった事で、リアンに対してどういった態度を取り、この先どんなふうに接していいのかを完全に見失ってしまったのだ。
(……正直に言って、こんな短期間で何故?と思うくらいリアンには好意を感じてはいた。早く元の世界へ戻り、根底にある彼の感情の真意を知りたいと思うくらいには。だが、竜斗の魂がまだ健在だとなると、この感情は……浮気、になるんだろうか)
まだ何か肝心な事を思い出せずにいる感覚もあり、胸の奥がモヤっとする。
竜斗がオウガノミコトの息子であり、父親の勾玉の中に辛うじてその魂が残っていて、そんな彼を助ける為『私に力を貸せ』とオウガノミコトから言われた事なども段々と思い出せてはきたが、『果たしてそれは叶ったのだろうか?』と。
焔が今までやってきた事の大半は良縁結びの手伝いで、恋愛や安産の為の行為ばかりだったので、それらにはちゃんと善行を積む以外にも意味があったのだろうかと不安にもなった。
(此処が一番肝心な部分だろうが!——思い出せ、早く、早く早くっ!)
まだまだちゃんと全てを思い出せない事に対して無性に腹が立ち、焔は自分の頭をガンガンと拳で叩きたくなった。だがそんな事をしたらリアンに不審がられてしまいそうで、必死にその行動を我慢した。
「——……も、部屋の奥にポンッと置いてあって良かったですね」
「……何がだ?」
「だから、セキュリティーキーの話ですよ」
急に話し掛けられた気がしたが、どうやら焔は、ただリアンの言葉を聞き逃してしまっただけだった様だ。
「……」
心ここに在らずといった焔の様子をリアンがじっと見詰める。 何かがオカシイ。カウンセリングルームに入る直前と今とでは、ものすごく距離を感じる。物理的なものではなく、心の方だ。
「えっと……そうだな。無事手に入って本当に良かった。敵が再度出現する気配はまだ無いし、後はソフィア達と合流して、あの先へ進むだけだな」
「……えぇ。建物のサイズ的にもまだまだ奥がありそうなので、また何か特殊なシチュエーションが発生するかもしれませんね」
大きな声をあげて振り返り、焔がリアンから一歩分距離を取った。 リアンと共に閉じ込められた掃除道具入れの様な事がまた起きたら、あの時みたいに対応出来るのか?と思うと動揺が隠せない。いっそ封印していた過去の記憶なんか取り戻さない方が、リアンと今まで通りに接し、元の世界へ戻って互いの感情の再確認をするという流れを難なくこなせただろうに。
「そんなに動揺するなんて……どうしたんです?」
「動揺くらいするだろ。だって、あんな、あ、あんな……」
焔の頬が真っ赤に染まり、慌てて腕で顔を隠す。 あんな狭い空間でおこなった痴態が、少し思い出してしまっただけで恥ずかしくってならない。実際の時間的にはほんの数十分前のはずなのに、カウンセリングルームでの一件のせいで何日も、いや……何年も前の出来事の様に焔には感じられた。失っていた過去こそが『今』で、此処数日間での経験こそが『過去の記憶の一部』の様にも思える。
(……なんだ、照れ隠しか。驚かせるなよ)
そう受け止めたリアンがホッと息を吐き、距離を一気に詰めて上半身を軽く倒して小柄な焔の顔を下から覗き込む。眉間にシワが入り、ひどく困った顔をしているが、そんな彼がリアンには可愛いなと思えた。
「私的には、また一緒に閉じ込められたいくらいですけどね。でもそうだなぁ、次は病室だと尚いいかもしれませんね、ベッドがあるので」
「そう巫山戯るな、まったく……」と言い、呆れながら焔が歩き出す。顔どころか耳までもが赤くって、動揺する心はより一層落ち着かないものとなってしまった。
(……俺はこの状況を一体どうしたらいいんだ?竜斗……竜斗、りゅう……と。俺は、このままでは、お前を裏切る事になってしまうんだろうか……)
リアンとの深い触れ合いは、この世界に居る限り避けて通る事は出来ないだろう。
最初はただ、『あくまでもアレは魔力の補充だ』という免罪符を得た油断からつい快楽に流されたという事実が確かにあるが、粉雪のように積み重なった好意が根底にある行為だったから徐々に受け入れられた一面もちゃんとあり、どうしても戸惑いを捨てきれない。
(でも、心から欲しいのは竜斗ただ一人だし——)
……と、合流地点に歩いている間中、焔の頭の中はそれらの考えでいっぱいになったままだった。